夜の博麗神社。
湊は縁側で霊夢と並んで座り、静かに夜風を感じていた。
霊夢は湊の手を握り、優しく言う。
「湊。
今日の修行……本当に頑張ったわ」
湊は照れくさそうに微笑む。
「霊夢さんがいてくれたから……
僕、過去と向き合えました」
霊夢は湊の横顔を見つめ、少しだけ頬を染める。
「……あなたは強いわ。
自分の心と向き合える人なんて、そういないもの」
湊は胸が熱くなる。
――霊夢さんの言葉は、僕を前へ進ませてくれる。
そのときだった。
空気が、沈んだ。
湊は反射的に立ち上がる。
「……また……影の気配……?」
霊夢も立ち上がり、札を構える。
「違う。
これは……もっと深いところから来てる」
境内の空気が、黒く染まり始めた。
◆
鳥居の向こうの闇が、ゆっくりと揺れた。
影の妖怪とは違う。
もっと重く、もっと深い。
まるで“底なしの井戸”のような気配。
湊の胸が強く脈打つ。
「……これ……僕の……」
霊夢が湊の肩を掴む。
「湊、落ち着いて。
これは……あなたの心の揺れじゃない」
湊は驚いて霊夢を見る。
「じゃあ……何なんですか……?」
霊夢は鳥居の向こうを睨む。
「“本体”よ。
影を生み出していた……本当の存在」
湊の背筋が凍る。
影の本体――
紫が言っていた、“心の外側に落ちた絶望の残滓”。
それが、ついに姿を現そうとしている。
◆
鳥居の向こうの闇が、ゆっくりと形を変える。
人の形ではない。
獣でもない。
ただ、黒い“深淵”が立ち上がる。
その中心から――
声がした。
湊の声に似ている。
しかし、もっと低く、もっと冷たい。
「……返せ……」
湊は息を呑む。
「……僕の……声……?」
影の本体は、再び呟く。
「……返せ……
お前が……捨てたものを……」
湊の胸が締めつけられる。
霊夢が湊の前に立つ。
「湊、聞いちゃダメ。
あれは……あなたの“絶望”が形になったものよ」
湊は震える声で答える。
「僕が……捨てたもの……?」
影の本体は、ゆっくりと湊のほうへ伸びる。
「……痛み……孤独……
お前が見ないふりをした……すべて……
ここにある……」
湊の心が揺れる。
霊夢は湊の手を強く握る。
「湊。
影はあなたの心の“外側”に落ちた絶望。
でも……それはもう“あなたのもの”じゃない」
影の本体が揺れ、怒りのような気配を放つ。
「……否定するな……
お前は……俺だ……」
湊は震えながらも、影を見つめた。
「違う……
僕は……もう前に進んでる……
霊夢さんが……僕を救ってくれたから……!」
影の本体が激しく揺れる。
◆
影の本体が地面に触れた瞬間――
境内全体が黒く染まった。
霊夢が叫ぶ。
「湊、下がって!」
湊は霊夢の背後に飛び退く。
影の本体は、影の触手のようなものを伸ばし、霊夢に襲いかかる。
霊夢は札を投げ、光の壁を作る。
しかし――
影の本体は光を“飲み込んだ”。
霊夢が驚愕する。
「……光を……吸ってる……!?」
湊は震える声で叫ぶ。
「霊夢さん……!」
影の本体は湊のほうへ向き直り、低く呟く。
「……お前の光を……奪う……
お前が……前へ進むほど……
俺は……消える……」
湊の胸が痛む。
――影は、僕の絶望そのもの。
――僕が前へ進むほど、影は存在を失う。
だから、湊を止めようとしている。
◆
霊夢は湊の手を掴み、強く言った。
「湊。
影の本体は……あなたの“過去の絶望”が形になったもの。
でも、それはもう“あなた”じゃない」
湊は霊夢の手を握り返す。
「霊夢さん……僕……怖いです……
でも……逃げたくない……!」
霊夢は湊の目を見つめ、静かに頷く。
「ええ。
あなたはもう逃げない人よ。
だから――
私が隣にいる」
湊の胸に力が戻る。
影の本体が再び襲いかかる。
霊夢は札を構え、湊は棒を握りしめる。
二人は、影の本体と向き合った。