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宴の喧騒が引いた深夜。
クロッカスの宿「ハニーボーン」の一室で、ウェンディは一人、瞑想を行っていた。
あぐらをかき、魔力循環を整える。
アイリーンから叩き込まれた日課。感情を排し、自身を魔導兵器としてメンテナンスする時間だ。
(……騒がしいですね)
宿の外から、慌ただしい気配が近づいてくるのを感じて目を開けた。
ナツさんたちの匂いだ。だが、数時間前の宴の時の「陽気な匂い」ではない。
焦燥。怒り。そして、深い悲しみの匂い。
バンッ!!
扉が荒々しく開かれた。
「じっちゃん! 大変だ!」
飛び込んできたのはナツだった。その後ろにはグレイ、エルザ、そしていつになく深刻な顔をしたハッピーとシャルル。
だが、そこに一人だけ、いるはずの仲間の姿がなかった。
「……ルーシィさんの反応消失」
ウェンディは立ち上がり、淡々と事実だけを口にした。
「ナツさん。ルーシィさんはどこですか?」
事の顛末は、あまりに理不尽なものだった。
宴の後、セイバートゥースを追放されたユキノという星霊魔導士と、王宮の騎士団長アルカディオスが接触してきたこと。
彼らに案内され、「エクリプス計画」という世界を変える扉の存在を知らされたこと。
そして、その扉を開く鍵として、星霊魔導士であるルーシィとユキノが、王国軍によって強制連行されたこと。
「あいつら……ルーシィを犯罪者扱いしやがった! 世界を救うためだとか言って、牢屋にぶち込みやがったんだ!」
ナツがテーブルを拳で叩き割る。
破片が飛び散るが、ウェンディは身じろぎもしない。
「王国の判断ですね」
ウェンディの声は、氷のように平坦だった。
「世界規模の危機回避と、一人の魔導士の人権。天秤にかければ、国家として後者を見捨てるのは合理的判断(ロジック)です」
「てめぇ!」
ナツがウェンディの胸ぐらを掴み上げた。
「ウェンディ! お前、ルーシィが捕まって平気なのかよ! 友達だろ!?」
至近距離で睨み合う。
ナツの瞳は怒りの炎で燃えている。
対するウェンディの瞳は、深海のように光がない。
(平気なわけ、ないじゃないですか)
心の内側では、はらわたが煮えくり返っていた。
ふざけるな。また私の家族を奪うのか。合理的? 知ったことか。
今すぐ王宮に飛び込んで、邪魔する兵士を全員、重力で圧死させてやりたい。
ルーシィさんを泣かせた国なんて、地図から消してしまいたい。
――けれど、感情を表に出せば、魔力の精度が落ちる。
――怒りは判断を曇らせる。
ウェンディは、掴みかかられたまま、まばたき一つせずに答えた。
「……ナツさん。手を離してください。非効率です」
「なっ……」
「私は『平気だ』とは言っていません。『王国の理屈はそうだろう』と分析しただけです」
ウェンディは、ナツの手をそっと外し、乱れた襟を直した。
「奪われたのなら、奪い返す。……それだけのことでしょう?」
その言葉に含まれた、底冷えするほどの「実行力」を感じ取り、ナツはハッとして口を閉ざした。
グレイがため息をついて割って入る。
「……ウェンディの言う通りだ。怒っててもルーシィは戻らねえ。どうやって助け出すかだ」
作戦会議が始まった。
指揮を執るのは、初代マスター・メイビス(幽霊)。
「明日は大魔闘演武の最終日。ギルドの総力を挙げて戦う必要があります。ですが、ルーシィを救出する部隊も必要です」
メイビスが指を立てる。
「そこで、チームを二つに分けます。闘演武に出場するチームと、王宮へ潜入する救出チーム」
「俺は行くぞ! 絶対にルーシィを助け出す!」
ナツが即座に手を挙げる。
「私も行くわ」とミラジェーン。
そして。
「私も、救出チームを志願します」
ウェンディが静かに手を挙げた。
「ウェンディ、お主は今日の試合で見せた戦力……本来なら出場チームに残したいところじゃが」
マカロフが渋い顔をする。双竜を完封したウェンディの力は、優勝のために不可欠だ。
だが、ウェンディは首を横に振った。
「王宮の警備網(セキュリティ)を突破するには、隠密性と制圧力が求められます。私の付加術(エンチャント)ならば、地形を操作し、敵に感知されずに深部へ侵入可能です」
彼女は、まるで任務の適性審査を受けるかのように淡々と続けた。
「それに、もし戦闘になった場合、城を傷つけずに敵だけを無力化するには、ナツさんの火力よりも私の魔法が適しています」
「……一理ありますね」
メイビスが頷いた。
「わかりました。ウェンディは救出チームへ。ナツ、ミラジェーン、ウェンディ、ハッピー、シャルル。このメンバーで王宮へ潜入してください」
「了解」
ウェンディは短く答え、即座に装備の点検を始めた。
その横顔には、不安も、気負いもない。
ただ、「障害を排除し、目的を達成する」という冷徹な意志だけがあった。
シャルルが、心配そうにウェンディの袖を引く。
「ウェンディ……無理してない?」
「無理? 何の話ですか」
ウェンディはシャルルを見下ろし、首を傾げた。
「ルーシィさんの奪還は、ギルドにとって最優先事項。私はそのための駒として動くだけです」
突き放すような物言い。
だが、シャルルは気づいていた。
ウェンディが握りしめている杖の柄に、指が白くなるほど力が込められていることを。
(また、一人で背負い込んで……。この子は、いつになったら『泣いて』くれるの?)
「行くぞ! 待ってろよルーシィ!」
ナツが窓を開け、夜風を取り込む。
ウェンディもまた、緋色のローブを翻し、夜の闇を見据えた。
(待っていてください、ルーシィさん)
心の中だけで、彼女は呼びかける。
(誰にも邪魔はさせない。運命だろうが、国だろうが。……私の家族を奪う者は、私が全員、排除します)
その瞳に宿るのは、かつての「天空の巫女」の慈愛ではない。
敵対する全てを屠る、「緋色の狩人」の殺意だった。
次回、「第8話:処刑人ごっこ」。