世界に拒まれた青年は、静かな場所で生き直す   作:肩幅ひろし

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第13話:境界の主は、影の名を語らずに真実を示す

 影の妖怪が霧散したあと、博麗神社には重い静寂が落ちていた。

湊は棒を握ったまま膝をつき、荒い呼吸を整えている。

 

 霊夢は湊の肩に手を置き、心配そうに覗き込んだ。

 

「湊……本当に大丈夫?」

 

 湊は頷く。

 

「はい……霊夢さんが隣にいてくれたから……」

 

 霊夢は少しだけ頬を染め、視線を逸らした。

 

「……もう。そういうこと言わないの」

 

 そのとき――

境内の空気が、ふっと揺れた。

 

 風ではない。

温度でもない。

“境界”そのものが震えるような感覚。

 

 霊夢が顔を上げる。

 

「……来たわね」

 

 湊も立ち上がり、鳥居のほうを見つめる。

 

 空間に裂け目が走り、紫色の瞳が覗いた。

 

 八雲紫が、まるで散歩の途中で立ち寄ったかのように姿を現す。

 

「まあまあ。ずいぶん賑やかにしているじゃないの」

 

 

 

 

 紫は地面に残った黒い粒を扇子でつつき、興味深そうに言った。

 

「ふむ……形を持ち始めたのね。

これは、少し厄介だわ」

 

 霊夢が眉をひそめる。

 

「紫。

あなた、何か知ってるんでしょう?」

 

 紫は霊夢を見ず、黒い粒を指先でつまむ。

 

「知っているというより……感じている、かしら」

 

 湊は思わず口を開く。

 

「紫さん……あれは、何なんですか。

妖怪……なんですよね?」

 

 紫は湊のほうを向き、微笑む。

 

「ええ、妖怪よ。

でも――“普通の妖怪”ではないわ」

 

 湊の胸がざわつく。

 

 

 

 

 紫は黒い粒を空に放り、指を鳴らす。

粒は霧のように消えた。

 

「湊。

あなたは影の妖怪を見て、何を感じた?」

 

 湊は少し考え、答える。

 

「……怖かったです。

でも……どこか、悲しいような……

そんな感じがしました」

 

 紫は満足そうに頷く。

 

「そう。

あなたは“気づいている”のね」

 

 霊夢が紫を睨む。

 

「紫。回りくどい言い方はやめて。

湊を混乱させないで」

 

 紫は扇子を閉じ、霊夢に向き直る。

 

「霊夢。

あなたも薄々気づいているでしょう?」

 

 霊夢は沈黙した。

 

 湊は不安そうに二人を見る。

 

「霊夢さん……?」

 

 霊夢は湊の視線を受け止め、静かに言った。

 

「湊……あれは、ただの妖怪じゃないの。

“何かの影”なのよ」

 

 湊は息を呑む。

 

 紫が続ける。

 

「影はね、元になる“本体”があるの。

そして――

あの影は、あなたに強く反応していた」

 

 湊の心臓が跳ねる。

 

「僕に……?」

 

 紫は湊の胸にそっと指を向ける。

 

「ええ。

あなたの“心の隙間”に引き寄せられているのよ」

 

 湊は震える声で問う。

 

「じゃあ……あれは……

僕のせいで……?」

 

 霊夢がすぐに湊の肩を掴む。

 

「違うわ。

湊のせいじゃない。

ただ……あなたが“感じ取れる”だけ」

 

 紫は微笑む。

 

「そう。

あなたは境界の揺れに敏感。

だからこそ――影はあなたに寄ってくる」

 

 湊は拳を握りしめる。

 

「……じゃあ、僕が強くならないと……

霊夢さんを危険に巻き込むってことですか」

 

 紫は首を横に振る。

 

「違うわ。

あなたが強くなるのは、霊夢のためじゃない」

 

 湊は驚いて紫を見る。

 

 紫は静かに言った。

 

「湊。

あなた自身が“影に飲まれないため”よ」

 

 

 

 

 紫は裂け目を開きながら、意味深に続ける。

 

「影はね……

“心の形”を映すの」

 

 湊は息を呑む。

 

 紫は微笑む。

 

「あなたがどんな心でいるかで、影は変わる。

だから――

湊。

あなたの心を守りなさい」

 

 霊夢が叫ぶ。

 

「紫!

それ、どういう意味よ!」

 

 紫は答えず、裂け目の向こうへ消える。

 

 最後に、湊へだけ言葉を残した。

 

「影は、あなたを映す鏡。

そして――

あなたが選ぶ未来の形でもあるわ」

 

 裂け目が閉じ、境内に静寂が戻る。

 

 

 

 

 湊は震える手で胸を押さえる。

 

「僕の……影……?」

 

 霊夢は湊の手を取り、強く握る。

 

「湊。

紫の言葉を全部真に受けないで。

あなたはあなたよ。

影なんかに負けない」

 

 湊は霊夢の手の温かさに、少しだけ呼吸が戻る。

 

「霊夢さん……

僕……強くなります。

影に飲まれないように」

 

 霊夢は静かに頷いた。

 

「ええ。

私がついてるから」

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