朝の博麗神社は、澄んだ空気に満ちていた。
湊は棒を握り、霊夢の指示に従ってゆっくりと構えを取る。
「肩の力を抜いて。
ほら、昨日よりずっと自然よ」
霊夢の声は柔らかく、湊の緊張をほどいていく。
湊は深呼吸し、目を閉じた。
霊夢に教わった通り、風の流れ、地面の感触、空気の揺れを“感じよう”と意識を向ける。
――何も聞こえない。
――でも、何かがある。
その曖昧な感覚に、湊は眉を寄せた。
「焦らないで。
感じようとするんじゃなくて……ただ、そこにあるものを受け取るの」
霊夢がそっと湊の背中に手を添える。
その温度が、湊の意識を静かに落ち着かせた。
湊はもう一度、ゆっくりと息を吸う。
その瞬間――
空気が、わずかに揺れた。
風ではない。
音でもない。
ただ、境内の“どこか”が沈んだような、微細な変化。
湊は目を開け、鳥居のほうを見た。
「……霊夢さん。
あっち……何か、います」
霊夢は驚いたように目を瞬かせ、湊の視線を追う。
鳥居の影が、ほんのわずかに揺れていた。
霊夢は湊の横に立ち、低く呟く。
「……本当に感じ取ったのね」
湊は戸惑いながらも頷く。
「はっきりじゃないです。でも……
空気が、少しだけ重くなった気がして」
霊夢は湊の肩に手を置き、優しく微笑んだ。
「湊。
あなた、すごいわ」
湊は思わず息を呑む。
霊夢がこんなふうに褒めてくれるのは、初めてだった。
「え……すごい、ですか……?」
「ええ。
気配を感じるのは、妖怪退治の基本中の基本。
でも、外来人がここまで早くできるなんて滅多にないのよ」
霊夢は湊の目をまっすぐ見つめる。
「あなた、本当に“境界の揺れ”に敏感なのね。
紫が言ってたこと……あながち間違いじゃないかも」
湊の胸がざわつく。
紫の言葉――
“あなたはただの外来人じゃない”
“選ぶ時が来る”
その意味が、少しだけ重くなる。
霊夢は湊の表情を読み取り、そっと言った。
「大丈夫よ。
紫が何を言おうと、あなたはあなた。
私は、あなたがここで生きていけるように教えるだけ」
湊は胸の奥が熱くなるのを感じた。
「……霊夢さん。
僕、もっと頑張ります。
霊夢さんの役に立ちたいから」
霊夢は一瞬だけ目を見開き、そして照れたように視線を逸らした。
「……別に、役に立たなくてもいいのよ。
でも……そう言ってくれるなら、嬉しいわ」
湊は棒を握り直し、霊夢のほうを向く。
「もう一度、やってみてもいいですか」
霊夢は微笑んだ。
「もちろん。
湊、あなたはもう“感じられる人”なんだから」
その言葉は、湊の胸に深く刻まれた。
霊夢のそばで、湊は初めて“自分に価値がある”と感じた。