夜の博麗神社は、いつもより静かだった。
風が止まり、虫の声すら聞こえない。
湊は縁側で深呼吸をしながら、霊夢に教わった“気の流れ”を整えていた。
――心を静かに。
――気を巡らせる。
霊夢の声が胸の奥に残っている。
「湊。
あなたなら、きっとできるわ」
その言葉を思い出すたび、湊の心は少しだけ強くなれた。
だが――
その静けさは、突然破られる。
空気が、沈んだ。
湊は反射的に顔を上げる。
「……まただ」
前回よりも、ずっと重い。
まるで空気そのものが黒く染まるような圧迫感。
湊は立ち上がり、鳥居のほうを睨む。
影が――揺れている。
◆
鳥居の向こうから、黒い影が滲み出る。
しかし前回とは違う。
影は形を持ち始めていた。
人の輪郭に近い。
腕のようなものが伸び、足のようなものが地面を踏む。
湊の背筋が凍る。
「……形を、持ってる……」
影は低い唸り声を上げ、湊のほうへ向かってくる。
湊は棒を握りしめ、構えを取る。
「霊夢さん……!」
叫ぼうとした瞬間――
影が湊に飛びかかった。
湊は横へ飛び、地面を転がる。
影の腕が地面を抉り、土が舞い上がる。
「っ……!」
前回とは比べ物にならない速度と力。
湊は震える手で棒を構え直す。
――怖い。
――でも、逃げない。
湊は自分に言い聞かせる。
「霊夢さんを……守るんだ……!」
◆
影が再び襲いかかる。
湊は霊夢に教わった通り、風の流れを読む。
影が動く直前、空気がわずかに沈む。
「……来る!」
湊は棒を横に払う。
影の腕が棒にぶつかり、火花のような黒い粒が散る。
影は後退し、形を揺らす。
湊は息を切らしながらも、影を睨む。
「前より……読める……!」
影が形を変え、背後へ回り込もうとする。
湊は振り返り、棒を突き出す。
影が弾かれ、地面に叩きつけられる。
湊は驚きながらも、確かな手応えを感じた。
「僕……できてる……!」
◆
その瞬間、霊夢が境内に飛び込んできた。
「湊!」
湊は振り返る。
「霊夢さん……!」
霊夢は湊の前に立ち、札を構える。
「湊、下がって。
これは……前よりずっと危険よ」
湊は首を振る。
「霊夢さん……僕、逃げません。
あなたの隣に立つって……決めたから」
霊夢は一瞬だけ目を見開き、そして静かに微笑んだ。
「……分かった。
じゃあ、私の隣にいなさい」
湊は棒を握り直し、霊夢の横に立つ。
影の妖怪が形を歪め、二人に向かって吠える。
◆
影が飛びかかる。
霊夢が札を投げ、光の壁を作る。
影が弾かれ、形を崩す。
湊はその隙を逃さず、棒を振り下ろす。
影が悲鳴のような音を上げ、後退する。
霊夢が湊に声を飛ばす。
「湊、気を乱されないで!
影はあなたの恐怖に反応する!」
湊は深呼吸し、気を整える。
「……大丈夫。
霊夢さんが隣にいるから……怖くない」
霊夢は横目で湊を見て、わずかに頬を染めた。
「……そんなこと言わないで。
集中しなさい」
影が再び形を整え、突進してくる。
霊夢が札を投げ、湊が棒で追撃する。
光と影がぶつかり合い、境内に衝撃が走る。
◆
影は耐えきれず、形を崩し始める。
霊夢が最後の札を構える。
「湊、下がって!」
湊は頷き、霊夢の後ろへ下がる。
霊夢は札を投げ、鋭く叫ぶ。
「――退けッ!」
札が光を放ち、影は悲鳴を上げながら霧散した。
境内に静寂が戻る。
◆
湊は膝をつき、息を荒げる。
霊夢が駆け寄り、湊の肩を支える。
「湊、大丈夫?」
湊は頷く。
「はい……
霊夢さんが……隣にいてくれたから」
霊夢は湊の顔を見つめ、静かに言った。
「湊。
あなた、本当に強くなったわ」
湊の胸が熱くなる。
霊夢は湊の手をそっと握った。
「これからも……一緒に戦いましょう」
湊は強く頷いた。
「はい。
霊夢さんと一緒に……前へ進みます」
夜風が吹き、二人の影が寄り添うように揺れた。