『双氷の加護 ―世界で一番可愛い弟が、最強の精霊と姉に甘やかされる理由―』 作:can'tPayPay
アルヴの「無自覚な人誑し」によって、王都の市場はかつてない奇妙な熱気に包まれていました。
「あの、本当にありがとうございました!」
アルヴが満面の笑みでペコリと頭を下げるたび、周囲の大人たち――それも普段は気難しいことで有名な職人や、揉め事ばかり起こしている荒くれ者たちまでが、「おう、困ったことがあったらまたいつでも言いな!」「これ、おっちゃんからのオマケだ!」と、次々に貢ぎ物(果物や焼き菓子)を差し出してきます。
「……なぁアルヴ。お前さ、自分が歩くパワースポットだって自覚ある?」
荷物(大量の貢ぎ物)で両手を塞がれたスバルが、半眼でツッコミを入れました。
「え? そんなことないよ。みんな、僕が困っているから親切にしてくれてるだけだよ。ほら、スバルもリンガ食べる?」
無邪気に果物を差し出してくるアルヴの瞳には、一切の計算がありません。だからこそ、擦れた大人たちの心にストレートに刺さってしまうのです。
「その純粋無垢な笑顔が一番危険なんだっつの! おいおい見ろよ、後ろからついてくる人の数が、さっきの倍になってんぞ!」
スバルの言う通り、アルヴの後ろには「銀髪の可愛い少年が困っている」と聞いて集まった街の人々が、まるでファンクラブのパレードのようにゾロゾロと列をなしていました。
「あ、あそこにいる人たちが、アナスタシアさんの荷物を持ってるみたい!」
アルヴが指差した路地裏には、荷物を盗み出して「へへ、これを売り飛ばせば大儲けだぜ」と悪だくみをしていた男たちが数人、たむろしていました。
「よし、ここは俺の出番――」
スバルが前に出ようとした瞬間、アルヴがトコトコと盗賊たちの前に歩み出てしまいました。
「あの、すみません。それはアナスタシアさんの大切な荷物なんです。返していただけませんか……?」
少し眉を下げ、潤んだ瞳で真っ直ぐに見つめるアルヴ。
盗賊たちは一瞬、ポカンと呆気に取られました。
「あ、あんだぁ? てめぇ、迷子か? ……って、なんだその顔。そんな目で見られたら、俺たちがもの凄ぇ悪いことしてるみたいじゃねぇか……」
「おい頭、なんか胸が痛んできたぜ……。こんな綺麗なガキを悲しませたら、男が廃るんじゃねぇか?」
「ええい、うるせぇ! 荷物は渡さ――」
頭領らしき男が怒鳴りかけた、その時。
アルヴの背後から、市場中の人々――屈強な荷荒らし、大工の棟梁、さらには通りすがりの衛兵までもが、一斉に武器や拳を構えて路地裏に雪崩れ込んできました。
「おいコラ泥棒ども!! その子を困らせるんじゃねぇ!!」
「アルヴちゃんに荷物を返しやがれ!!」
「ひ、ひえぇぇぇ!? なんだこの人数は! 悪かった、返す! 返すからその武器を収めてくれぇぇ!!」
盗賊たちは、アルヴを守ろうとする「王都大集結包囲網」の気迫に圧倒され、涙目で荷物を差し出しました。
「わぁ、ありがとうございます! やっぱり皆さん、お話すれば分かってくれる優しい人たちなんですね!」
アルヴが嬉しそうにパッと表情を輝かせると、盗賊たちすらも「……おう、これからは真面目に生きるわ」と赤面して改心してしまう始末。
「お前……もう聖者か何かに就職しろよ……」
スバルが乾いた笑いを漏らしていると、路地裏の気温が、急激に、かつ劇的に低下し始めました。
「――そこまでよ、悪い虫たち!!」
上空から、美しい銀髪をなびかせたエミリアが、氷の結晶を足場にして華麗に舞い降りました。その胸元からは、パックが目を光らせて飛び出してきます。
「アルヴ! 大丈夫!? 変な人に囲まれて、怖い目に遭わされてない!? お姉ちゃん、心配で心配で、心臓がバクバクしちゃったわ!」
「そうだよアルヴ! パパの目の届かないところで、こんなにたくさんの人間に言い寄られるなんて……! よし、とりあえずこの路地裏の人間を全員、足元から凍らせて固定しちゃおうか!」
「待って、姉さん! パック! みんな僕を助けてくれただけだから、凍らせちゃダメ!!」
アルヴが慌てて二人の間に割って入り、両手を広げて制止します。
「もう……。だから『一人で大丈夫』って言ったのに、二人とも心配しすぎだよ。僕はスバルと一緒に、ちゃんと任務をこなせたんだから」
アルヴが少し拗ねたように頬を膨らませると、エミリアとパックは一瞬で「うっ……」と言葉に詰まりました。
「う、うぅ……。アルヴが頑張ったのは凄ーく偉いと思うの。でも、お姉ちゃん、やっぱりあなたが誰かに連れて行かれちゃうんじゃないかって、心配で……」
エミリアは寂しげに眉を下げ、アルヴの服の裾をぎゅっと掴みます。パックもアルヴの髪にすり寄ってきました。
「……はぁ。分かったよ。心配してくれて、ありがとう」
アルヴが苦笑いしてエミリアの頭を優しく撫でると、彼女の表情は一瞬で幸せそうな笑顔に変わりました。
結局、初めてのおつかいは大成功(?)に終わりましたが、アルヴの「人誑し」の才能を目の当たりにしたエミリアとパックの過保護バリアは、さらに強固なものになっていくのでした。