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「フェルン、何読んでるの?」
一級魔法使い選抜試験を終え、オイサーストを去った直後の野営中。シュタルクが既に寝入ってしまった頃、フリーレンは夢中になって本に齧り付くフェルンの背に回る。
フェルンは頬を密着させるように肩に顎を置いたフリーレンを撫でながら、読んでいる本の表紙を見せた。
「年若い勇者が地下に潜んでいた大魔族を撃ち倒すまでの冒険を書いた書物です。巷では勇者ヒンメルに追随する英雄譚と人気になっているそうで。
マトリフ様とその弟子の魔法使いも登場していて、なかなかに面白いですよ。フリーレン様も読んでみますか?」
「へー…。マトリフって弟子がいたんだ。初めて知った」
フェルンから本を受け取ったフリーレンは、ぱらぱらと本を捲り、流し読む。
英雄譚に相応しい、劇的な物語が展開されていく中、フリーレンは気になる部分があったのか、眉を顰めた。
「………こんなひどい魔法使いの面倒見てたんだね、あいつ…」
「ひどいのは最初だけでしたよ。ゼーリエ様によると、『今やマトリフよりも強い』と太鼓判を押されるほどだそうです」
「へー…。じゃ、『
「はい。なんでも、ぶっつけ本番でマトリフ様にぶつけられたのを相殺して習得したのだとか」
「……撤回するよ。すごい魔法使いだね…」
マトリフの『
まだ見ぬ魔法使いを想像しながら、ぱらぱらとページを捲っていく。
その動きがふと、あるページで止まった。
「………魔法剣かぁ。懐かしいね…」
魔法剣。その名の通り、魔法を剣に纏わせるという、マトリフ式魔法のみが使える技術の一つだ。
その名を聞き、フェルンがふと思い出したように口を開いた。
「勇者ヒンメルもここぞという時に使っていたと聞きますが…、もしやマトリフ様より教わったのでしょうか?」
「うん。まあ、本人はあまり好んで使わなかったけどね」
「どうしてでしょう?」
「初めて見た時、私がいじけたからね」
「…………」
その光景がありありと目に浮かぶ。
癇癪を起こさなかっただけマシだと思った方がいいのだろうか。
フェルンの呆れる視線に気づいてか気づかずか、フリーレンはやけにいじけた顔で続けた。
「マトリフのやつ、『勇者にしか使えない魔法』をヒンメルにこっそり教えてたんだよ。ヒンメルはそれで魔法剣を作り出してたんだ」
「勇者にしか使えない魔法なんてあるんですか?」
「あるんだよ。あいつ、自分で作ったはいいけど、あまりに自分のイメージに合ってないからって、『勇気ある者』にしか使えないようにしていたんだ」
「それって、もしかして…」
ヒンメルを代表するものはいくつかあるが、彼が使ったとされる魔法には、フェルンも心当たりがあった。
「うん。『
『
それを剣に纏わせ放つ必殺の一撃…『ギガスラッシュ』は、ヒンメルを代表する技だとされる。今でも街中で『ギガスラッシュ』を放つヒンメルを真似る子供たちを見かけるほどだ。
フェルンは育ての親…勇者ヒンメルの幼馴染であるハイターより聞かされた頃から、常々浮かんでいた疑問をフリーレンにぶつけた。
「…いくらマトリフ式とはいえ、そこまで強大な魔法を本職ではない人間が使えるのでしょうか?」
マトリフ式の最大の特徴。それは「杖がなくとも、本職の魔法使いでなくとも、ある程度安定した効果で簡単に使える」という点だ。
しかし、その特徴を抜きにしても『極大』とつく魔法は、『
それなのに、本職の魔法使いではない勇者ヒンメルが『極大』を使えたのは何故か。
フェルンが疑問に思っていると、当時の悔しさがよぎったのか、フリーレンはやけにしょんぼりした顔を浮かべた。
「使えたんだよ。『
そのせいで私が使おうとすると、ちょっとした静電気しか出せなくて…」
「マトリフ様はどうしてそんなことを…」
「私がミミックを開くのと同じ理由らしいよ」
「…………?」
その意味がわからず、首を傾げるフェルン。
フリーレンはその脳裏に当時のことを思い浮かべ、告げた。
「『ロマンがあるから』、らしいよ」
♦︎♦︎♦︎♦︎
「その、黙ってたのは謝るよ。次の街に着いたら、好きな魔導書を買ってあげるし…、望むことはできる範囲でやる。だから、口を利いてくれないかな…?」
遡ること、勇者ヒンメルの魔王を倒す冒険の最中。
星空の下で、当時のヒンメルが見るからに不機嫌そうな様子のフリーレンをなんとか宥めにかかる。
フリーレンが不機嫌な理由は一つ。彼女も知らない魔法を、ヒンメルが咄嗟に使ってしまったのだ。
普通ならそれだけで怒るフリーレンではない。しかし、ヒンメルが使えるようになったことを黙っていたのがまずかった。
魔法を教えてもらえなかった。その事実がフリーレンにはどうしても許せなかったらしく、かれこれ5時間ほどずっと座り込み、いじけていた。
ヒンメルがその間、つきっきりで甘やかすも、フリーレンの態度は軟化しなかった。
どうしたものか、とヒンメルが悩んでいると。ふとフリーレンが声を漏らす。
「……さっきの魔法について教えてくれたら許す」
─────『ギガスラッシュ』!!
フリーレンの脳裏に、雷撃を剣に纏わせ、現れた魔族を叩き切ったヒンメルの姿が浮かぶ。
ヒンメルはそれに、ぱあっ、と表情を明るいものへと変え、語り始めた。
「以前、マトリフから教えてもらったんだ。なんでも『
「ふぅん…。ちょっと見せて」
「わかった」
ばぢっ、とヒンメルの手から雷光が迸る。
フリーレンはまじまじとそれを見つめ、露骨に顔を顰めた。
「やっぱり。魔法使いが使うことを想定されてない魔法だ」
「そうだよ。これは『勇者にしか使えない魔法』なんだって」
「偽物でも使えるんだ」
「偽物でも勇者は勇者だ」
少し前、ヒンメルは『世界を滅ぼす災厄を撃ち払うことができる勇者にのみ引き抜くことができる』とされる『勇者の剣』を引き抜けなかった。
その時は「偽物でも本物でも、魔王を倒せば関係ない」と言っていたが、やはり思うところはあったらしい。
誰かに…それも、新しい魔法体系を作り出した大魔道士に「勇者」と認められた。それがよほど嬉しかったのだろう。
上機嫌なヒンメルの肩を軽く叩き、フリーレンは頬を膨らませた。
「……マトリフは何を思ってこんな魔法作ったんだろ?」
「ロマンだってさ」
「ロマン?」
「フリーレンが魔導書目当てにミミックとわかってる宝箱に突っ込むのと同じ理由で作ったんだよ」
「ふぅん」
そう言われるとわからないでもない。
フリーレンは納得したように頷いたのち、その顔を膝に埋めた。
「…やっぱり、私よりマトリフを仲間にした方がよかったんじゃないかな」
「それは、マトリフの魔法が特別だから?」
「それもだけど…、マトリフはヒンメルを気に入ってるように見えたから」
感情の機微に疎いフリーレンから見ても、ヒンメルとマトリフは気が合うように見える。
それを抜きにしても、マトリフがヒンメルを気にかけているのは、これまで出会った頻度からして明らかなことだろう。
フリーレンが返答を待っていると、ヒンメルがそれに苦笑した。
「いくらマトリフがすごい魔法使いでも、パーティに入れる気はなかったかな」
「どうして?」
「多分、僕が中心のパーティとマトリフは相性が悪い。マトリフはああ見えて、合理主義の塊だからね。彼が一番輝くのは、切れ者が中心のパーティだと思うよ」
ヒンメルは頭が回らないわけではない。パーティを組めば、ある程度は連携できるだろう。しかし、横暴の権化たるマトリフを使うにはいささか優しすぎた。いつか絶対に齟齬が出ると確信できる程度には。
そのことを無意識ながらにわかっていたからこそ、ヒンメルはマトリフを仲間にしなかったのだ。
…いや。そうでなくとも、マトリフを魔法使いとして迎え入れなかった理由がもう一つある。
「それに、前にも言ったはずだよ。僕はフリーレンが良かったんだ」
「………そう」
膝に埋まった顔が出てくる。
星明かりに照らされたそれにヒンメルが見惚れていると、フリーレンがふと声を上げた。
「…ところでさ、ヒンメル」
「なにかな?」
「そのマトリフなんだけど、さっきからこっち見てすんごいニヤついてる」
「んなっ!?!?」
ばっ、とヒンメルがフリーレンの指した方へと目を向ける。
確かに、ニヤけヅラを晒したマトリフがこちらを生暖かい目で見つめている。
この先起きることを悟り、顔を青く染め、駆け出すヒンメル。
だが、マトリフはそれよりも早く駆け出し、声を張り上げた。
「渾身の遠回し口説き文句スルーされてやんのー!はっずかしー!!」
「コラ待て!!みだりに言いふらすんじゃない!!」
「ハイター、アイゼンー!ヒンメルのキザ野郎、性懲りも無くフリーレンに遠回しな告白してやがったぞー!!」
「こんのクソ野郎ォオオオ!!!!」
世にも珍しいヒンメルの罵声が星空に轟いた。
マトリフ…「勇者だけが使える魔法ってロマンあるよな」で「
ヒンメル…必殺技「ギガスラッシュ」を覚えた勇者。多分、ギガブレイク並の威力がある。ただでさえ一撃が必殺級のバケモンに必殺技を持たせるな(byヒンメル被害魔族の会代表魔族)
極大魔法…マトリフ式魔法の最奥とされる魔法。フェルンは一部、フリーレンは「