世界に拒まれた青年は、静かな場所で生き直す   作:肩幅ひろし

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第16話:紫は影の名を語らず、しかし真実を示す

 影の妖怪が霧散した夜。

湊は霊夢に支えられながら縁側へ戻り、深く息を吐いた。

 

 霊夢は湊の背中をさすり、静かに言う。

 

「湊……今日は本当に危なかったわ。

影があなたの心を模倣するなんて……」

 

 湊は震える声で答える。

 

「……僕の心の弱さが、影を強くしてるんですか」

 

霊夢は首を横に振る。

 

「違う。

弱さは誰にでもある。

問題は……影が“あなたを狙っている理由”よ」

 

 そのとき――

境内の空気が、ふっと揺れた。

 

 霊夢が顔を上げる。

 

「……来たわね」

 

 湊も立ち上がる。

 

 空間に裂け目が走り、紫色の瞳が覗く。

 

 八雲紫が、まるで散歩の途中で立ち寄ったかのように姿を現した。

 

「こんばんは、霊夢。

そして湊。

ずいぶん“影”と仲良くなっているようね」

 

 霊夢が睨む。

 

「紫。

あなた、影の正体を知ってるんでしょう?」

 

 紫は扇子を口元に当て、楽しげに目を細める。

 

「ええ。

もちろん知っているわ。

でも――

“知っていること”と“言うべきこと”は違うのよ」

 

 

 

◆

 

 紫は境内に残った黒い残滓を拾い上げ、指先で転がす。

 

「影はね……

“本体”があるの」

 

 湊は息を呑む。

 

 霊夢が一歩前に出る。

 

「本体って……何よ」

 

 紫は霊夢を見ず、湊のほうを向く。

 

「湊。

あなたは影を見て、何を感じた?」

 

 湊は震える声で答える。

 

「……僕の心を……映しているようでした。

弱さとか……恐怖とか……」

 

 紫は満足そうに頷く。

 

「そう。

影は“心の揺れ”を映す。

でもね――

映すだけじゃないの」

 

 湊は息を呑む。

 

 紫は黒い残滓を空に放り、指を鳴らす。

残滓は霧のように消えた。

 

「影は、揺れを“食べる”のよ」

 

 霊夢が目を見開く。

 

「……食べる?」

 

 紫は静かに頷く。

 

「ええ。

影は“心の揺れ”を糧にして成長する。

だから湊――

あなたが揺れれば揺れるほど、影は強くなる」

 

 湊の胸が締めつけられる。

 

「じゃあ……僕が弱いから……影が……」

 

 紫は首を横に振る。

 

「違うわ。

影があなたに寄ってくるのは、弱さのせいじゃない」

 

 霊夢が眉をひそめる。

 

「じゃあ……何なのよ」

 

 紫は湊の胸にそっと指を向ける。

 

「湊。

あなたの心には――

“境界”があるの」

 

 湊は息を呑む。

 

 霊夢も驚いたように紫を見る。

 

「境界……?」

 

 紫は静かに続ける。

 

「心が壊れかけたとき、人は“境界”を持つの。

生と死の境界。

希望と絶望の境界。

自分と世界の境界。

そして――

その境界は、影にとって最高の餌になる」

 

 湊の手が震える。

 

「……僕の心が……影を呼んでる……?」

 

 紫は微笑む。

 

「呼んでいるというより……

“影があなたを選んだ”のよ」

 

 

 

◆

 

 霊夢が紫に詰め寄る。

 

「紫。

影の“本体”って何なの。

湊に何をしようとしてるの」

 

 紫は霊夢の問いに答えず、湊の目をまっすぐ見つめる。

 

「湊。

影の本体は――

“あなたの心の外側”にある」

 

 湊は理解できず、眉を寄せる。

 

 「心の……外側……?」

 

 紫は扇子を閉じ、静かに言った。

 

「あなたが外の世界で抱えていた“絶望”。

その残滓が、幻想郷に落ちてきたのよ」

 

 湊の心臓が強く脈打つ。

 

 霊夢が息を呑む。

 

「……まさか……

湊の絶望が……妖怪になったっていうの?」

 

 紫は微笑む。

 

「さあ、どうかしら。

でも――

影はあなたの“過去の痛み”を糧にしている。

それだけは確かよ」

 

 湊は胸を押さえる。

 

 影は、僕の絶望の残滓。

僕の心の外側に落ちた“影”。

 

 紫は裂け目を開きながら、最後に言った。

 

「湊。

影を倒すには、力だけじゃ足りない。

あなたが“自分の心”と向き合わなければならない」

 

 霊夢が叫ぶ。

 

「紫!

もっと説明しなさい!」

 

 紫は振り返らず、裂け目の向こうへ消える。

 

「説明はしないわ。

でも――

湊が選ぶ未来を、私は楽しみにしている」

 

 裂け目が閉じ、境内に静寂が戻る。

 

 

 

◆

 

 湊は震える手で胸を押さえる。

 

「……僕の絶望が……影に……?」

 

 霊夢は湊の手を取り、強く握る。

 

「湊。

紫の言葉を全部信じる必要はない。

でも……

あなたの心が影に狙われているのは事実よ」

 

 湊は霊夢の手の温かさに、少しだけ呼吸を取り戻す。

 

「霊夢さん……

僕……どうすれば……」

 

 霊夢は湊の手を胸に当て、静かに言った。

 

「湊。

あなたは一人じゃない。

影が何であろうと、私があなたを守る。

だから……

あなたも自分の心を守って」

 

 湊は深く頷いた。

 

「……はい。

霊夢さんと一緒に……向き合います」

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