緋に染まる天空   作:暁 蒼空

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第5話:双竜、沈黙

大魔闘演武、四日目。タッグバトル。

会場の熱気は最高潮に達し、地面さえもが観客の興奮で震えているようだった。

 

対戦カードは、「妖精の尻尾(フェアリーテイル)」からナツ・ドラグニルとウェンディ・マーベル。

対するは、現最強ギルド「剣咬の虎(セイバートゥース)」の双竜、スティング・ユークリフとローグ・チェーニ。

 

「へへっ、燃えてきたぞ!」

ナツが拳を鳴らし、全身から炎を噴き上げる。

その隣で、ウェンディは緋色のローブを静かになびかせ、感情のない冷徹な視線を敵に向けていた。

「……ナツさん。作戦はありません。個々で最適解を選び、敵を排除します」

「おう! よくわかんねーけど、ぶっ飛ばせばいいんだろ!」

 

ゴングが鳴り響く。

瞬間、スティングとローグが光と影の奔流となって突っ込んできた。

 

「行くぞナツさぁぁん!」

「白竜の咆哮!」

「影竜の斬撃!」

 

激突。

ナツがスティングの咆哮を炎で相殺し、爆風が巻き起こる。

一方、ローグの影の刃がウェンディを襲うが――彼女はそれを、最小限の動きで紙一重にかわしていた。

 

(軌道が単調。魔力の無駄遣い)

 

ウェンディは表情一つ変えず、すれ違いざまにローグの懐へ掌底を打ち込む。

ドォン!

衝撃波が背中まで突き抜け、ローグがたたらを踏む。

 

「ぐっ……速い!」

「まだまだァ! これで終わりじゃねえぞ!」

 

スティングが叫び、体勢を立て直す。

彼とローグの魔力が跳ね上がった。全身が輝き、あるいは闇に染まる。

『ホワイトドライブ』。

『シャドウドライブ』。

滅竜魔法の能力増幅技。

 

スティングの身体が純白のオーラに包まれ、ローグの身体が黒い影へと同化する。

 

「行くぞ! 今までの俺たちとは違う!」

スティングが光速の機動でナツに迫る。

レーザーのような輝きを纏った拳が、ナツの顔面を捉えた。さらにローグは実体を消し、影となって地面を走り、予測不能な角度からウェンディの死角を突く。

 

会場が沸く。

「出たァ! 双竜のドライブだ!」

「速すぎて見えねえ!」

 

だが。

その猛攻の中にあって、ウェンディの瞳だけが冷ややかに静止していた。

 

(身体能力の強化。及び、肉体の影化による物理無効化……)

 

影となって背後から迫るローグ。通常なら触れることさえできない攻撃。

しかし、ウェンディは振り返りもせずに左手をかざした。

 

「影も物質も、空気に触れていることに変わりはありません」

 

パチン。

指を鳴らすと同時、ローグの周囲の空気が『凝固』した。

「なっ!?」

影の状態のまま、ローグが空中で金縛りにあったように静止する。空気の密度を操作し、影そのものをプレスしたのだ。

 

「そこです」

ウェンディの右足が閃く。

『天竜の鉤爪』。

風を纏った蹴りが、実体のないはずの影を強烈に捉え、弾き飛ばした。

 

一方、ナツもまた、スティングの光速移動に完全についていっていた。

「ははっ! 速えな! だが捕まえた!」

「嘘だろ!?」

光の速さで動くスティングの顔面を、ナツの拳が豪快に殴り飛ばす。

 

ドライブを発動しても尚、圧倒される双竜。

地面に転がる二人に、観客席からはどよめきが起きる。

 

「ちっ……旧世代が、調子に乗るなよ!」

スティングが血を拭いながら立ち上がる。屈辱と怒りで顔が歪む。

「俺たちは……俺たちは最強のギルドなんだよォォォッ!」

 

ドクン。

彼とローグの全身に紋様が浮かび上がった。

大気が悲鳴を上げるほどの魔力の膨張。

ドラゴンフォース。自らの意志でドラゴンの力を引き出す、第三世代の切り札。

 

「これが俺たちの本気だ! 消えろぉぉぉ!」

スティングが大きく息を吸い込む。

広範囲殲滅魔法。

 

「『白竜の、ホーリーブレス』!!!」

 

極大の光のブレスが闘技場の中央を貫いた。

地面が耐えきれずに崩落する。

「うおっ!?」

ナツとウェンディは足場を失い、崩れ落ちる瓦礫と共に、地下の空洞へと落下していった。

 

ズズズン……と重い音が響き、砂煙が舞う。

闘技場の地下深くに広がる、巨大な地下洞窟。

 

「ってて……派手にやりやがって」

ナツが瓦礫を押しのけて立ち上がる。

すぐ側で、ウェンディも音もなく着地していた。汚れ一つない。

 

頭上の穴から、光と影を纏ったドラゴンフォース状態のスティングとローグが降りてくる。

「まだ生きていたか。だが、ここが貴様らの墓場だ」

 

ナツはニカっと笑い、拳を鳴らした。

「墓場なんていらねえよ。……よし、ウェンディ」

ナツが一歩前に出ようとする。

 

だが、それを遮るように、小さな影がナツの前に立った。

 

「――ナツさん」

ウェンディだった。

彼女は振り返らず、敵を見据えたまま静かに告げた。

 

「下がっていてください」

 

「あ?」

ナツが目を瞬く。

「ここから先は、私が一人でやります」

「何言ってんだ、俺もやるぞ! 二人でボコったほうが早えだろ!」

 

「いいえ。……貴方の炎は強力ですが、今の私の魔法とは相性が悪い。巻き込みます」

ウェンディは淡々と、しかし有無を言わせぬ口調で続けた。

「それに、確認したいのです。七年間、地獄のような日々を生き抜いた私が、どの程度の『位置』にいるのかを」

 

ナツは鼻をスンスンと動かした。

ウェンディの背中から漂う匂い。

それは冷徹な言葉とは裏腹の、焦げるような渇望の匂いだった。

『私を見て』『認めて』『強くなったと証明したい』。

痛いほどのその想いを嗅ぎ取り、ナツはふっと笑みをこぼした。

 

「……わかった」

ナツはあぐらをかいて、近くの岩にどっかりと座り込んだ。

「特等席で見ててやるよ。手ぇ抜いたら承知しねえからな」

「……感謝します」

 

ウェンディは一度だけ深く頷き、双竜へと向き直った。

 

「ハッ! 仲間割れか? ナツ・ドラグニルが出てこないとは、舐められたものだな!」

スティングが嘲笑う。

ローグも構えを取る。「女一人に何ができる」

 

ウェンディは、無表情のまま指をパチンと鳴らした。

 

「……『高位付加(ハイ・エンチャント)・状態異常無効』『物理耐性強化』」

 

一瞬。

瞬きする間に、彼女の身体に幾重もの術式が輝いた。

スティングの光の拳が直撃するが、ウェンディは眉一つ動かさず、無傷。

「な……効いてない!?」

 

ウェンディは冷たく見下ろす。

「第三世代……それがどうしました? 竜の力とは、そう使うものではありません」

彼女が指を下ろすと同時に、目に見えない圧力が双竜を襲った。

『空域付加(エンチャント・スカイ)・重力操作』。

二人は地面に這いつくばる。

 

「くそぉぉぉぉっ!!」

二人は咆哮し、無理やり重力を振りほどく。プライドを懸けた全力の魔力解放。

そして、全ての魔力を込めた合体魔法(ユニゾンレイド)の構えを取った。

 

「「聖影竜閃牙ァァァァ!!!!」」

 

光と影の巨大な激流が放たれる。地下空洞を埋め尽くすほどのエネルギー。

ナツが、楽しそうに目を細めた。

(見せてみろ、ウェンディ!)

 

ウェンディは避けない。防御もしない。

ただ深く、息を吸い込んだ。

 

――ヒュウゥゥゥゥゥ……

 

空洞内の空気が、すべて彼女の小さな肺腑へと吸い込まれていく。

魔力も、酸素も、絶望さえも。

 

(見ててください、ナツさん。私はもう、守られるだけの女の子じゃありません)

 

心の中だけで叫びながら、表情は氷の彫像のように冷徹なまま。

ウェンディは、世界を切り裂く暴風を解き放った。

 

「――『天竜の、咆哮』」

 

ゴオオオオオオオオオオオッ!!

 

それは、質量を持った衝撃の塊だった。

双竜の必殺技は、ウェンディのブレスと接触した瞬間、紙細工のように霧散した。

光も影も飲み込み、そのまま二人を遥か彼方の壁面ごと吹き飛ばす。

 

轟音。

そして、静寂。

白目を剥いて沈んだ双竜の前で、ウェンディは乱れたローブをパンパンと払った。

 

「……出力調整失敗。少し、やりすぎましたか」

 

地上に戻った二人を待っていたのは、割れんばかりの大歓声だった。

フェアリーテイルの完全勝利。

 

控室への通路で、ギルドメンバーが出迎える。

だが、その空気は以前のような馬鹿騒ぎではなかった。

グレイも、エルザも、ルーシィも。

ウェンディの圧倒的すぎる強さを目の当たりにし、喜びよりも先に「畏怖」と「戸惑い」が浮かんでいたのだ。

 

「すげえな……あいつらを子供扱いかよ」

「ああ……まるで別人だ。あれが本当に、あのウェンディなのか?」

 

遠巻きにする仲間たち。

その視線を感じ、ウェンディの胸が小さく痛んだ。

(……やっぱり、怖がらせてしまった。もう、昔みたいには笑い合えないのかな)

 

けれど、彼女は表情に出さない。

アイリーンの教え通り、心を凍らせて報告する。

 

「作戦終了。敵戦力の無力化を確認しました」

 

事務的な言葉が、冷たく響く。

重苦しい沈黙が落ちようとした、その時。

 

ポン。

ウェンディの頭に、大きな手が乗せられた。

「ナツさん……?」

ウェンディが身を固くする。

ナツは何も言わず、ただガシガシと、乱暴に、けれど温かく彼女の頭を撫で回した。

 

「よくやったな」

 

短い一言。

だが、ナツの鼻先がかすかに動いたのを、ウェンディは見逃さなかった。

彼は気づいている。

この冷徹な仮面の下で、私が「褒めてほしい」と叫んでいることに。

気づいた上で、あえて皆には何も言わず、ただ頭を撫でてくれているのだ。

 

ウェンディの瞳が揺れた。

熱いものがこみ上げる。けれど、彼女はまだ泣けない。

まだ、皆の前で仮面を外す勇気がない。

 

「……子供扱いしないでください。髪が乱れます」

 

精一杯の強がり。

ナツはニカっと笑い、手を離した。

 

「へへっ、お前が強くなったのはわかった。だが、背伸びしすぎんなよ」

 

ナツはそのまま、呆然とするギルドメンバーたちの輪へ戻っていく。

「おーい! 勝ったんだぞ! 宴だ宴!」

「あ、ああ! そうだな!」

 

「ウェンディ、お疲れ様!」

 

ナツの明るさに引っ張られ、ようやく空気が和らぐ。

ウェンディは、その賑やかな光景を少し離れた場所から見つめ、そっと自分の頭――ナツに撫でられた場所に触れた。

 

(……温かい)

 

無表情のまま、彼女は小さく、誰にも聞こえない声で呟いた。

その拳は、震えるように強く握りしめられていた。

 




次回、「第6話:喧騒の孤独、仮面の宴」。
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