世界に拒まれた青年は、静かな場所で生き直す   作:肩幅ひろし

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第16話:紫は影の名を語らず、しかし真実を示す

 影の妖怪が霧散した夜。

湊は霊夢に支えられながら縁側へ戻り、深く息を吐いた。

 

 霊夢は湊の背中をさすり、静かに言う。

 

「湊……今日は本当に危なかったわ。

影があなたの心を模倣するなんて……」

 

 湊は震える声で答える。

 

「……僕の心の弱さが、影を強くしてるんですか」

 

霊夢は首を横に振る。

 

「違う。

弱さは誰にでもある。

問題は……影が“あなたを狙っている理由”よ」

 

 そのとき――

境内の空気が、ふっと揺れた。

 

 霊夢が顔を上げる。

 

「……来たわね」

 

 湊も立ち上がる。

 

 空間に裂け目が走り、紫色の瞳が覗く。

 

 八雲紫が、まるで散歩の途中で立ち寄ったかのように姿を現した。

 

「こんばんは、霊夢。

そして湊。

ずいぶん“影”と仲良くなっているようね」

 

 霊夢が睨む。

 

「紫。

あなた、影の正体を知ってるんでしょう?」

 

 紫は扇子を口元に当て、楽しげに目を細める。

 

「ええ。

もちろん知っているわ。

でも――

“知っていること”と“言うべきこと”は違うのよ」

 

 

 

 

 紫は境内に残った黒い残滓を拾い上げ、指先で転がす。

 

「影はね……

“本体”があるの」

 

 湊は息を呑む。

 

 霊夢が一歩前に出る。

 

「本体って……何よ」

 

 紫は霊夢を見ず、湊のほうを向く。

 

「湊。

あなたは影を見て、何を感じた?」

 

 湊は震える声で答える。

 

「……僕の心を……映しているようでした。

弱さとか……恐怖とか……」

 

 紫は満足そうに頷く。

 

「そう。

影は“心の揺れ”を映す。

でもね――

映すだけじゃないの」

 

 湊は息を呑む。

 

 紫は黒い残滓を空に放り、指を鳴らす。

残滓は霧のように消えた。

 

「影は、揺れを“食べる”のよ」

 

 霊夢が目を見開く。

 

「……食べる?」

 

 紫は静かに頷く。

 

「ええ。

影は“心の揺れ”を糧にして成長する。

だから湊――

あなたが揺れれば揺れるほど、影は強くなる」

 

 湊の胸が締めつけられる。

 

「じゃあ……僕が弱いから……影が……」

 

 紫は首を横に振る。

 

「違うわ。

影があなたに寄ってくるのは、弱さのせいじゃない」

 

 霊夢が眉をひそめる。

 

「じゃあ……何なのよ」

 

 紫は湊の胸にそっと指を向ける。

 

「湊。

あなたの心には――

“境界”があるの」

 

 湊は息を呑む。

 

 霊夢も驚いたように紫を見る。

 

「境界……?」

 

 紫は静かに続ける。

 

「心が壊れかけたとき、人は“境界”を持つの。

生と死の境界。

希望と絶望の境界。

自分と世界の境界。

そして――

その境界は、影にとって最高の餌になる」

 

 湊の手が震える。

 

「……僕の心が……影を呼んでる……?」

 

 紫は微笑む。

 

「呼んでいるというより……

“影があなたを選んだ”のよ」

 

 

 

 

 霊夢が紫に詰め寄る。

 

「紫。

影の“本体”って何なの。

湊に何をしようとしてるの」

 

 紫は霊夢の問いに答えず、湊の目をまっすぐ見つめる。

 

「湊。

影の本体は――

“あなたの心の外側”にある」

 

 湊は理解できず、眉を寄せる。

 

 「心の……外側……?」

 

 紫は扇子を閉じ、静かに言った。

 

「あなたが外の世界で抱えていた“絶望”。

その残滓が、幻想郷に落ちてきたのよ」

 

 湊の心臓が強く脈打つ。

 

 霊夢が息を呑む。

 

「……まさか……

湊の絶望が……妖怪になったっていうの?」

 

 紫は微笑む。

 

「さあ、どうかしら。

でも――

影はあなたの“過去の痛み”を糧にしている。

それだけは確かよ」

 

 湊は胸を押さえる。

 

 影は、僕の絶望の残滓。

僕の心の外側に落ちた“影”。

 

 紫は裂け目を開きながら、最後に言った。

 

「湊。

影を倒すには、力だけじゃ足りない。

あなたが“自分の心”と向き合わなければならない」

 

 霊夢が叫ぶ。

 

「紫!

もっと説明しなさい!」

 

 紫は振り返らず、裂け目の向こうへ消える。

 

「説明はしないわ。

でも――

湊が選ぶ未来を、私は楽しみにしている」

 

 裂け目が閉じ、境内に静寂が戻る。

 

 

 

 

 湊は震える手で胸を押さえる。

 

「……僕の絶望が……影に……?」

 

 霊夢は湊の手を取り、強く握る。

 

「湊。

紫の言葉を全部信じる必要はない。

でも……

あなたの心が影に狙われているのは事実よ」

 

 湊は霊夢の手の温かさに、少しだけ呼吸を取り戻す。

 

「霊夢さん……

僕……どうすれば……」

 

 霊夢は湊の手を胸に当て、静かに言った。

 

「湊。

あなたは一人じゃない。

影が何であろうと、私があなたを守る。

だから……

あなたも自分の心を守って」

 

 湊は深く頷いた。

 

「……はい。

霊夢さんと一緒に……向き合います」

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