緋に染まる天空   作:暁 蒼空

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第6話:喧騒の孤独、仮面の宴

その夜、クロッカスの酒場は揺れるほどの大歓声に包まれていた。

 

「妖精の尻尾(フェアリーテイル)、一位浮上ォォォォッ!!!」

「カンパァァァァイッ!!!」

 

ジョッキがぶつかり合う音、笑い声、そして勝利の歌。

大魔闘演武四日目。ナツとウェンディによる双竜撃破は、フィオーレ中に衝撃を与え、そしてギルドに完全なる自信を取り戻させていた。

 

「いやー! スカッとしたねぇ! あのセイバートゥースが手も足も出ないなんてよぉ!」

「ウェンディ! お前凄かったぞ! 俺っち感動した!」

「男だねぇ! いや女だけど!」

 

ワカバやマカオ、エルフマンたちが口々に称賛を浴びせる。

宴の中心にいるのは、間違いなく今日の殊勲者であるウェンディだった。

 

だが。

その中心には、どこか近寄りがたい「空白」があった。

「……ありがとうございます。ですが、まだ明日があります。浮かれるのは非効率かと」

 

ウェンディは、差し出されたジュースに口もつけず、背筋を伸ばして椅子に座っていた。

その姿は、宴を楽しむ少女というより、待機命令中の兵士のようだ。

周囲のメンバーも、彼女の纏う冷徹な空気に気圧され、どうしても一歩引いてしまう。

 

(違うの……)

ウェンディは膝の上でスカートをギュッと握りしめていた。

(私もみんなと乾杯したい。「わーい!」って騒ぎたい。ビジターさんの変なダンス見て笑いたい……!)

 

心の中では、お祭り騒ぎに参加したくてうずうずしている。

けれど、アイリーンの教えが呪いのように身体を縛る。

『隙を見せるな』『勝って兜の緒を締めよ』『馴れ合いは弱さを生む』。

笑おうとすると、顔の筋肉が引きつり、無表情に戻ってしまうのだ。

 

「あらあら、ウェンディ。そんなに堅くならないで」

ミラジェーンが優しく微笑みかけ、料理の皿を置いた。

「ほら、あなたの好きなシフォンケーキよ」

「……糖分補給は必要ですね。感謝します」

 

事務的な返答。

ミラジェーンは困ったように眉を下げ、遠巻きに見ているリサーナたちも顔を見合わせる。

ウェンディは孤独だった。

英雄として称えられれば称えられるほど、みんなとの「距離」が浮き彫りになっていく。

 

(私は、やっぱり異物なんだ。もう、あの頃の「妖精の尻尾」には戻れないのかな……)

 

胸の奥が冷えていくのを感じた、その時。

 

ドンッ!

目の前に骨付き肉が置かれた。

 

「食え!」

 

顔を上げると、口の周りをタレだらけにしたナツが立っていた。

「ナ、ナツさん?」

「腹減ってちゃ戦えねえぞ! ウェンディ、お前さっきから何ものんでねーじゃねーか!」

「いえ、私はカロリー計算に基づいて……」

「うるせえ! 祭りの時は食うんだよ! ほら!」

 

ナツは強引に肉をウェンディの口元へ押し付ける。

「むぐっ……!?」

タレが口につく。綺麗だったローブが少し汚れる。

アイリーンなら激怒する無作法。

けれど、口の中に広がる肉の味と、ナツの無茶苦茶な笑顔が、ウェンディの思考を強制的に停止させた。

 

「んぐ……もぐ……」

ウェンディは肉を咀嚼し、飲み込んだ。

「……美味しい、です」

「だろ!?」

 

ナツはニカっと笑い、ウェンディの隣にどカッと座り込んだ。

そして小声で、彼女にだけ聞こえるように囁いた。

 

「無理すんな。……お前からは今、『寂しい』って匂いがすんだよ」

「ッ……!」

 

ウェンディがハッとしてナツを見る。

ナツはジョッキを傾けながら、夜空を見るように天井を見上げていた。

 

「みんな、お前が強くなりすぎてビビってるだけだ。でもな、根っこは変わってねえって俺は知ってる。……だから、焦らなくていい」

「ナツ、さん……」

「ゆっくり戻ってくりゃいいんだよ。俺たちの所に」

 

その言葉は、どんな高位付加術(ハイ・エンチャント)よりも強く、ウェンディの凍った心を溶かした。

彼女は俯き、震える手でシフォンケーキをフォークで刺した。

 

「……はい。……ただいま、ナツさん」

 

小さな、蚊の鳴くような声。

ナツは聞こえなかったフリをして、ガハハと笑いながらグレイに絡みに行った。

 

宴が深まり、ギルドの喧騒から少し離れたバルコニー。

ウェンディは一人、夜風に当たっていた。

月が綺麗だ。

西の大陸で見た赤茶けた月とは違う、澄んだフィオーレの月。

 

「……いい腕だ」

背後から低い声がかかる。

振り返ると、鉄の滅竜魔導士、ガジル・レッドフォックスが腕を組んで立っていた。

 

「ガジルさん」

「あの双竜を、圧倒するとはな。……西の大陸で、何を食ってきた?」

ガジルの瞳は鋭い。彼もまた、戦いの中で生きてきた男だ。ウェンディの強さが尋常な修行で得られたものではないと見抜いている。

 

「……地獄、でしょうか」

ウェンディは淡々と答えた。

「絶望と、死と、ほんの少しの『竜の知識』を食べてきました」

「そうか」

ガジルはそれ以上、深くは聞かなかった。

ただ、隣に並び、同じ月を見上げた。

 

「明日は最終日だ。……俺たちの『歌』を聞かせてやろうぜ」

「歌……ですか?」

「おう。俺様の美声じゃねえぞ。……戦いの歌だ」

 

ガジルなりの不器用な激励。

ウェンディは微かに口元を緩めようとして、やはり無表情のまま頷いた。

「はい。不協和音(ノイズ)は全て消去します」

 




次回、「第7話:王宮の陰謀、凍てつく救出作戦」。
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