世界に拒まれた青年は、静かな場所で生き直す   作:肩幅ひろし

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第5話:影の気配は、夕暮れに忍び寄る

 夕暮れの博麗神社は、昼の温かさを残しながらも、どこか張りつめた空気をまとっていた。

湊は境内の掃除を終え、箒を片付けようとしていたが、ふと背筋に冷たいものが走った。

 

――視線を感じる。

 

 振り返っても誰もいない。

風も吹いていない。

だが、確かに“何か”がこちらを見ている。

 

「……霊夢さん?」

 

 声をかけようとした瞬間、鳥居の向こうの影が揺れた。

 

 人影ではない。

獣でもない。

形容しがたい“黒い塊”が、地面から滲み出るように姿を現した。

 

 湊の喉がひゅっと鳴る。

 

「な、なんだ……」

 

 影はゆらりと形を変え、まるで人の形を模倣するように細長く伸びていく。

輪郭は曖昧で、目も口もない。

ただ“こちらを見ている”という感覚だけが、圧倒的に伝わってくる。

 

 湊は後ずさりし、足が縁側の段差に引っかかって倒れ込んだ。

 

 その瞬間――

 

「湊、下がって!」

 

 鋭い声が飛び、霊夢が境内に飛び出してきた。

袖が風を切り、札が指先に挟まれている。

 

「霊夢さん……あれ、何ですか……!」

 

「妖怪よ。でも普通のじゃない。形が不安定すぎる」

 

 霊夢は湊の前に立ち、影の妖怪と向き合った。

その背中は小柄なのに、湊には巨大な壁のように見えた。

 

 影は霊夢を見た途端、ぐにゃりと形を歪め、低い唸り声のような音を発した。

 

「……やっぱり。境界が揺れてるせいね」

 

 霊夢は札を構え、静かに息を吸った。

 

「湊。絶対に動かないで」

 

 その声は、湊の震えた心を一瞬で掴んだ。

恐怖で固まった身体が、霊夢の言葉だけで“守られている”と感じる。

 

 影が跳ねるように飛びかかってきた。

 

 霊夢は札を投げ、鋭い声で叫ぶ。

 

「――退けッ!」

 

 札が光を放ち、影を弾き飛ばす。

影は地面に叩きつけられ、煙のように揺らめいた。

 

 しかし、消えない。

 

「しつこいわね……!」

 

 霊夢はもう一枚札を取り出し、影に向かって踏み込む。

湊はその姿を、ただ呆然と見つめるしかなかった。

 

 霊夢の動きは速く、迷いがない。

影の妖怪が形を変えて襲いかかっても、霊夢は一歩も引かず、淡々と札を叩き込む。

 

 やがて影は耐えきれず、霧のように散って消えた。

 

 境内に静寂が戻る。

 

 霊夢は札を下ろし、深く息を吐いた。

 

「……大丈夫?」

 

 湊は震える手で縁側を掴み、なんとか立ち上がった。

 

「だ、大丈夫……じゃないです……

でも……霊夢さんが……」

 

 霊夢は湊の顔を見て、少しだけ表情を緩めた。

 

「怖かったでしょう。でも、あなたを守るのは私の仕事よ」

 

 その言葉は、湊の胸に深く刺さった。

恐怖の中で、霊夢の背中だけが唯一の光だった。

 

「霊夢さん……僕……」

 

 言葉が続かない。

霊夢は湊の肩にそっと手を置いた。

 

「湊。

あなたが感じていた“嫌な予感”……あれは本物よ。

境界が揺れてる。

そして、あなたはそれに気づける」

 

 湊は息を呑む。

 

 霊夢は真剣な目で続けた。

 

「だから――

これから起きることに、あなたも巻き込まれるかもしれない」

 

 夕暮れの光が、二人の影を長く伸ばす。

 

 湊の再生の物語は、静かに、しかし確実に“事件”へと踏み出していた。

 

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