砂漠の夜は酷く寒い、指先の感覚が無くなりつつあるが、ホシノの案内で現在地から近くにある街を目指して歩いていく。
「なぁ、ホシノ」
「なんですか?」
病み上がりであるホシノの足は遅く、この環境に慣れていない私もあまり活発に動くことができない。空を飛べば早いのかもしれないが、この寒さの中で飛べば余計に寒くなる。
時間がかかる徒歩で移動をしているが、これがとにかく暇である。寒さの苦痛などすでに慣れていて、寒さ程度で気を紛らわすことは大分昔のうちにできなくなってしまっている。だからこそ、ホシノに話しかける。
「ずっと気になっていたんだが、空のあれってなんだ?」
日中は日差しが強く、空を見上げても太陽の光で物は霞みはっきりとは見ることができなかった。それでも、日が沈んだ今ならば、空に浮かんでいるあれははっきりと見る事ができる。
それは、まるで魔法陣の様に見える大きな円の集合体の陣。どこぞの白黒の魔法使いと人形遣いが使っている魔法陣とは全く違う様に見え、さらにこちらのほうが圧倒的に単純にも見える。もっとも、独学で五行を嗜んでいる私には、西洋の魔術についって全くわからないのだが。それでも、あの陣の大きさは明らかに異質と言える。
「あれは……何なのでしょうね?」
「知らないのか」
ホシノは答えようとするが、改めて考えてみればあれが何なのかわからなかったようだ。その様子から、あれはホシノにとって当たり前のようにあり、わざわざ疑問に持つようなものではない、日常の景色の一部であると受け取れた。
「ずっと昔から変わらずありますから」
「山みたいなものなのか」
外の世界から幻想郷へと来て何年程時間が経っていたのかは知らないが、少なくとも、私が幻想郷に来る前にはあんな陣が描かれている場所を見たことを聞いたこともない。前に、異変の流れで外の世界へと出る機会があったが、その時にもあんなものを見た覚えがなかった。
そして、ああしたものならば董子が何かしらの興味を示しているような気がするが、彼女から直接話を聞いた事はない。
そこからしばらく、会話もなく、トラブルも起きずに歩き進む。
「なぁ」
「今度は何ですか?」
「ここはアビドス砂漠って言っていたけどさ、これから向かう場所はどこだ?というか、どこの藩だ?」
藩の名前がわかれば、日本の何処に落とされたのか凡その居場所は割り出すことができるはず。尤も、西の方の国に落とされてしまっていたら、海を越える術を考えなくてはいけないが。
「藩って……なんですかそれ?どこかの部活動の名称ですか?」
ホシノは一体何を言っているのだと感じ取れる口調で返した。
「私達が向かってるのは、アビドス地区の住宅街ですよ。尤もはずれのほうですが」
「う~ん、地名でも変わったか?」
アビドス、やっぱりその名に覚えがない。尤も、幻想郷に住んでいる間に地名が変わってしまっていれば、知る術がないため、知らなくても当たり前な話である。
「なぁ」
「なぁ」
「なぁ」
他に話す事が無い為、とにかく気になった事をホシノに聞いていく。ホシノも病み上りな体を誤魔化す為にか、こちらの質問にぶっきらぼうながらも答えてくれる。
そして、ふと気になったことを聞いてみることにした。
「なぁ……直近で誰かの死でもみたか?」
「ッ‼」
その質問をした瞬間、これまでこちらの顔を見ず、歩きながら答えてくれていたホシノの足が初めて止まりこちらを見た。
「どうしてそんな質問をするんですか?」
「なんとなくかな、病み上がりってこともあるんだろうが、ホシノが纏ってるその気配は誰かが死んだときの気配に似ているんだよ」
不老不死になってから多くの人の誕生の死を見てきた。だからこそ、それによる周囲の人達がどんな気配をまとっているのか見てきた。
「それも……ほぼ身内とも言えるものだな。ただの友人程度じゃないな」
ただの友人程度でここまでの気配をまとっているのは見たことがない。となれば、よほど親しい関係を持っていた相手でなければここまでのものにはならない。
「……顔に出てましたか」
「いや、私が今までそういう奴を数えきれない程見てきたからわかるだけだ。普通の奴じゃそこまでわからねぇよ」
ホシノは否定しなかった。どうやら、読みは当たっていたようで、よほど親しい人を直近で亡くしてしまったのだろう。
「元気出せとは言わないが、あんまり引きずっていたら前に進めないぞ」
「あなたに何がわかるんですか」
ホシノの声には怒りがこもっていた。
「わからないな。私にわかるのは、親しくしてくれた人を自分の手で殺したことと、恨みと殺意で人生の大半を棒に振った事くらいだ」
「ふざけことを言わないでください」
ふざけたことと言われても、それが私の事実だからな。
「ふざけたも何も、それがあったから今の私が要るから。嘘ではないんだが」
「そんな言葉誰が信じると思うんですか」
「まぁ、そうだな」
幻想郷の中でも、私の来歴は相当異端な方だ。それが外の世界でとなれば、異端よりもさらに異端といっても差し支えないだろう。
「とはいえ、無駄に長生きしている健康マニアの焼き鳥屋店主からアドバイスとして言っておくよ。あんた、そのままだと死んだ人生を過ごすことになるよ」
心のどこかにぽっかりと空いたそれを埋めなければ、ほぼ間違いなく廃人へとまっしぐらだ。
「余計なお世話です」
「まぁ、お前の人生だからとやかくは言わないが……」
大切な人を亡くした影響なのか、それとも元からなのか判断がつかないが、随分と他人を拒絶する性格の持ち主のようだ。どちらにせよ、こうした人間と親しくなれた相手は余程の相手であり、その相手を亡くした影響は大きなもののようだ。
「あなたには倒れていた所を助けてもらった恩義があるから、こうして町まで送り届けているだけです。これ以上、私には関わらないでください」
「はいはい、わかったよ」
そこからホシノと私の会話は何もなかった。そして、あっという間に人が作ったであろう建物がある場所へときた。
「砂漠は抜けました。あとは自分の足で行ってください」
ホシノはそのままフラフラと歩いてどこかへと行ってしまった。
「はぁ、心配ではあるけれど、一期一会か」
外の世界と比較すれば箱庭とも言える幻想郷とは違い、こちらはもっとずっと広い世界だ。いずれ幻想郷へと帰る身である私が、もう一度ホシノと出会うことはないだろう。
一期一会、死ぬことがない私の人生であっても一度きりの出会いのはず。直接的に私が関わらなかったから死んでしまったという状況はなくなった。少なくとも、夢見が悪い状態ではなくなったのだから。
「……しまった、地図ももらっておけばよかった」
アビドスと呼ばれる街のどこか、地図がない私には今の場所がどこだかわからない。地図さえあれば、ある程度移動ができるはずだったが。
「仕方ない、適当にぶらついていればどこかに出れるだろう」
私は暗いアビドスの街の中を歩いていく。