影の妖怪が消えたあとも、湊の胸はしばらく震えていた。
霊夢は湊を縁側に座らせ、湯を沸かしに行った。
湊は膝の上で手を握りしめ、深く息を吐く。
――怖かった。
――でも、それ以上に。
霊夢の背中が、あまりにも強くて、美しかった。
湊が思考の迷路に沈みかけた頃、霊夢が湯呑を二つ持って戻ってきた。
「飲みなさい。落ち着くから」
湊は震える手で湯呑を受け取り、口に運ぶ。
温かさが喉を通り、胸の奥に広がっていく。
霊夢は湊の隣に腰を下ろし、静かに言った。
「湊。
あなた、今日のこと……どう感じた?」
湊は言葉を探し、やっと絞り出す。
「……怖かったです。
でも……霊夢さんがいてくれて……助かった、って……」
霊夢は湊の言葉を遮らず、ただ聞いていた。
その沈黙が、湊には救いだった。
やがて霊夢は湯呑を置き、湊のほうへ向き直る。
「湊。
あなたを守るのは私の仕事よ。
でもね――」
霊夢の目が、真剣な光を宿す。
「あなた自身にも、少しは“身を守る力”をつけてほしいの」
湊は驚いて霊夢を見る。
「……僕に、ですか?」
「そう。
妖怪と戦えって言ってるんじゃないわ。
でも、逃げる力とか、気配を読む力とか……
あなたが“生き残るための力”は必要よ」
霊夢は湊の目をまっすぐ見つめる。
「湊。
あなたは弱い。でも、それは悪いことじゃない。
弱いままでもいいから――
せめて、死なないための力は持ってほしいの」
湊の胸が熱くなる。
霊夢は湊を責めていない。
弱さを否定していない。
ただ、“生きてほしい”と言っている。
湊は小さく頷いた。
「……僕、強くなりたいです。
霊夢さんの足を引っ張りたくないから」
霊夢は少しだけ目を見開き、そして柔らかく微笑んだ。
「そう言ってくれるなら、教えるわ。
明日から、少しずつね」
湊の胸に、初めて“前へ進む意志”が芽生えた。
◆
朝の博麗神社。
霊夢は湊に一本の棒を渡した。
「まずはこれ。
武器じゃなくて、身体の使い方を覚えるためのものよ」
湊は棒を握り、戸惑いながら構える。
霊夢は湊の後ろに立ち、そっと手を添えた。
「肩に力が入りすぎ。
もっと楽にして。
ほら、こう」
霊夢の手が湊の腕を導く。
その距離の近さに、湊の心臓が跳ねる。
「……霊夢さん、近いです……」
「気にしないの。
あなた、すぐ変な方向に力が入るんだから」
霊夢は淡々としているが、声はどこか優しい。
湊は深呼吸し、霊夢の指示に従う。
「そう。
湊、あなたは考えすぎるから、まずは“感じる”練習をするの」
「感じる……?」
「そう。
風の流れ、地面の揺れ、気配の変化。
妖怪は論理じゃなくて“空気”で動くのよ」
湊は目を閉じ、風の音に耳を澄ませる。
霊夢は湊の横顔を見つめ、静かに言った。
「大丈夫。
あなたはちゃんとできるようになる。
私がついてるから」
その言葉は、湊の胸に深く染み込んだ。
◆
休憩中、霊夢は湊にお茶を渡しながら、ぽつりと呟いた。
「……あなたが傷つくの、見たくないのよ」
湊は驚いて霊夢を見る。
霊夢は視線を逸らし、照れ隠しのように続けた。
「外来人って、すぐ死ぬんだから。
だから……守りたいの」
湊の胸が熱くなる。
霊夢の言葉は、湊の“生き直す理由”になりつつあった。