博麗神社の朝は、驚くほど静かだった。
湊は縁側に座り、湯呑を両手で包みながら、境内をぼんやり眺めていた。
霊夢が淹れたお茶は、外の世界のものよりも香りが強い。
それだけで、ここが“別の世界”なのだと実感させられる。
霊夢が掃除用の箒を肩に担いで現れた。
霊夢は境内の掃き掃除を始めた。
湊はその姿を眺めながら、ふと口を開く。
「……手伝いましょうか」
霊夢は箒を止め、湊を振り返る。
「珍しいわね。外来人が自分から言うなんて」
「何もしないのは、落ち着かなくて」
霊夢は少し考え、もう一本の箒を渡した。
「じゃあ、そっちの端からお願い。
掃除くらいなら妖怪にも襲われないわ」
湊は苦笑しながら箒を握り、霊夢の隣で掃き始めた。
最初はぎこちなかったが、霊夢が淡々と作業を続ける姿に合わせているうちに、自然とリズムが生まれる。
「……こういうの、久しぶりです」
「掃除?」
「誰かと一緒に、何かをすること」
霊夢は手を止めず、しかし声の調子だけが少し柔らかくなった。
「外の世界って、忙しいんでしょうね。
みんな余裕がないって、紫から聞いたことがあるわ」
湊は答えず、ただ静かに掃き続けた。
霊夢はそれ以上追及しない。
その“踏み込みすぎない距離感”が、湊には心地よかった。
◆
掃除を終えると、霊夢は湊にお茶と団子を差し出した。
「働いたんだから、これくらいはね」
「ありがとうございます」
湊が団子を口に運ぶと、霊夢が横目でちらりと見てくる。
「どう?」
「……美味しいです。外の世界のより、味が濃い気がします」
「そうでしょ。幻想郷の食べ物は、素材の味が強いのよ」
霊夢は満足げに頷き、湊の隣に腰を下ろした。
しばらく、風の音だけが流れる。
湊はふと、霊夢の横顔を見た。
巫女としての厳しさよりも、年相応の柔らかさがそこにある。
「……霊夢さんは、外来人に慣れているんですか」
「まあね。紫が勝手に連れてくるから。
でも、あなたみたいに“自分から動く”タイプは珍しいわ」
「自分から……?」
霊夢は湊の手元を指差す。
「掃除もそうだし、ちゃんと話そうとするでしょ。
外来人って、最初は怯えてるか、逆に開き直ってるかのどっちかが多いのよ」
湊は少し考え、静かに答えた。
「……ここに来て、初めて“何かをしてもいい”気がしたんです」
霊夢は驚いたように目を瞬かせたが、すぐに表情を和らげた。
「そう。なら、よかったわ」
その言葉は、湊の胸にじんわりと染み込んだ。
◆
日が傾き始めた頃、霊夢は湊に声をかけた。
「ねえ、湊。
あなた、しばらくここにいていいわよ」
湊は思わず霊夢を見る。
「……迷惑じゃないんですか」
「迷惑なら最初から拾わないわよ。
それに――」
霊夢は少しだけ視線を逸らし、照れ隠しのように言った。
「あなた、なんか放っておけないし」
湊の胸が、わずかに熱くなる。
霊夢はすぐにいつもの調子に戻り、手をひらひらと振った。
「まあ、あんまり気負わないで。
ここは神社なんだから、悩みの一つや二つくらい置いていってもいいのよ」
湊は小さく笑った。
「……ありがとうございます。
少しだけ、ここに甘えさせてください」
霊夢は満足げに頷いた。
「いいわよ。
外来人の面倒を見るのも、巫女の仕事みたいなものだしね」
夕暮れの光が二人を照らす。
その距離は、朝よりも確かに近くなっていた。