「ここ、何処だよ」
何も無い砂丘のど真ん中で私は目を覚ました。正確にはほんの少し前から目を覚ましていたが、周囲の状況を認識することができたときには、砂丘のど真ん中で目を覚ましていた。
何時ものように迷いの竹林にあるボロ小屋で壁に寄りかかりながら寝ていた。あの姿勢ならば深く眠ることができず、なにかあったときにすぐに動けるからと長い事、そうやって寝ていた。けれど、今回は寝ていたときに謎の浮遊感に襲われて目を覚ました。
「あの隙間野郎か?こんな事ができるやつは」
私に気配を悟らせずに人攫いができる者など限られる。そして面識がある奴らの中でここまでの事をできるやつは隙間野郎しか知らなかった。
「はぁ、ここはどこだ?見たところ砂丘っぽそうだが」
幻想郷に砂丘と呼べるような場所は何処にもなかったはず。そうなれば昔都に住んでいたときに聞いた、西の方にある砂丘、そのあたりに落とされてしまったのだろう。
何故隙間野郎がわざわざ私を外の世界の砂丘へと放り投げたのかわからない。けれど、無駄に長生きをしていれば、理不尽な目に合うのは数え切れないほどある。そして、時間は無駄にあるのだから、どうにかはなるだろう。
「太陽はあっちだから……東はあっちか」
ここが外の世界であるのならば、どうにかして幻想郷へと帰る算段をつけなければいけない。私が幻想郷に入った時の道筋はもう使えなくなっているだろうから、菫子を頼るのが一番だろう。あいつは、外の世界から幻想郷へと来ることができた奴だ。多少差異はあれど帰れるはずだ。
竹林と違い、歩きにくい砂の上に、強烈な太陽の光が竹に遮られるようなこともなく差す。加えて、少し風が吹けば地面の砂が舞い上がり目に入る。口を開ければ砂が口の中に入ってくる。
正直に言って、とにかく心地悪い。暑さは慣れているが、暑さ以外の他の全てが慣れていないせいで、とにかく心地悪い。
「温泉に入りたいが……近くに山はないからなぁ」
見渡した限り、見える範囲で山はない。経験則から、温泉は山に近ければあるはずだが、この辺りでは温泉は期待できなさそうだ。
「せめて川があれば、水浴びできるけど……」
池も湖も川も、水源全般が絶望的だ。
「ま、水が無くても死にはしないしいいか」
ずっと水を飲まずに生活したことだってあるうえ、この心地悪さよりも比べ物にならない物を経験したことが在る。この程度ならば放っておけばその内気にならなくなるはずだ。
どの程度進んだのかわからないが、とにかく東へ東へと進んでいく。途中砂嵐に襲われて方向を見失いそうになったが、構わず進んで行った。
「お?」
砂丘の中を進んで行くと、私以外の誰かの足跡を見つけた。
「これは、まだ新しそうだな」
砂はサラサラで、風が吹けばあっという間に足跡を消してしまう。こんな場所でまだ足跡が残っているとなれば、ここから近い場所に足跡の主が居るだろう。
「……流石に人間か?」
足跡と言えど、妖怪や妖精の可能性を考慮してしまった。今の外の世界で人外が居られるような場所はない。随分と幻想郷での生活が骨の髄までしみついてしまっているようだ。
「それはそれとして、急いだほうがいいかもしれないな」
竹林で迷った人を見つける手掛かりで足跡をよく見る。迷ってパニックになり、妖精や妖怪に襲われて走って逃げる足跡。竹林と砂丘で同じ足跡となるかはわからないが、この足跡の主は酷く焦って走っていることが読み取れる。
「相手も遭難者じゃないといいんだけど」
折角人を見つけても、お互いが遭難者ではどうしようもない。せめて、この砂丘を抜け出すための手掛かりが手に入ればいいのだが。
董子の話じゃ、外の世界で空を飛べば悪目立ちどころでは済まないそうだが、歩き難い砂の上を歩くより、飛んだ方が圧倒的に早い。両足を地面から少しだけ浮かして、足跡を見失わない程度で低空飛行しハッキリと残された足跡を頼りに、足跡の主を追いかける。足跡は酷く左右に揺れていて、歩幅も安定していない。持ち主の体力的余裕は殆ど残されていなさそうだ。
「ん?」
風景の変化が少なく、移動距離が分かりにくく経過した時間が分からない。それでも、体感時間ではあっという間に、砂以外の何かを見つけた。
「お、おい、大丈夫か!!」
砂以外の何か、それがなんなのかを確認するために近付いてみれば、人が倒れていた。
すぐに砂の地面に足を付け、倒れている人の状態を確認する。背丈からして十代後半、大人の女性。短髪の薄いピンク色をした髪をしていて、体の至る所に何かを隠し持っているのか、小さなポケット全てに膨らみがある。
手には帯が握りしめられていて、その帯の先には折りたたまれた四角い何かがある。何かしらの紋が描かれている為、この女性の所属を示す物なのかもしれないが、今の私にはそれもわからない。少なくとも、家紋で三角形の内側にとげとげした模様が描かれたものは知らない。
「意識はあるか!!大丈夫か!?」
下手に体は揺すらず、少女を仰向けにさせて意識の確認をする。けれど、女性は私のされるがまま。何の抵抗もなく容易に転がり、反応も見せない。
「呼吸は……あるな、脈もある」
少なくともこの女性は死んでいない。けれど、明らかに弱り切っている。
「この暑さだ、熱が溜まってるやがる」
どうにかして熱を逃がさなければならない。けれど、今の手持ちは十数銭の銭程度、熱を逃がすのに使えそうな道具は何もない。女性が身に着けていた水筒を開け中を確認するが、生ぬるい。
「少し揺れるが我慢してくれ、この場所に居るよりかはいくらかはマシなはずだ」
病人に無理をさせるわけにはいかないが、ここに居ても状況は悪化するばかり。女性を担ぎ上げ、女性の荷物を手にして走り出す。
「こっちは不得意だが、ないよりはましなはずだ」
五行のうち最も得意な火行ではなく、水行で気休め程度に女性の体温を冷やす。その間に勢いよく飛び、とにかく日影が水辺を探して移動する。
じりじりと照り付ける光の中を進んで行くと、廃墟となったであろう建物達を見つけた。廃墟である為、倒壊の危険性はある物の、何もない砂丘の中を進んで行くよりは十分に涼むことができるはずだ。
廃墟の日陰で、砂が入り込んでこず、いざとなればすぐに脱出できる場所に女性を寝かせる。
「はぁ、人助けで余計な時間を食っちまったか?」
他人の心配をしていられるような状況ではないが、あのまま倒れた人を見過ごしていては夢見が悪い。結局、この人助けが今の私に吉となるか凶となるかなんて、誰にも分らない話だ。だからこそ、死にかけていた人の命を助けられただけよいと思おう。
「はぁ、疲れた」
気が付けば、数時間はずっと移動しっぱなしだったのだ。両足がパンパンになり、気力もすり減った。人間の体じゃ、妖怪の様に数日間ぶっ通しで活動することなんてできないのだ。適当に壁に寄り掛かり片膝を立てたまま仮眠をとる事にしよう。しばらくすれば、夜になって、太陽の日差しもましになるはずだ。
「zzz」
数刻程度の時間が経った。太陽が沈み辺りは薄暗くなったと同時に。
「へくちゅ!!いや、一気に寒くなりすぎだろ」
太陽が出ていた時とは想像もできない程に寒くなった。幻想郷の冬でも昼と夜でここまでの寒暖差はなかったはずだが。
「砂漠ですから、夜が寒いのは当たり前でしょう」
私の独り言に誰かが答えた。聞き覚えのない声に一体誰が答えたのかと声の主の方を見てみれば、先程自分が助けた女性だった。
「砂漠?砂丘じゃないのか?」
「砂漠と砂丘じゃ全く別のものですし、ここはアビドス砂漠、有名な場所ですよ」
「へぇ、そうなのか」
砂漠と砂丘が全く別な物であることを知りつつ、ここの地名を知る事ができた。
「貴方が私の事を助けてくれたんですか?」
「まあな、遭難してさ迷っていた所であんたを見つけたからな」
「遭難って……よくそんな状態で私を助けましたね。そんな身軽な、というか何の道具も持っていない状態で」
私が遭難していたことを聞き、女性はため息を漏らして呆れた表情をする。
「あのまま死なれたら夢見が悪かったからな。それにあんたが無事だったら、帰り道を見つけられるかもしれないからな」
「打算があって私を助けたんですね」
「否定はしないよ」
「そうですか」
随分とぶっきらぼうな女性だ。病み上がりということもあるだろうが、いつぞやの面霊気程ではないにしても、感情の起伏を読み取れない。それとも、今の女性には他の感情を見せれるほどの余裕がないのか。
「あんた、名前はなんて言うんだ?名が分からなくちゃ呼びにくい。私は藤原妹紅だ」
「……アビドス高校一年生、小鳥遊ホシノです」
お互いに簡単な自己紹介を済ませると、ゆっくりと立ち上がり外の様子を確認する。
「ホシノはここから近くの集落って知ってるか?」
「ここからですと、あっちに進むのが早いですね」
ホシノが指さした方を見てみれば、遠くの方でほのかな明かりが見えたような気がする。あっちに進めば人が居る場所に出られそうだ。
「歩けるか?」
「これ位大丈夫です。問題は寒さですが」
ホシノが懸念する通り、砂漠の夜は本当に寒い。下手な雪が降る冬の夜よりも圧倒的に寒いせいで、今の恰好では寒さで指先の動きが鈍くなっている始末だ。
「ホシノは平気なのか?」
「多少寒いですが、これ位慣れています。問題はあなたです」
「あ~、酒が在れば温まれて行けたんだが。狸の旦那みたく、酒を提げて置けばよかったか?」
酒を呑めば体が火照って、冬の寒さも平気になれるというのに、こういう時に限って酒がない。
「酒って、子供がお酒を呑める訳がないでしょう」
「子供はそうだろうね、でも、見るからにあんたも大人だろ。なら酒を飲んでも大丈夫だろ」
「は?」
「ん?」
ホシノの反応からして、どうもお互いの認識にすれ違いがあるような気がする
「私、高校一年って言いましたよね。まだ、15ですよ?」
「それくらいなら、初潮はもう来てるだろ。ならもう大人のはずだが」
「なな!?いきなり何わからない理屈を言って」
「……どうも、大人の基準が違うっぽいな」
そういえば、以前菫子から大人は18からお酒は20に成ってからなんて話を聞いたことがある。幻想郷じゃ、女の子は初潮が大人になった証であったため、そっちの感覚で話していた。
「一応言っておくが、私はそこらの人よりはずっと年上だからな?訳あって老けないだけで」
「その容姿でその主張は無理があると思いますよ」
私が蓬莱の薬を飲んだのは十代前半頃、そこから老いることが無くなってしまった。言い方を変えてしまえば、年を取るごとに現れる容姿の変化は起きなくなっている。だから、黒かった髪が白くなった以外、私の姿は蓬莱の薬を飲んだあの時のままだ。
「ひとまず、その言葉が本当だとして、その容姿のままキヴォトスでお酒を飲むのは大問題になりかねないので、やめておいたほうがいいですよ」
「はぁ~、そうなのか」
これが、死を忌避するキヴォトスに死ぬことができない少女が初めて降り立った日の出来事だった。