一応は張り詰めた空気をしていた私達の中、全く空気を読んでいないホシノの声がこの場に響き渡る。
意識ある者達の視線は一斉に声の主であるホシノの方へと向けられるが、とうの本人はまるでどこ吹く風、霊夢のように自分に向けられている視線を無視している。けれど、霊夢と一つ確実違うのはその視線に気が付いたうえで無視している。
「ごめんごめん。ちょっと昼寝しててね~、少し遅れちゃった」
のほほんとしているが、同じマイペースな霊夢とは根本から違う。そもそもとして霊夢は周りに対して興味を持っておらず、努力や自己鍛錬、一生懸命頑張る修行を好んでいない。言ってしまえば、生まれながらの霊夢の本質だ。
それに対して、目の前に居るホシノはどうだろうか。あまりに他人に興味を見せていないようで、全体に目を配り、相手の様子を確認している。そして、今ホシノが出している気配は戦う人のそれである。どちらかといえば、マイペースという皮を被った…魔理沙だな。
ホシノがのほほんとしつつ、何時でもこの場を制圧することができるように構えている。尤も、既に風紀委員会の大部分が戦闘不能な状態であり、この場でわざわざ争いを続けようとする輩は…鬼だったら続けてるな。
「昼寝ぇ!?こっちは色々大変だったのに!ゲヘナのやつらが…!」
「でも、もう全員…妹紅さんがやっちゃった…」
ホシノとシロコ達アビドス高校の面々が会話を始める。
「ゲヘナ風紀委員会かぁ…便利屋を追ってここまで来たの?」
ホシノの登場により、先程と比べて一応アビドスの少女達の雰囲気は張り詰めたものがなくなった。それに対して、ヒナの表情は全くの別のものでだった。
ホシノを見る目は、歓喜や恐怖でもない、これだといえるのは驚愕の感情を持っているのだろうか。
「うーん、事情はよく分からないけど、対策委員会はこれで勢ぞろいだよ。それに、妹紅さんがだいぶやっちゃってるみたいだし。それでもやり合ってみる?風紀委員長ちゃん?」
ホシノは手にしている銃を握りなおして、ヒナの方へと向き直す。このまま二人が一触即発の状態になるのかと思っていたが、ヒナは手にしていた銃を下げる。
「…一年生の時とはずいぶん変わった、人違いじゃないかと思うくらいに」
「それは妹紅さんに同じことを言われたけど、私のことを知ってるの?」
「情報部にいた頃、各自治区の要注意生徒たちをある程度把握してたから。そこの妹紅と同時にね」
「んあ?私、そいつと同程度に警戒されてたの?」
一応ホシノはこの世界じゃそれなりの実力者だとは思っていたが。
「生徒の中では特に小鳥遊ホシノ……あなたのことを忘れるはずがない。あの事件の後、アビドスを去ったと思ってたけど、そういえば、そのあとくらいだったわね。妹紅の目撃情報が出始めたのは…そうか、そういうことか…だからシャーレが…」
「お~い、勝手に話を進められるとこっちには全くわからないんだが?」
ヒナは一人で何かに納得して、一人で言葉を続けていってしまう。こちらとしては一体何がつながって納得しているのかわからないし、それを察するだけの頭もないのだから説明をしてほしいのだが。
「まあいい、私も戦うためにここに来たわけじゃないから」
銃を下げたまま、ボコボコに打ちのめされた風紀委員の面々のほうを見る。
「イオリ、チナツ、撤収準備、帰るよ」
明確な終戦の宣言。相手方はこれ以上戦うつもりはないようだ。これにはアビドスの少女達は驚いて見せたが。
「あっそ、まぁ、こっちも十分お返しはできたからいっか。なぁ、ノノミ、大将を医者に見せたいから案内頼んでいいか?」
「え、あ、はい。わかりました」
つい先程まで激しく争っていたのはどこに行ったのか、私も一応理不尽に二回殺された分の鬱憤は晴らすことができたため、これ以上争う理由もない。私が戦うよりも、流石にそろそろ大将の病院へと連れて行かなければと、改めてノノミに話をして大将の居るシェルターへと向かった。
「暇だ」
私は今、私自身にはほぼ無縁ともいえる病院の待合室で時間を潰している。
ここキヴォトスは生徒以外の人達もえらく丈夫であり、大将も幻想郷に住まう人間と比べればかなり丈夫なほうだ。流石に霊夢や魔理沙とかあの辺りは例外だか。それでも、今回の一件で大将は少なからず負傷していて、意識がはっきりしているのか怪しい部分も確認できたため、確りとした検査をしなければならなかった。
そして、私は今、付添人として大将の検査が終わるまでの間、この場所に拘束されてしまったのだ。
「あ~」
もともと人の少ないアビドス地区ということもあり、病院の中の待合室もほとんど人がいない。数人程度は確認することができ、カウンターの奥には病院関係者の姿が見ることができるが、ちょっとした会話をする関係でもないため、話しかけることもできずにただただ暇だった。
あまりにも暇すぎるため、備え付けの雑誌というものでも読んで時間でも潰そうかと思い立とうとしたとき、隣に誰かが座った。
「あ?」
閑散としているのにも拘わらず、そいつはわざわざ私の隣に座ってきたため、思わずその姿を確認した。
「初めまして、藤原妹紅さん」
「おまえ、何者だよ」
幻想郷では服装が特徴的な奴は多くいたが、全身を黒一色で固めたうえで顔も真っ黒、目や口も顔全体に走った亀裂が青白くそれらしい形を作っているもので、どうやって周囲を見て声を出しているのか疑問を覚える。
「私たちはあなたと同じ、キヴォトスの外部の者…ですが、あなたとはまた違った領域の存在です。それはあなたもわかっていることでしょう」
「まぁ、そうだな」
こいつが纏う気配は幻想郷の住民のそれではない。というか、そもそも幻想郷から異界に迎える奴は数が限られているから、そうそう異界に来れるようなものではない。
外の世界に幻想郷とも、幻想郷と関りがあると聞く異界とも、このキヴォトスという異界、いずれとも違う異界の奴のようだ。
「適切な名前がありましたので、今はそれを拝借して使っております。私たちのことは「ゲマトリア」、とお呼びください。そして私のことは、「黒服」とでも。この名前が気に入ってましてね」
「まんまだな」
「ええ、名は体を表すとも言いますからね。私としてはその逆もあると思いますが」
「確かに…」
こいつの場合、全身が真っ黒な服で固めているから黒服、体は名を表すだな。
「私たちは、観察者であり、探究者であり、研究者です。あなたと同じ、「不可解な存在」だと考えていただいて問題ございません」
「不可解か、私は?」
「少なくとも、誰の目から見ても死亡しているはずの状況で生存しているのは不可解と言えると思いますが?」
「…確かに」
幻想郷では妖精は一回休みになっても数日もたてば復活、妖怪達も四肢を欠損したとしても時間さえ立てば回復していて、致命傷を負ったとしても復活するのは当たり前だったが、死んだはずの奴が当たり前のように復活しているのは不可解な話だ。
「それで、そんなお前が私に一体何の用なんだ?」
幻想郷の胡散臭い奴はかなりいるが、この黒服と言う奴もかなり胡散臭い。あまりこいつの話を鵜呑みするのはよくないだろう。
「私は研究者としてこの世界のことは多く調べてきましたが、あなたは私が知る全てから外れています」
「ああ、まぁそうだろうな」
少なくとも私はこの世界の住民じゃない。ある程度似通ったところはあれど本質的なものはこの世界の者たちとは全く違う。
この世界の住人全員ではないが、ある程度の実力者や感性が鋭いような奴は私の違和感に気が付いている。こいつの場合は、おそらく後者だろう。
「生物の死は不可逆的なものであり、どのような存在であっても一度死んでしまえば戻ることはありません。クラゲやプラナリアと言った特異的な存在もいますが、あれらは極端な死と誕生のサイクルを繰り返しているにすぎません」
「へぇ、そんな生物がいるのか」
蓬莱の薬を飲んだとかではなく、生まれながらに死と誕生の極端なサイクルをすることができる生き物がいるのかと、生と死が特殊な生き物に対して興味を持ってしまう。
「ですが、あなたの場合、これらの生物とは全く違うとお見受けします」
「あ~、そういう理屈的な話を求められても私のはよくわからないぞ?」
例に挙げられた生物は生と死を繰り返しているが、私の場合は死という概念が喪失してしまっているため、死ぬことができないに過ぎない。根本的な理屈が違うことはわかっているが、理屈を立てて説明をすることなどはできないのだ。
「ふむ、まぁ、直接話を聞いて答えを得ることができるとは思ってはいませんでしたから」
「じゃあ、いったい私に何の話をしに来たんだよ」
「ああ、失礼。あなたに一つ、魅力的な提案を」
「あ、断る」
「せめて内容を聞いてからでも」
「断る。地元の方にもあんたと似た奴がいるが、碌な目にあったことがないからな」
こう胡散臭い奴の提案なんて何一つ信用できない。完全憑依の一件も結局は胡散臭い隙間野郎の手のひらで踊らされていたわけだからな。
黒服はまさか話を聞いてもらえないと思っておらず、どうしたものかと言葉を詰まらせて首をかしげる。
「わかりました。簡潔にこれだけ伝えさせてもらいます」
「だから聞くかと」
「「異界へ繋がる方法」に興味はありますか?」