世界に拒まれた青年は、静かな場所で生き直す   作:肩幅ひろし

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第7話:境界の妖怪は、青年の歩みに影を落とす

 朝の修行を終え、湊は縁側で息を整えていた。

棒を握る手はまだ震えているが、昨日よりは確かに“自分の身体”を感じられる。

 

 霊夢は湊の姿を見て、満足げに頷いた。

 

「いい調子よ。

あなた、思ってたより筋がいいわ」

 

「そ、そうですか……?」

 

「ええ。考えすぎる癖はあるけど、素直に動けてる」

 

 霊夢の言葉に、湊の胸が少しだけ温かくなる。

 

 そのとき――

境内の空気が、ふっと揺れた。

 

 風ではない。

温度でもない。

“境界”そのものが、わずかに歪んだような感覚。

 

 湊は思わず立ち上がる。

 

「……霊夢さん、今の……」

 

 霊夢は眉をひそめ、鳥居のほうを睨む。

 

「来たわね」

 

 次の瞬間、空間に裂け目が走り、紫色の瞳が覗いた。

 

 八雲紫が、まるで散歩の途中で寄り道したかのように姿を現す。

 

「まあまあ。ずいぶん頑張っているじゃないの、湊」

 

 湊は息を呑む。

紫の声は柔らかいのに、心の奥まで見透かされるような感覚がある。

 

 霊夢は腕を組み、呆れたように言った。

 

「また勝手に現れて……何の用よ」

 

 紫は扇子を口元に当て、楽しげに目を細める。

 

「湊の様子を見に来ただけよ。

あなたが外来人を鍛えているなんて、珍しいもの」

 

 霊夢はむっとした表情を浮かべる。

 

「鍛えてるんじゃないわ。

生き残るために必要なことを教えてるだけ」

 

 紫は霊夢の言葉を聞き流し、湊のほうへ歩み寄る。

 

「湊。

あなた、自分が“なぜここに来たのか”考えたことはある?」

 

 湊は戸惑いながら答える。

 

「……絶望していたから、だと……」

 

 紫は首を横に振る。

 

「それは“きっかけ”にすぎないわ。

本当の理由は、もっと深いところにある」

 

 湊の胸がざわつく。

 

 霊夢が一歩前に出て、紫を睨む。

 

「紫。湊を混乱させるようなこと言わないで」

 

「混乱なんてさせないわ。

ただ――」

 

 紫は湊の目をまっすぐ見つめる。

 

「あなたは、境界の揺れを“感じ取れる”人間。

それは偶然じゃないのよ」

 

 湊は息を呑む。

 

「感じ取れる……?」

 

「ええ。

あなたの心は壊れかけていたけれど、その分“隙間”があった。

世界の揺らぎが入り込むだけの、ね」

 

 霊夢が湊の肩に手を置く。

 

「湊。気にしなくていい。

紫の言うことは、いつも回りくどいだけよ」

 

 紫はくすりと笑う。

 

「でも、事実よ。

あなたはただの外来人じゃない。

“境界の変化に気づける人間”なの」

 

 湊の心臓が強く脈打つ。

 

 紫は扇子を閉じ、意味深に続けた。

 

「だから――

あなたが強くなることには、ちゃんと意味があるの」

 

 霊夢が険しい表情で紫を睨む。

 

「紫。何を企んでるの」

 

 紫は肩をすくめる。

 

「企んでなんていないわ。ただ……

湊が“選ぶ時”が来るだけ」

 

 湊は思わず問いかける。

 

「選ぶ……?」

 

 紫は答えず、裂け目の向こうへ消えながら言った。

 

「そのとき、あなたがどちらの世界を向くのか……楽しみにしているわ」

 

 裂け目が閉じ、境内に静寂が戻る。

 

 湊は震える声で霊夢に尋ねる。

 

「霊夢さん……僕は……何を選ぶんですか」

 

 霊夢は湊の肩を強く掴み、真剣な目で言った。

 

「湊。

紫の言葉に振り回されないで。

あなたは“今”を生きればいいの。

ここで、私と一緒に」

 

 その言葉は、湊の胸に深く染み込んだ。

 

 しかし同時に――

紫の残した“選択”という言葉が、湊の心に影を落とし始めていた。

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