夜の博麗神社は、月明かりだけが境内を照らしていた。
湊は霊夢との深い修行を終え、縁側で静かに呼吸を整えていた。
――心を守る。
――影に飲まれない。
霊夢の言葉が胸の奥で反響している。
そのときだった。
空気が、沈む。
湊は反射的に顔を上げた。
「……まただ」
前回よりも、さらに重い。
まるで“何かがこちらを覗いている”ような圧迫感。
湊は棒を握りしめ、境内へ出る。
霊夢はまだ本殿にいる。
呼べば来てくれる。
でも――
湊は呼ばなかった。
「……僕は、逃げない」
そう呟いた瞬間、鳥居の影が揺れた。
◆
鳥居の向こうから、黒い影が滲み出る。
しかし今回は違う。
影はゆっくりと形を変え――
湊の輪郭を模倣し始めた。
細い腕。
震える肩。
俯きがちな姿勢。
湊は息を呑む。
「……僕……?」
影は湊の声を真似るように、かすれた音を漏らした。
「……こわい……」
湊の背筋が凍る。
影はさらに形を整え、湊の顔に似た“空洞”を作る。
「……まもれない……」
湊の胸が締めつけられる。
――これは、僕の心の声だ。
影は湊の弱さ、恐怖、孤独をそのまま形にしていた。
◆
影は湊に向かって歩み寄る。
湊は棒を構えるが、手が震える。
「……違う……僕は……守れる……!」
影は湊の言葉を嘲笑うように、同じ声で繰り返す。
「……まもれない……」
湊の心が揺れる。
影は湊の“揺れ”に反応し、さらに形を濃くしていく。
湊の顔。
湊の声。
湊の弱さ。
影は湊そのものになろうとしていた。
「やめろ……!」
湊は棒を振り下ろすが、影は霧のように避ける。
影は湊の耳元で囁く。
「……にげたい……」
湊の膝が崩れそうになる。
――これは、僕の心の奥底にある言葉だ。
影は湊の心を映し、揺らし、飲み込もうとしている。
◆
その瞬間、強い風が吹き抜けた。
「湊!」
霊夢が札を構えて駆け込んでくる。
影は霊夢を見ると、湊の声で呟いた。
「……まもれない……」
霊夢の表情が険しくなる。
「湊。
影に心を乱されないで!」
湊は震える声で答える。
「霊夢さん……僕……
影が……僕の心を……」
霊夢は湊の手を掴み、強く握った。
「湊。
あなたの心は、影なんかに奪わせない。
私がいる。
あなたは一人じゃない」
湊の胸に温かさが広がる。
影が湊の揺れを失い、形を崩し始める。
◆
霊夢は湊の手を握ったまま、静かに言う。
「湊。
私と気を合わせて。
影に飲まれないように」
湊は深呼吸し、霊夢の気を感じる。
静かで、揺れない気。
湊の心を包み込むような温度。
影は湊の心の揺れを探すが――
霊夢の気が湊を守り、揺れを消していく。
影は苦しむように形を歪める。
霊夢が札を構える。
「湊。
あなたの心は、あなたのものよ。
影なんかに渡さない」
湊は頷き、棒を構える。
「……僕は、逃げない。
霊夢さんと一緒に……前へ進む」
霊夢が札を投げ、湊が棒を振り下ろす。
光と影がぶつかり――
影は悲鳴を上げて霧散した。
◆
湊は膝をつき、霊夢に支えられる。
霊夢は湊の背中に手を当て、静かに言った。
「湊。
影はあなたの心を映しただけ。
でも……あなたは負けなかった」
湊は震える声で答える。
「霊夢さんが……いてくれたからです」
霊夢は湊の手を握り、優しく微笑んだ。
「これからも……あなたの心は私が守る。
だから湊。
あなたも、自分を信じて」
湊は深く頷いた。
「はい……霊夢さんと一緒なら……大丈夫です」