影の妖怪が消えた翌朝。
博麗神社の空気は、いつもより澄んでいるようで、どこか張りつめていた。
湊は縁側に座り、昨夜の紫の言葉を思い返していた。
――影は、あなたの心の形。
――あなたの心を守りなさい。
胸の奥がざわつく。
そのとき、霊夢が湯呑を二つ持って縁側に現れた。
「湊。
今日は……いつもより深い修行をするわ」
湊は顔を上げる。
「深い……修行……?」
霊夢は湊の隣に座り、湯呑を渡した。
「ええ。
あなたの“気”を整えるだけじゃなくて……
“心の揺れ”を鎮める修行よ」
湊は息を呑む。
霊夢は湊の横顔を見つめ、静かに続けた。
「紫の言葉……気にしてるでしょう?」
湊は視線を落とす。
「……はい。
影が……僕の心に反応してるって……」
霊夢は湊の手にそっと触れた。
「だからこそ、あなたの心を守る修行が必要なの。
湊。
あなたは一人で抱え込まなくていい」
湊の胸が熱くなる。
◆
霊夢は湊を境内の中央へ連れていく。
「湊。
今日は“気を合わせる”修行をするわ」
湊は首をかしげる。
「気を……合わせる?」
霊夢は湊の正面に立ち、両手を差し出した。
「私の手に、あなたの手を重ねて。
気を流し合うの」
湊は戸惑いながらも、霊夢の手に自分の手を重ねた。
霊夢の手は温かく、静かで、どこか安心する。
「湊。
目を閉じて。
私の気の流れを感じて」
湊は目を閉じ、霊夢の手の温度に意識を向ける。
すると――
霊夢の気が、湊の手から腕へ、胸へとゆっくり流れ込んでくるような感覚がした。
柔らかく、穏やかで、揺れない気。
湊は思わず息を呑む。
「……霊夢さんの気……すごく、静かで……」
霊夢は微笑む。
「あなたの気も、すごく澄んでるわ。
ただ……少しだけ揺れてる」
湊は胸に手を当てる。
「……影のせい、ですか」
霊夢は首を横に振る。
「違うわ。
揺れてるのは……あなたが“誰かを守りたい”と思ってるから」
湊は驚いて目を開ける。
霊夢は湊の手を握ったまま、静かに言った。
「湊。
あなたの心は弱くなんかない。
揺れるのは……優しさがあるからよ」
湊の胸が熱くなる。
◆
霊夢は湊の手を離さず、さらに一歩近づく。
「湊。
今度は……あなたの気を私に流して」
湊は緊張しながらも、霊夢に意識を向ける。
胸の奥にある“気”を、そっと霊夢へ向ける。
霊夢は目を閉じ、湊の気を受け取る。
「……優しい気ね。
でも……奥に、深い孤独がある」
湊は息を呑む。
霊夢は湊の手を包み込み、静かに言った。
「湊。
あなたはもう一人じゃない。
私がいる。
あなたの心の揺れは……私が受け止める」
湊の目に涙が滲む。
「霊夢さん……
僕……あなたに救われてばかりで……」
霊夢は首を振る。
「救ってるんじゃないわ。
あなたが……私のそばにいてくれるだけで、私は十分よ」
湊は言葉を失う。
霊夢は湊の胸にそっと手を当てた。
「湊。
あなたの心は、もう影に飲まれたりしない。
私が……守るから」
湊は震える声で答える。
「僕も……霊夢さんを守ります。
あなたの隣に立てるように」
霊夢は微笑み、湊の手を強く握った。
「ええ。
一緒に、前へ進みましょう」