『完結』コードギアスIF ロストカラーズ   作:ベイベ後藤

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32話 未来へのプロローグ

 

 

 政庁の喧騒から少し離れた、海を見下ろす丘の上の庭園。

夕闇が迫り、街の灯りがポツポツと灯り始める時間、ライは一人、潮風に吹かれていた。手にした飲み物の冷たさが、現実の感触を肌に伝えてくる。

 

「……一人か、ライ」

 

 背後からかけられた声に振り向くと、そこにはスザクが立っていた。傍らには、歩み寄るルルーシュの姿もある。

 

「スザクにルルーシュ……。二人とも、公務はいいのかい?」

 

「今は休憩時間だ。この世界を維持するのは、なかなかに骨が折れる仕事だからな」

 

 ルルーシュは、そう言ってライの隣に腰を下ろす。

三人の間に、心地よい沈黙が流れる。かつて死線を乗り越え、世界の理を書き換えた者たち。彼らにしか共有できない絆が、そこにはあった。

 

「……ライ、具合はどうだい?」

 

 スザクが真剣な面持ちで尋ねる。

 

「ああ。大丈夫だよ。……ただ、時々感じるんだ。人々の想いや、街のざわめきが、以前よりも鮮明にね」

 

 ライは、自らの目にそっと触れた。

あの時、Cの世界の歪みをその身に受けて昇華し、彼のギアスは変質していた。かつての「絶対遵守」という強制の力だけではなく、人々の無意識の底にある想いを感じ取り、調和させるための「楔」としての性質。それは、彼がかつて失った王としての責務が、新しい形で結実したようでもあった。

 

「特別な力を持つ者は、その力に相応しい役割を演じなければならない……以前の僕はそう思っていた」

 

 ライは遠く、オレンジ色に染まる水平線を見つめながら話す。

 

「でも、あの崩壊する回廊の中でマリアンヌさんに言われたんだ。その光が強すぎれば、影もまた深くなる、と」

 

「母さんのことか……まぁ一理あるな」

 

 ルルーシュが自嘲気味に笑う。

 

「俺も、ギアスという力で世界をねじ伏せようとした。だが、結局世界を動かしたのは、力ではなく、一人一人の願いだった。……ライ、これからどうするつもりだ?

もはやお前を狙って悪巧みをする連中もいない。自分の居場所で平穏に過ごすことができる。」

 

「僕は、僕なりにみんなの助けになりたいと思っているよ。

アッシュフォード学園での時間もこれまで以上に楽しむつもりさ。僕を最初に受け入れてくれた場所だからね。ミレイさんには本当に感謝してる。」

 

 「そういえばルルーシュ、君はあの時ライを保護するって話し反対してたよね?」

 

スザクが悪戯っぽくルルーシュに問いかける。

 

「なっ!?それは、お前たちがお人好しすぎるだけで常識的な判断だ!それに俺は懸念点を伝えただけで反対まではしてなかったはずだ」

 

 その場で笑い声が辺りに響き渡る。

ライは、自らのギアスを誰かを支配するために使うのではなく、世界が再び「停滞」や「絶望」という名の穴に落ち込まないよう、静かに見守ろうと決意していた。

 

 スザクが、信頼の眼差しを向ける。

 

「僕もユフィの騎士として、この平和を守り抜く。みんなが繋いだこの『明日』をね」

 

「ふん……。俺たちが作ったのは、単なる不完全な舞台だ。そこでどう踊るかは、人それぞれだ」

 

 ルルーシュは、ぶっきらぼうに言ったが、その表情は穏やかだった。

ライは立ち上がり、大きく伸びをした。

記憶を失い、戦いの中に投げ込まれた日々を通して自分の存在価値を求めて彷徨った長い旅。その果てに見つけたのは、異能の力でも、失われた国の再興でもなかった。それは、友と語り合い、大切な人を守り、なんでもない日常を想う、あまりにも平凡で尊い「人間」としての生だった。

 

 ライの銀髪が、夜風に踊る。その瞳に宿る輝きは、もはや呪縛ではなく、未来を照らす確かな灯火へと変わっていた。

 

 

 数ヶ月が経ち、新生日本を包む空気は、かつての閉塞感や硝煙の匂いを完全に拭い去っていた。

旧行政特区日本の中心部では、復興という名の新しい鼓動が鳴り響いている。

倒壊したビルの跡地には次々と足場が組まれ、かつて「イレヴン」と呼ばれた人々とブリタニアから移り住んだ人々が、言葉を交わしながら共に瓦礫を片付けていく。それは、不自由だが希望に満ちた光景だった。

 

「ここなら、一番いい風が吹くよ、ナナリー」

 

 日本政庁の広大な中庭。

手入れの行き届いた芝生の上を、ライはナナリーの車椅子をゆっくりと押し、木陰へと導いた。木漏れ日がナナリーの膝の上で踊る。

彼女は目を閉じ、深く息を吸い込んだ。

 

「本当ですね、ライさん。緑の香りと、お花の匂い……それに、皆さんの笑い声が聞こえます。本当に、いい風」

 

 その先には、小さな円卓を囲むスザクとユーフェミアの姿があった。

公務の合間の昼食休憩。かつての皇女と騎士は、サンドイッチを手に、他愛もない会話に花を咲かせている。

 

「お待たせ。ユフィにスザク」

 

「二人共ちょうどいいところだよ。今、セシルさんが試作した『新型栄養ペースト』の味についてユフィと話していたんだ」

 

 ユーフェミアが、いたずらっぽく笑い、椅子を引く。

 

「セシルさんは、独特の味覚を持ってるから……」

 

 ライの言葉に、スザクが苦笑いしながら肩をすくめる。

 

「全くだよ。でも、こんな風に笑い合えること自体が、今は何よりも贅沢に感じるんだ」

 

 スザクの手は、小さな傷跡が残っていた。けれど、その手はもう、誰かを倒すための剣ではない。隣に座る女性を守り、支えるための力だ。

 

 四人の穏やかな時間は、鮮やかに「生」を主張していた。

ナナリーが語る学園での出来事、ユーフェミアが描く未来の子供達に向けた教育支援、スザクが語る治安維持の現状。それらを繋ぎ合わせるのは、ただそこに在る「絆」そのものだった。

 

 そんな午後のひととき、庭園の入り口に、一際大きな荷物を背負った女性が現れた。

 

「やあやあ、お邪魔するよ。……なんだい、良い雰囲気じゃないか」

 

 ノネット・エニアグラムである。

彼女は、いつもの軍服を脱ぎ、動きやすい服装に身を包んでおり、その手には古びた地図と水筒を持っていた。

 

「ノネットさん、その荷物は……」

 

 ライが尋ねると、ノネットは豪快に笑い、彼の頭を乱暴に撫でた。

 

「言っただろ? 日本が落ち着いたら、私は風の吹くままに世界を見て回るってね。

ブリタニア本国も上手くいっているし、日本も安泰だ。……私の役目は、もう終わっても大丈夫さ」

 

 ノネットの瞳は、目の前の平和な庭園を越え、その先にある未知の大地を見据えていた。

 

「ライ。……お前は、ここに残るんだろう?」

 

「……はい。僕は、ここからまた始めるつもりです。

アッシュフォード学園で学び、一人の人間として、この国がどう変わっていくのかを見届けたい。……それが、僕の居場所だから。」

 

 ライの確固たる言葉に、ノネットは満足げに頷いた。

 

「いい返事だ。……いいかいライ、一つだけ覚えておきな。お前は自分自身を『楔』だと言ったが、楔は刺さっているだけじゃ意味がない。その場所で誰かと繋がり、支え合って初めて、本当の価値が出るんだ」

 

 彼女は一歩近づき、ライの耳元で小さく囁いた。

 

「お前が、いつか自分の過去を完全に許せた時には、私のところまで遊びに来な。世界は広いよ、お前が思っている以上にね。」

 

「ありがとうございます。ノネットさん」

 

 ノネットは最後に、ユーフェミアとスザクにも短く別れを告げると、一度も振り返ることなく歩き出した。その背中は、自由そのものだった。

 

 庭園を吹き抜ける風が、少しだけ強くなる。

穏やかな陽光の下、ライは去りゆく恩人の背中と、笑顔で自分を待つ仲間たちの姿を、交互に瞳に収めた。

 

 

 優しい風がアッシュフォード学園の時計塔を撫でていく。

学園の門をくぐれば、そこにはかつてと変わらない部分と決定的に新しくなった日常が息づいていた。

制服の裾を翻して廊下を駆けていく生徒たち。放課後のクラブ活動に励む掛け声。そして、生徒会室から漏れ聞こえてくる、いつもの騒がしい議論の音。

 

「――だからリヴァル! パーティーの予算はもう上限だって言ってるでしょ!」

 

「そんなこと言ったってさぁ、シャーリー。今回はライの正式な復学祝いも兼ねてるんだぜ? 豪快にいかなきゃ!」

 

「……ふん、予算を度外視した計画など、ただの放漫財政だな」

 

 呆れたように肩をすくめるルルーシュの隣で、ライはクスクスと笑いながらお茶を淹れていた。

自分がKMFに乗って戦っていたことや、ルルーシュが「ゼロ」として世界を震撼させていたことなど、この平和な喧騒の中ではおとぎ話のようにさえ思える。

 

「あら、ライの紅茶は相変わらず絶品ね。これなら、私の新しいイベント企画『お茶会部門』を任せても大丈夫かしら?」

 

 ミレイが楽しげに身を乗り出す。

 

「ミレイさん、ライをあまりこき使わないでください。彼はまだリハビリ中なんですから」

 

 医者やセシルから「お墨付き」をもらって戻ってきたライを庇うように、スザクが笑いながら割って入る。

この学び舎には、もう「ブリタニア人」も「名誉ブリタニア人」もいない。ただ、共に学び、遊び、時にはぶつかり合う「学生」たちがいるだけだ。

 

 ルルーシュは、ナナリーが通う中等部の校舎を窓から眺め、穏やかに呟く。

 

「……なんとも不自由だな。神なんてものがいるのなら、予算も計画も、指先一つで思い通りにできるというのに。」

 

「でも、その不自由さがやり甲斐になるんだろ? ルルーシュ」

 

 ライが差し出したカップを受け取り、ルルーシュは鼻で笑った。

 

「ああ、面倒だが、最高に退屈しない日常だ。」

 

 放課後。ライは一人、学園の屋上に立ち、沈みゆく夕日を見つめていた。

左目の奥で、変質したギアスが静かに脈動している。それは、もはや他人の心を書き換える呪いではない。人々の願いを受け取り、調和させるための「アンテナ」のようなもの。

彼は時折、この力を使って街の中で小さくすれ違う人々の「想い」を、ほんの少しだけ正しい方向へ導く手助けをしていた。

 

「ライ、ここにいたの?」

 

 背後から声をかけたのは、デジタルカメラを首に下げたアーニャだった。

 

「アーニャ。……いい写真は撮れたかい?」

 

「……うん。たくさん。ミレイが笑ってるところ。リヴァルが転んだところ。……それから、空」

 

 彼女はライの隣に並び、液晶画面を彼に見せた。そこには、赤く染まった雲の間を、一羽の鳥が力強く羽ばたいていく瞬間が収められている。

 

「綺麗だね。……自由で」

 

「……ライも、そう。もう、どこにも繋がれていない」

 

「そうだね。もう行こうか、みんなが待ってる」

 

 二人が屋上を後にし、夕闇に溶けていく。

この世界は、まだ完璧ではない。国境の火種は完全には消えず、人々の心には今も小さな偏見が残っているかもしれない。けれど、みんなが繋ぎ止めたこの「明日」には、それを対話で解決しようとする意志が宿っている。

 

 (完)




実は昔、最初の数話分だけ自己満足で書いてからずっと放置していたので今回終われてよかったです。
あとロスカラの小説で好きな作品は、だいたいライカレ物だったからそれは除外しようと思っていて、ヒロインが最後まで決まりませんでした。
候補としてたのは、①最初の接点でライを保護したミレイさん。
②スザクがユーフェミアの騎士ならナナリーの騎士はライだ!とルルーシュが思ったかどうかは分からないけどナナリー。
③このライは、ブリタニアルートを通っているので特派で絡みが多かったであろうセシルさん。
④「記憶」がテーマになっているという共通点があるアーニャ。
うーん…みんな良いキャラだから選べませんね。笑
以上。ここまで読んでくれたかたありがとうございました。
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