夕暮れの博麗神社は、橙色の光に包まれていた。
湊は棒を握り、霊夢の指示に従って構えの練習をしていた。
「そう。
昨日よりずっと自然よ。
湊、あなた本当に上達してるわ」
霊夢の言葉に、湊の胸が温かくなる。
――霊夢さんに褒められると、こんなにも嬉しいんだ。
そんなことを思いながら、湊はもう一度深呼吸した。
そのときだった。
空気が、沈んだ。
風が止まり、鳥居の影がわずかに揺れる。
湊は反射的に顔を上げた。
「……霊夢さん。
また……来ます」
霊夢は湊の表情を見て、すぐに札を構えた。
「湊、後ろに下がって」
しかし湊は動かなかった。
鳥居の向こうから、黒い影が滲み出るように姿を現す。
前回よりも濃く、形もはっきりしている。
霊夢が一歩前へ出ようとした瞬間――
湊がその腕を掴んだ。
「霊夢さん……僕が前に出ます」
霊夢は驚いたように目を見開く。
「湊、危ないわ。あなたはまだ――」
「分かってます。
でも……霊夢さんにばかり守られてるの、嫌なんです。
僕だって……霊夢さんを守りたい」
霊夢の表情が揺れた。
湊は棒を握り直し、影の妖怪と向き合う。
足は震えている。
心臓は喉までせり上がっている。
それでも――逃げなかった。
影が低い唸り声を上げ、湊へ向かって飛びかかる。
湊は霊夢に教わった通り、風の流れを読む。
影が動く瞬間、空気がわずかに沈む。
「……来る!」
湊は横へ飛び、影の突進を避けた。
棒を振り下ろすと、影は煙のように揺らぎ、形を崩す。
霊夢が後ろから声を飛ばす。
「湊、いいわ!
そのまま気配を感じて!」
湊は影の動きを追い、再び構える。
影が形を変え、背後へ回り込もうとした瞬間――
湊は振り返り、棒を横に払った。
「……そこだ!」
棒が影を捉え、影は大きく揺らいだ。
霊夢が札を構え、湊の横に並ぶ。
「湊、下がって。
ここからは私が仕留める」
湊は息を切らしながら頷き、霊夢の後ろへ下がる。
霊夢は札を影に向かって投げ、鋭く叫んだ。
「退けッ!」
札が光を放ち、影は悲鳴のような音を残して霧散した。
境内に静寂が戻る。
◆
霊夢は湊のほうへ振り返り、ゆっくりと歩み寄った。
「湊……」
湊は不安そうに霊夢を見る。
「ご、ごめんなさい……勝手に前に出て……」
霊夢は首を横に振り、湊の肩に手を置いた。
「違うわ。
湊、あなた……すごかった」
湊は息を呑む。
霊夢は真剣な目で続けた。
「怖かったはずなのに、ちゃんと気配を読んで動けてた。
それに……私を守ろうとしてくれた」
霊夢は少しだけ視線を逸らし、照れたように言った。
「……ありがとう。
本当に、嬉しかった」
湊の胸が熱くなる。
「霊夢さん……僕……
もっと強くなりたいです。
霊夢さんの隣に立てるくらいに」
霊夢は微笑んだ。
「ええ。
湊なら、きっとなれるわ」
夕暮れの光が二人を照らし、影が寄り添うように伸びていた。