世界に拒まれた青年は、静かな場所で生き直す   作:肩幅ひろし

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第13話:境界の主は、影の名を語らずに真実を示す

 影の妖怪が霧散したあと、博麗神社には重い静寂が落ちていた。

湊は棒を握ったまま膝をつき、荒い呼吸を整えている。

 

 霊夢は湊の肩に手を置き、心配そうに覗き込んだ。

 

「湊……本当に大丈夫?」

 

 湊は頷く。

 

「はい……霊夢さんが隣にいてくれたから……」

 

 霊夢は少しだけ頬を染め、視線を逸らした。

 

「……もう。そういうこと言わないの」

 

 そのとき――

境内の空気が、ふっと揺れた。

 

 風ではない。

温度でもない。

“境界”そのものが震えるような感覚。

 

 霊夢が顔を上げる。

 

「……来たわね」

 

 湊も立ち上がり、鳥居のほうを見つめる。

 

 空間に裂け目が走り、紫色の瞳が覗いた。

 

 八雲紫が、まるで散歩の途中で立ち寄ったかのように姿を現す。

 

「まあまあ。ずいぶん賑やかにしているじゃないの」

 

 

 

◆

 

 紫は地面に残った黒い粒を扇子でつつき、興味深そうに言った。

 

「ふむ……形を持ち始めたのね。

これは、少し厄介だわ」

 

 霊夢が眉をひそめる。

 

「紫。

あなた、何か知ってるんでしょう?」

 

 紫は霊夢を見ず、黒い粒を指先でつまむ。

 

「知っているというより……感じている、かしら」

 

 湊は思わず口を開く。

 

「紫さん……あれは、何なんですか。

妖怪……なんですよね?」

 

 紫は湊のほうを向き、微笑む。

 

「ええ、妖怪よ。

でも――“普通の妖怪”ではないわ」

 

 湊の胸がざわつく。

 

 

 

◆

 

 紫は黒い粒を空に放り、指を鳴らす。

粒は霧のように消えた。

 

「湊。

あなたは影の妖怪を見て、何を感じた?」

 

 湊は少し考え、答える。

 

「……怖かったです。

でも……どこか、悲しいような……

そんな感じがしました」

 

 紫は満足そうに頷く。

 

「そう。

あなたは“気づいている”のね」

 

 霊夢が紫を睨む。

 

「紫。回りくどい言い方はやめて。

湊を混乱させないで」

 

 紫は扇子を閉じ、霊夢に向き直る。

 

「霊夢。

あなたも薄々気づいているでしょう?」

 

 霊夢は沈黙した。

 

 湊は不安そうに二人を見る。

 

「霊夢さん……?」

 

 霊夢は湊の視線を受け止め、静かに言った。

 

「湊……あれは、ただの妖怪じゃないの。

“何かの影”なのよ」

 

 湊は息を呑む。

 

 紫が続ける。

 

「影はね、元になる“本体”があるの。

そして――

あの影は、あなたに強く反応していた」

 

 湊の心臓が跳ねる。

 

「僕に……?」

 

 紫は湊の胸にそっと指を向ける。

 

「ええ。

あなたの“心の隙間”に引き寄せられているのよ」

 

 湊は震える声で問う。

 

「じゃあ……あれは……

僕のせいで……?」

 

 霊夢がすぐに湊の肩を掴む。

 

「違うわ。

湊のせいじゃない。

ただ……あなたが“感じ取れる”だけ」

 

 紫は微笑む。

 

「そう。

あなたは境界の揺れに敏感。

だからこそ――影はあなたに寄ってくる」

 

 湊は拳を握りしめる。

 

「……じゃあ、僕が強くならないと……

霊夢さんを危険に巻き込むってことですか」

 

 紫は首を横に振る。

 

「違うわ。

あなたが強くなるのは、霊夢のためじゃない」

 

 湊は驚いて紫を見る。

 

 紫は静かに言った。

 

「湊。

あなた自身が“影に飲まれないため”よ」

 

 

 

◆

 

 紫は裂け目を開きながら、意味深に続ける。

 

「影はね……

“心の形”を映すの」

 

 湊は息を呑む。

 

 紫は微笑む。

 

「あなたがどんな心でいるかで、影は変わる。

だから――

湊。

あなたの心を守りなさい」

 

 霊夢が叫ぶ。

 

「紫!

それ、どういう意味よ!」

 

 紫は答えず、裂け目の向こうへ消える。

 

 最後に、湊へだけ言葉を残した。

 

「影は、あなたを映す鏡。

そして――

あなたが選ぶ未来の形でもあるわ」

 

 裂け目が閉じ、境内に静寂が戻る。

 

 

 

◆

 

 湊は震える手で胸を押さえる。

 

「僕の……影……?」

 

 霊夢は湊の手を取り、強く握る。

 

「湊。

紫の言葉を全部真に受けないで。

あなたはあなたよ。

影なんかに負けない」

 

 湊は霊夢の手の温かさに、少しだけ呼吸が戻る。

 

「霊夢さん……

僕……強くなります。

影に飲まれないように」

 

 霊夢は静かに頷いた。

 

「ええ。

私がついてるから」

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