大魔闘演武、四日目。タッグバトル。
会場の熱気は最高潮に達し、地面さえもが観客の興奮で震えているようだった。
対戦カードは、「妖精の尻尾(フェアリーテイル)」からナツ・ドラグニルとウェンディ・マーベル。
対するは、現最強ギルド「剣咬の虎(セイバートゥース)」の双竜、スティング・ユークリフとローグ・チェーニ。
「へへっ、燃えてきたぞ!」
ナツが拳を鳴らし、全身から炎を噴き上げる。
その隣で、ウェンディは緋色のローブを静かになびかせ、感情のない冷徹な視線を敵に向けていた。
「……ナツさん。作戦はありません。個々で最適解を選び、敵を排除します」
「おう! よくわかんねーけど、ぶっ飛ばせばいいんだろ!」
ゴングが鳴り響く。
瞬間、スティングとローグが光と影の奔流となって突っ込んできた。
「行くぞナツさぁぁん!」
「白竜の咆哮!」
「影竜の斬撃!」
激突。
ナツがスティングの咆哮を炎で相殺し、爆風が巻き起こる。
一方、ローグの影の刃がウェンディを襲うが――彼女はそれを、最小限の動きで紙一重にかわしていた。
(軌道が単調。魔力の無駄遣い)
ウェンディは表情一つ変えず、すれ違いざまにローグの懐へ掌底を打ち込む。
ドォン!
衝撃波が背中まで突き抜け、ローグがたたらを踏む。
「ぐっ……速い!」
「まだまだァ! これで終わりじゃねえぞ!」
スティングが叫び、体勢を立て直す。
彼とローグの魔力が跳ね上がった。全身が輝き、あるいは闇に染まる。
『ホワイトドライブ』。
『シャドウドライブ』。
滅竜魔法の能力増幅技。
スティングの身体が純白のオーラに包まれ、ローグの身体が黒い影へと同化する。
「行くぞ! 今までの俺たちとは違う!」
スティングが光速の機動でナツに迫る。
レーザーのような輝きを纏った拳が、ナツの顔面を捉えた。さらにローグは実体を消し、影となって地面を走り、予測不能な角度からウェンディの死角を突く。
会場が沸く。
「出たァ! 双竜のドライブだ!」
「速すぎて見えねえ!」
だが。
その猛攻の中にあって、ウェンディの瞳だけが冷ややかに静止していた。
(身体能力の強化。及び、肉体の影化による物理無効化……)
影となって背後から迫るローグ。通常なら触れることさえできない攻撃。
しかし、ウェンディは振り返りもせずに左手をかざした。
「影も物質も、空気に触れていることに変わりはありません」
パチン。
指を鳴らすと同時、ローグの周囲の空気が『凝固』した。
「なっ!?」
影の状態のまま、ローグが空中で金縛りにあったように静止する。空気の密度を操作し、影そのものをプレスしたのだ。
「そこです」
ウェンディの右足が閃く。
『天竜の鉤爪』。
風を纏った蹴りが、実体のないはずの影を強烈に捉え、弾き飛ばした。
一方、ナツもまた、スティングの光速移動に完全についていっていた。
「ははっ! 速えな! だが捕まえた!」
「嘘だろ!?」
光の速さで動くスティングの顔面を、ナツの拳が豪快に殴り飛ばす。
ドライブを発動しても尚、圧倒される双竜。
地面に転がる二人に、観客席からはどよめきが起きる。
「ちっ……旧世代が、調子に乗るなよ!」
スティングが血を拭いながら立ち上がる。屈辱と怒りで顔が歪む。
「俺たちは……俺たちは最強のギルドなんだよォォォッ!」
ドクン。
彼とローグの全身に紋様が浮かび上がった。
大気が悲鳴を上げるほどの魔力の膨張。
ドラゴンフォース。自らの意志でドラゴンの力を引き出す、第三世代の切り札。
「これが俺たちの本気だ! 消えろぉぉぉ!」
スティングが大きく息を吸い込む。
広範囲殲滅魔法。
「『白竜の、ホーリーブレス』!!!」
極大の光のブレスが闘技場の中央を貫いた。
地面が耐えきれずに崩落する。
「うおっ!?」
ナツとウェンディは足場を失い、崩れ落ちる瓦礫と共に、地下の空洞へと落下していった。
ズズズン……と重い音が響き、砂煙が舞う。
闘技場の地下深くに広がる、巨大な地下洞窟。
「ってて……派手にやりやがって」
ナツが瓦礫を押しのけて立ち上がる。
すぐ側で、ウェンディも音もなく着地していた。汚れ一つない。
頭上の穴から、光と影を纏ったドラゴンフォース状態のスティングとローグが降りてくる。
「まだ生きていたか。だが、ここが貴様らの墓場だ」
ナツはニカっと笑い、拳を鳴らした。
「墓場なんていらねえよ。……よし、ウェンディ」
ナツが一歩前に出ようとする。
だが、それを遮るように、小さな影がナツの前に立った。
「――ナツさん」
ウェンディだった。
彼女は振り返らず、敵を見据えたまま静かに告げた。
「下がっていてください」
「あ?」
ナツが目を瞬く。
「ここから先は、私が一人でやります」
「何言ってんだ、俺もやるぞ! 二人でボコったほうが早えだろ!」
「いいえ。……貴方の炎は強力ですが、今の私の魔法とは相性が悪い。巻き込みます」
ウェンディは淡々と、しかし有無を言わせぬ口調で続けた。
「それに、確認したいのです。七年間、地獄のような日々を生き抜いた私が、どの程度の『位置』にいるのかを」
ナツは鼻をスンスンと動かした。
ウェンディの背中から漂う匂い。
それは冷徹な言葉とは裏腹の、焦げるような渇望の匂いだった。
『私を見て』『認めて』『強くなったと証明したい』。
痛いほどのその想いを嗅ぎ取り、ナツはふっと笑みをこぼした。
「……わかった」
ナツはあぐらをかいて、近くの岩にどっかりと座り込んだ。
「特等席で見ててやるよ。手ぇ抜いたら承知しねえからな」
「……感謝します」
ウェンディは一度だけ深く頷き、双竜へと向き直った。
「ハッ! 仲間割れか? ナツ・ドラグニルが出てこないとは、舐められたものだな!」
スティングが嘲笑う。
ローグも構えを取る。「女一人に何ができる」
ウェンディは、無表情のまま指をパチンと鳴らした。
「……『高位付加(ハイ・エンチャント)・状態異常無効』『物理耐性強化』」
一瞬。
瞬きする間に、彼女の身体に幾重もの術式が輝いた。
スティングの光の拳が直撃するが、ウェンディは眉一つ動かさず、無傷。
「な……効いてない!?」
ウェンディは冷たく見下ろす。
「第三世代……それがどうしました? 竜の力とは、そう使うものではありません」
彼女が指を下ろすと同時に、目に見えない圧力が双竜を襲った。
『空域付加(エンチャント・スカイ)・重力操作』。
二人は地面に這いつくばる。
「くそぉぉぉぉっ!!」
二人は咆哮し、無理やり重力を振りほどく。プライドを懸けた全力の魔力解放。
そして、全ての魔力を込めた合体魔法(ユニゾンレイド)の構えを取った。
「「聖影竜閃牙ァァァァ!!!!」」
光と影の巨大な激流が放たれる。地下空洞を埋め尽くすほどのエネルギー。
ナツが、楽しそうに目を細めた。
(見せてみろ、ウェンディ!)
ウェンディは避けない。防御もしない。
ただ深く、息を吸い込んだ。
――ヒュウゥゥゥゥゥ……
空洞内の空気が、すべて彼女の小さな肺腑へと吸い込まれていく。
魔力も、酸素も、絶望さえも。
(見ててください、ナツさん。私はもう、守られるだけの女の子じゃありません)
心の中だけで叫びながら、表情は氷の彫像のように冷徹なまま。
ウェンディは、世界を切り裂く暴風を解き放った。
「――『天竜の、咆哮』」
ゴオオオオオオオオオオオッ!!
それは、質量を持った衝撃の塊だった。
双竜の必殺技は、ウェンディのブレスと接触した瞬間、紙細工のように霧散した。
光も影も飲み込み、そのまま二人を遥か彼方の壁面ごと吹き飛ばす。
轟音。
そして、静寂。
白目を剥いて沈んだ双竜の前で、ウェンディは乱れたローブをパンパンと払った。
「……出力調整失敗。少し、やりすぎましたか」
地上に戻った二人を待っていたのは、割れんばかりの大歓声だった。
フェアリーテイルの完全勝利。
控室への通路で、ギルドメンバーが出迎える。
だが、その空気は以前のような馬鹿騒ぎではなかった。
グレイも、エルザも、ルーシィも。
ウェンディの圧倒的すぎる強さを目の当たりにし、喜びよりも先に「畏怖」と「戸惑い」が浮かんでいたのだ。
「すげえな……あいつらを子供扱いかよ」
「ああ……まるで別人だ。あれが本当に、あのウェンディなのか?」
遠巻きにする仲間たち。
その視線を感じ、ウェンディの胸が小さく痛んだ。
(……やっぱり、怖がらせてしまった。もう、昔みたいには笑い合えないのかな)
けれど、彼女は表情に出さない。
アイリーンの教え通り、心を凍らせて報告する。
「作戦終了。敵戦力の無力化を確認しました」
事務的な言葉が、冷たく響く。
重苦しい沈黙が落ちようとした、その時。
ポン。
ウェンディの頭に、大きな手が乗せられた。
「ナツさん……?」
ウェンディが身を固くする。
ナツは何も言わず、ただガシガシと、乱暴に、けれど温かく彼女の頭を撫で回した。
「よくやったな」
短い一言。
だが、ナツの鼻先がかすかに動いたのを、ウェンディは見逃さなかった。
彼は気づいている。
この冷徹な仮面の下で、私が「褒めてほしい」と叫んでいることに。
気づいた上で、あえて皆には何も言わず、ただ頭を撫でてくれているのだ。
ウェンディの瞳が揺れた。
熱いものがこみ上げる。けれど、彼女はまだ泣けない。
まだ、皆の前で仮面を外す勇気がない。
「……子供扱いしないでください。髪が乱れます」
精一杯の強がり。
ナツはニカっと笑い、手を離した。
「へへっ、お前が強くなったのはわかった。だが、背伸びしすぎんなよ」
ナツはそのまま、呆然とするギルドメンバーたちの輪へ戻っていく。
「おーい! 勝ったんだぞ! 宴だ宴!」
「あ、ああ! そうだな!」
「ウェンディ、お疲れ様!」
ナツの明るさに引っ張られ、ようやく空気が和らぐ。
ウェンディは、その賑やかな光景を少し離れた場所から見つめ、そっと自分の頭――ナツに撫でられた場所に触れた。
(……温かい)
無表情のまま、彼女は小さく、誰にも聞こえない声で呟いた。
その拳は、震えるように強く握りしめられていた。
次回、「第6話:喧騒の孤独、仮面の宴」。