ケイvs先生withゲーム開発部:そして勇者は魔王の膝上で堕ちる 作:100万ディナールの夜景
原作:ブルーアーカイブ
タグ:ケイ 先生 天童アリス 才羽モモイ 才羽ミドリ 花岡ユズ ゲーム開発部 ハーレム
立ちはだかる魔王軍四天王(ゲーム開発部)との戦い、そして魔王との最終決戦。
果たしてケイは、魔王を追放しゲーム開発部を救うことが出来るのだろうか?
それとも他の皆と同じように、膝の上に散ってしまうのか?
*pixivにも投稿しています
ミレニアムサイエンススクールの昼下がり。授業から解放された生徒たちが束の間の暇を楽しみ、校内は喧騒で溢れていた。それはここ、ゲーム開発部の部室も例外ではない——普段ならば、そうだった。
「……」
今は普段よりも人数が一人多いというのに、声は一言も発されない。絶え間ないカチカチという音だけが、三つのコントローラーから部屋中に響いていた。
すると、隣から場違いなほど呑気な声が聞こえてくる。
「白熱してるねぇ」
「……ええ」
あなたのせいでしょうが、と声を荒らげたくなったが、この張り詰めた空気のせいか飲み込んでしまう。
この大きなソファには三人が座っていた。私、先生、そして先生の上に座って撫でられているユズ。先生はこの状況の張本人だと言うのに、いつも通り何を考えているのか分からない顔で微笑んでいた。その顔を見ていると、悔しいが鼓動が早くなる。それと同時に、疼くような波も胸の奥に走った。
ユズは見ていて呆れるほど蕩けた顔をしていた。最初はあんなに恥ずかしがっていたのに。時折聞こえてくる至福を滲ませた吐息が、これも私の感情をかき乱す。
目の前ではアリス、モモイ、ミドリの三人による対戦が行われている。ゲームは『スマッシュシスターズ』、通称スマシス。先程はユズも加えて四人で行われて、勝者は予定調和、ユズだった。つまり今行われているのは、『勝ったらご褒美として先生の膝の上でナデナデしてもらえる勝ち抜け式スマシス大会』である。ミドリはまだしも、アリスも、普段から喧しいモモイでさえも何も言わずに画面を凝視し、ただ指を動かしていて、誰も彼もがこの対戦に集中しているらしい。そんなに先生の膝の上は魅力的かと、本日何度目かもわからない溜息を吐いた。心中の不快なしこりはどんどん大きくなっていく。
暫くキャラクターたちが激しく動き回る画面を見ていれば、最後に残った二人のキャラクターのうち、アリスが操作している方が勢いよく吹き飛ばされ画面の外へ消えていき、そこから激しい炎が轟音と共に舞い上がった。ゲームセットの表示が中央に出た後、リザルト画面に移行する。そこに映ったのは、ミドリが操作しているキャラ。
「うう、負けたぁ〜……」
「アリスも負けてしまいました……」
「やったッッ!! やったやったでは先生失礼しますね!!!」
「勢いが凄い」
ミドリはコントローラーを放り投げるような勢いで先生の元へ走ってきた。ここまで鬼気迫るミドリの表情は初めて見たかもしれない。熱が篭った緑の瞳が揺らめいて、まるで火が灯っている様だった。
「あっ……」
ユズは先生の膝から降ろされると、心底名残惜しそうな顔をする。単純なもので、最後にひと撫でされると「ふへ……」と顔を緩ませ、両手を頬に当て幸せに浸ってるようだった。
そしてユズが座っていた場所には今ミドリが座った。先生の手を取り、頭の上に自ら持っていく。ぐりぐりと頭頂部を下から押し付ける様は、最早撫でてもらっているというより、撫でさせていると言った方が正しいだろうか。普段は真面目な部類の彼女でさえ、だらしなく口は半開きになり、目を細め、先生との触れ合いを享受していた。胸の奥が、再びずきりと波打った。
「むぅ、ユズもミドリも良いな〜……」
「アリスも早く先生の膝の上でナデナデしてもらいたいです! モモイ、最終戦を行いましょう!」
ああ、とうとう私も我慢の限界かもしれない。
「……不健全です」
「……ケイ? 何か言いましたか?」
この状況と先生への怒り、そして少しの八つ当たり、それらの衝動に身を任せることにした。ドスンと音を立てて、ソファーから力強く立ち上がる。この部屋に居る全員の視線が、私に集まった。
「あなたたちは先生が来るたびに、開発ほったらかしてイチャイチャと……!」
「ケ、ケイ? どうしたの? お腹空いた?」
「そんな訳ないでしょう!」
「ひぇっ!?」
「あ、こ、このケイは……アリス知ってます、今のケイはストレスが溜まった時になる『バーサーカーモード』です……触れるもの皆に怒りをぶつけてしまう悲しきモンスターになってしまいました……」
とても納得の行かない不本意な解説をされているが、今はとにかく関係ない。先生の前に仁王立ちになり、指をビシリと力強く差す。
「先生はこれ以降、暫くここに来るのを止めてください! あなたのせいで開発が全く進まないんですよ!」
「えー!?」
私がそう言った途端、周囲から不満の声が4人から上がった。でも仕方ないだろう、実際開発はつゆほども進んでいない。本当なら今日は皆で次回作の作業を進めるはずだった。それが私が少しばかり席を外している間に先生が来て、こんな事になっている。皆は猛抗議するだろうが関係ない、私の怒りは全く正当なものだ。いや、私はゲーム開発部ではなく特異現象捜査部なのではと言われたらそうなのだが、デバッグなどの雑用は十分に今までもこなしてきた。だから口出しする権利はあるだろう。
「うーん……」
しかし先生は、どうしたもんかと言いたげに悩んでいる。ミドリを撫で続けながら。何を悩むことがあろうか、この生徒を誑かす淫行教師め。この場において一番マトモなのは私なんだ。
「そ、それは嫌だよ! ほら、先生が居たほうがモチベーションの維持につながるし!」
暫く先生を睨んでいれば、予想通りモモイが突っかかってきた。
「なら先生が居てもシナリオを書きなさいモモイ! 制作中のゲームのストーリーが今何字だと思ってるんですか!?」
「え、え〜っと……五万字くらい?」
「五百字です!!! 最初の勢いだけで印象的なシーンだけ書いて、その後何も思いつかないからって放置してるじゃないですか!」
「うぐぅ……つうこんのいちげき……」
モモイは芝居がかったように倒れ伏す。フィクションだったら目がぐるぐるになっていたところだろう。取り敢えず一人は排除できた。
「わ、私だって嫌だよ、ケイちゃん!」
次に異を唱えたのはミドリだ。流石に今はそんな場合じゃないと夢見心地からは戻ってきたらしい。先生の膝からは離れていないが。
「ミドリはイラストを書きなさい!」
「で、でも! お姉ちゃんがシナリオを書かないと私は進められないから!」
「主人公のキャラデザにどれだけかかってるんですか! いつまで『大人の身体の研究』と称して先生にベタベタしてるんですか! もう身体のあんなところやそんなところまで把握したでしょう!?」
「え……そ、そんなことは……私にはまだ早いと……で、でも先生が許してくれるなら……」
「なに顔赤くしてるんですか! なに想像してるんですか! 何の話をしてるんですか!!!」
「今のは流石にケイの言い方が悪かったと思うよ」
「先生は黙っていてください! あとミドリを撫でる手を止めてください!」
今度は赤くなってもじもじし始めた。先生がまた頭を撫で始めたので、ミドリは再び妄想に旅立ってしまった。もうこちらから話しかけても無駄だろう。
「わ、私も……先生には、居て欲しい……」
気の弱いユズですら反論してきた。何故こういう時に限って勇気を出せるのか。それだけ彼女にとって先生が大きい存在ということなのだろうか。……駄目だ、こんな子供っぽくて卑しい感情は抑えないと。
「ユズ! あなたは部長としてゲーム開発を主導する立場でしょう! なのにも関わらずこの体たらくは、あなたにも責任があると言わざるを得ませんよ!」
「う、うぅ……これからは先生が居ても頑張るから……」
「却下です! どうせ先生が来たら色ボケしまくって禄に進まないでしょう!」
「い、色……!? わ、わわ、わたしは、そんなんじゃ……!?」
ユズもミドリも……モモイも、アリスでさえも、先生に絆されてしまった。あんな大人一人にこんな惨状になるなんて、なんて嘆かわしいのだろう。何が何でも正さないといけない。
だって本当は私だって、あなたたちみたいに……。
「まあまあ、ケイ、取り敢えず落ち着こう?」
とうとう先生が仲介に入ってきた。出た、その博愛主義の権化みたいな笑顔。誰に甘えられても拒絶せずに、優しく受けとめてしまう表情。子供っぽいところを見せたとしても受け容れて、いつまでも見守ってくれる微笑み。今はそれに、一番腹が立つ。
「先生も先生です! 生徒の健全な成長を見守るのがあなたの役目でしょう!? 本来の目的を見失っているこの状況は不健全でしかないです!」
「うん、ケイの言うことは間違ってないと思うよ。だけど私は皆が幸せになれるようにしたいんだ」
「甘やかした先の幸せはいつか崩壊します!」
「そうだね。だから、皆もああ言ってることだし、やっぱり私が居ても開発を進める方法を考えるべきなんじゃないかな? その方が皆で一緒に幸せになれる」
「そんなこと言って私たちと会う回数を減らしたくないだけでしょう!」
「まあ、それもあるね!」
「はっ、とうとう本性を表しましたね! これが駄目な大人の姿ですよ!」
「うーん、だってケイちゃんみたいな可愛い子たちに会える機会なんて誰だって減らしたくないでしょ」
「は……はぁっ!? 何言ってるんですか!?」
先生は本当に、私の神経を逆撫でするのが得意みたいだ。そして気軽に可愛いなんて言ってきて……そうやって今まで色々な女の子を誑かしてきたんだろう、本当に許せない。なのに不本意にも顔が熱くなり、口は回らなくなってしまう。
「顔が赤いね、喜んでもらえたみたいで嬉しいよ!」
「うがーーーー!!!」
本当に何なのだろうかこの大人は。普段は色々だらしなくて、本当に手のかかる……だから、そばでずっと見守りたくなってしまう。なのに私を揶揄うことに関しては余念がない。今も反応を楽しむためにおちょくっているのだろう。私は真剣に話しているというのに。
「ふぅーっ……ふぅーっ……」
最後には意味をなさない咆哮をあげてしまったが、それが逆に功を奏して少しは落ち着いてきた。しかし大声を上げすぎて流石に疲れたので、数秒使って息を整える。
「ケイ……アリスも……」
最後に残ったのはアリスだったが、やはり例に漏れず不満そうだった。しかしそんな顔をしないで欲しい。欲しいものを買ってもらえない子供みたいな目で見つめられると、私の決意が揺らいでしまう。
「アリス……あなたもですよ。先生に甘えたい気持ち、皆と一緒にゲームがしたい気持ちは理解しますが、私たちはゲーム開発部なんです。本来やるべきことを疎かにしてはいけません」
「なんか私たちと違ってアリスにだけ甘くない?」
当然だろう。堕落しきったモモイたちとは違ってアリスは純粋なのだから、まだ戻れる余地はある。
「うぅ……でも、アリスは先生と一緒に居たいです……ケイ、何とかなりませんか……?」
「うぐっ……ア、アリス……」
いや、ここで折れちゃ駄目だ。私がしっかりしないと、アリスたちは悪い大人に本当に駄目にされてしまう。強靭な精神力で踏ん張らなければ。
「なら、こういうのはどうかな? ケイが私たち一人づつとゲームで対決して、ケイが最後まで勝てたら、私は来る頻度を減らす」
先生が指を立てて提案する。それを聞いて四人の目に希望が宿った。いや、膝上のミドリはこの流れをほぼ聞いていないため正確には三人だが。
「なるほど、ゲーム開発部らしくゲームで白黒つけようってことだね! かかってきてよケイ!」
「ちょ、それ私不利過ぎません!?」
「だから、ケイには一人づつどんなゲームで対決するかっていう選択権をあげる。ユズ相手にはハンデを付けてもいいよ。ユズも大丈夫だよね?」
「は、はい。余程のものじゃなければ、問題ないです……」
「じゃあこれで、ケイはどう?」
正直受けるメリットは薄い。ゲームはそこそこ自信がある——いや別に好きとかではないが、ハマってるとかではないが——けども、私の要求である先生の追い出しのためには五連勝しないといけない。その中にはハンデがあるとはいえユズも居る。大分不利な戦いになるだろう。ユウカにでもチクって強権を振るわせたほうがマシだ。
しかし今の私には正常な判断ができそうにはなかった。それに胸中に渦巻く感情のごった煮を発散させるためには、ゲームという媒体は都合が良い。
この怒りも痛みも、全部先生のせいだ。何とか突破して直接叩き込んでやる。
「あーもう、分かりましたよ! 約束してくださいね、私が勝ったら先生は暫く部室出禁です!」
こうして今、ゲーム開発部を先生という魔の手から解放するための戦いが始まった。
私は部室の中で一番大きいモニターの前に正座した。周りにはゲーム機の筐体やコントローラーが散乱し、コードはスパゲッティのように絡み合っている。他にも雑誌や攻略本が開いたまま放置されていたりと、足の踏み場を探すだけでも一苦労だった。三日前に私と先生で頑張って綺麗にしたはずなのに、どうしてこうも散らかってしまうのだろうか。毎日空き巣が入ってくる盗難の聖地と言われた方がまだ納得できる。全員が全員だらしないことが原因だとは思うが、主犯は間違いなく今隣で胡座をかいているモモイだろう。
「最初は私が相手になるよ、勇者ケイ! 私は魔王軍四天王が一人モモイ!」
「ああ、これそういう設定なんですね……」
「盛り上がるでしょ?」
「いや、別にそんな事は……まあ、ほんの少しは…………何ニヤニヤしてるんですか!? さっさと始めますよモモイ!」
初戦はモモイだ。対戦ゲームは正直どれでも良かったので、起動しっぱなしの『スマシス』にする。キャラ選択画面に移ると、モモイは迷いなく巨大な亀の重量級キャラを選んだ。パワーで押し通る、雑なモモイにピッタリのキャラだろう。想定通りなので私はその真反対、空中戦に特化した、ふわふわして丸い超軽量キャラを選ぶ。モモイには間違いなくこれが刺さるだろう、個人的に好きなキャラでもあるが。
「ケイってそんな可愛いキャラ選ぶんだ……」
「……何がいけないんですか」
「いえ、ケイは何も悪くありません! 普段ツンツンしている人が見せる可愛いもの好きな一面はギャップがあって萌え属性です! 先生も好きですよね?」
「ア、アリス!?」
「そうだね、萌えまくってるよ。すごく可愛い!」
「適当なこと言わないでください!」
「本当なのに」
知っている。先生が私たちにくれる言葉に、少なくとも褒めるような時は、嘘偽りなんて無い。だからたちが悪い。
「ギャップ萌え……私もやれば、先生に可愛いって言ってもらえるかな……」
「ミ、ミドリはそんな事しなくても十分可愛いと思うし、今でも全然言われてると思うよ……?」
ギャラリーがガヤガヤとうるさいが、とにかく勝負を始める。高速化の為に残機は一つ、ステージはオーソドックスに完全に平坦な場所。やたら物々しいスリーカウントの後、GOという文字が稲妻と共に大きく表示され、勝負が始まった。
「ケイには悪いけど、出鼻をくじかせてもらうよ! 圧倒的なパワーでねじ伏せてあげる!」
モモイはゲーム下手なイメージがあるが、ゲームスキル自体が極端に低い訳ではない。実際ミドリとの総合的な戦績では負け越してはいるものの、パズルゲームなどでは意外と勝ってもいる。では何がイメージを形作っているかと言うと、単純な性格から来る対応力の無さだ。
モモイの直線的な突進をふわりと浮かんで躱してやれば、私が押すボタンに従ってキャラクターが蹴りで反撃する。
「痛っ、けどこっちは重いからそんなのほぼノーダメだけどね! ……あ、あれ?」
対戦アクションゲームにおいて発生する予想外な状況、つまり自分の思い通りに行かなくなった時に、モモイはとても焦りやすい。少し冷静に対処してやれば簡単に主導権を握ることができる。
画面内では、亀が桃色の球に翻弄され始めていた。モモイはスティックをガチャガチャし回避動作で何とか逃れようとするも、単純で容易に予想がつく動きは実に捉えやすい。自在にふわふわ飛び回り、亀の身体を浮かせては空中でどんどん端へと追いやっていく。
「えっ、あっ、待って」
私たちのキャラのこの圧倒的体格差、パワー差を前にすれば、モモイは侮るだろう。それを見越しての選択だった。
小さいもので大きな図体をボコボコにするのは爽快この上ない。いくら掃除してもすぐに散らかすことに対する日頃の鬱憤も込めて、容赦なく蹴り続ける。場外へと運んでいき、最後には後ろ回し蹴りが直撃して亀は画面外へ。ゲームセット。
「瞬殺ー!? 私もう負け!? 攻撃を一回すら当てられずに!?」
「ふん、あなたは攻撃されても冷静に対処できるようになってから出直してください。あと部屋を片付けるということをいい加減覚えてください」
一戦目は難なく勝利。相性の問題もあっただろうが、まあ順当だろう。ここで負けてるようじゃ本当にやってられない。
モモイは項垂れながら退場していき、次に私の隣に座ったのはアリスだ。自信ありげな表情で、大げさに語りだす。
「とうとうここまで来ましたか、勇者よ!」
「一人倒しただけなんですけど」
「モモイは四天王の中でも最弱です。次はこの魔王軍幹部勇者であるアリスが相手になります!」
「私当然のようにディスられた!?」
「まあ……お姉ちゃんはね、うん」
実際取るに足らなかったし、少なくとも『スマシス』に限ってはゲーム開発部の中で一番弱いのは間違いなくモモイだろう。周囲に味方がいないことに気付いたモモイは先生の元へと走っていく。
「うわ〜ん! 先生慰めて〜!」
「おー、よしよし。ゲームなんて楽しければいいんだから。モモイもそう言ってたよね?」
……モモイには感謝している、認めるのは癪だが。皆があの時アリスを助けに来てくれなければ、アリスも、私もここに居なかった。その中心に居たのはモモイだった。誰よりも周りを引っ張っていけるのが彼女の良さなのだ。
ただ目の前で先生とイチャイチャするのを見せつけてくるのは止めて欲しい。慰めてもらうにしても、膝の上でしてもらう必要はないだろう。これで察しさえ良ければ私の気持ちも……いや、責任転嫁するのはやめよう。自覚はしている、私が面倒くさい性格をしているってことは。このまま見ていてもより自分を抑えられなくなりそうだ。
とにかく今はアリスとの対決だ。『スマシス』を終了し、物だらけの床を漁って目当てのゲームのパッケージを探す。数十秒かかって漸く見つけ、少し力を入れてパカリと開く。中身は全く別のゲームだった。
「何ですかこれは! ゲームのカセットはちゃんとそのゲームのパッケージに入れなさいとあれほど言ったじゃないですか!」
「あ、ご、ごめんなさいケイ……それは多分アリスがやりました……」
「……はあ、アリスだけが謝る必要はありません。悪くないとは言いませんが、影響を与えた方々も悪いので」
「やっぱりアリスにだけ甘くない?」
「えっと、『テトニス』ですよね? それなら……はい、ありました!」
アリスからカセットを受け取り、ゲーム機の中を入れ替え、溜息を吐きながらきっちりパッケージに合うように入れ直す。
『テトニス』はブロックを並べていく落ち物パズルゲームだ。私もゲーセンではそこそこやっている方だし、第一線のプレイヤーには遠く及ばないにしろ得意な部類に入ると思う。そもそもアリスのメインジャンルはRPGであり、パズルゲームはそこまでやり込んでいるわけではない。その点で私が得意を押し付けられる形式になる。だからといってアリスが下手というわけではないので、きっちり勝ちに行くが。
ゲームを起動し対戦モードを選ぶ。ルールは同じく一本勝負。細かいドットに区分された画面が二つ表示され、準備は整った。
スリーカウントの間、この後落ちてくるブロックの順番を確認し、最初に作るべき形をイメージしておく。試合が始まるとその直後から間髪を入れずに、ブロックを瞬時に落下させていく。底に衝突する乾いた小気味いい音が何度も奏でられた。
隣の画面を見ると、驚いたことにアリスも同じ形を目指していることがすぐ分かった。
「おお、ケイもその組み方なんですね。奇しくも同じ構え、ってやつです!」
私とアリスは共に、開幕のテンプレートとしてよく使われる形を組んでいる。完成すれば高火力の一撃、そしてより高火力な二撃目を放つことができる型だ。
しかし積む速度は私のほうが速い。アリスより数瞬早く完成させ、お邪魔ラインを送り込む。しかしもちろんアリスも完成させ、同じ量のラインが私にも送り込まれ、完全に相殺された。私たちの画面は攻撃を放った後の型の残骸だけが残り、表面的には戦況がイーブンだった。
「むむ、ケイのほうが少し速いけど、今のところは拮抗って感じかな?」
「い、いや……ケイちゃんの画面をよく見てみて……」
ただ、アリスはそこから素直に積んでいく戦法に切り替えたのに対し、私は再び型を組んでいく。順番が良かったので、問題なく最初から狙っていた形にできるのは幸いだ。これは先程のテンプレートから派生し、さらに高火力を連続して放つことができる型である。攻撃によってお邪魔ラインを受けとめつつも冷静に組んでいき、相手の画面に再び大量のラインを送り込んだ。アリスの画面が一気に迫り上がる。
「う、うわぁ!? いつの間にかとても負けそうになっています!」
私だって伊達にそこそこやり込んでいない。最後まで気を抜かずに、列を同時消しで攻撃していく。暫くアリスは粘っていたものの、攻撃速度は私の方が速いため戦況はどんどん私に傾いていく。最終的には相手の画面でブロックが天井を越え決着がつく。知識量、そして速度の差に裏付けされた勝利だった。
「負けてしまいました……」
「よし、今のところは順調ですね」
「真の勇者ケイよ……お主ならきっと、あの魔王に刃を届かせることが出来るだろう」
「あっ、はい、ありがとうございます……?」
アリスはどういう設定なのだろうか。魔王軍幹部勇者とか言っていたが。
「魔王軍幹部勇者は、元は魔王を倒そうとしていたのに洗脳されて幹部になってしまった勇者です! ですが真の勇者によって少しだけ善の心が戻りました!」
「私いつの間にそんな邪悪なことを……」
「ふふっ……」
くすりと笑ってしまった。なるほど、ピッタリの設定だ。ならば少し乗ってあげよう。胸を張って堂々と立ち、勇者になりきって話してみる。手に勇者の剣を持っているとイメージして、先生——いや、魔王に突き付けた
「真の勇者の到着を首を洗って待っていてくださいね、魔王よ。勇者アリスを闇落ちさせた落とし前は、きっちり付けさせてもらいます……!」
「……」
「……」
「……」
「……」
「……?」
部屋はしんと静まり返った。誰も何も言わない。だんだんと、羞恥に顔が染まっていくのを感じる。
「誰か何か言ってくださいよ!!!」
もう金輪際こういった事をするのは止めにしよう。
「ケ、ケイちゃん、大丈夫?」
「……今慰めるくらいなら、あの時反応してください、ミドリ」
「ごめん、だって乗るとは思ってなかったから驚いちゃって……あとどんな風に反応すればいいのかわからなくて」
どうしてあんな事をしてしまったのだろう。そもそもミレニアムではアリスの双子という設定で過ごしているせいで、周りからクエストと称したお使いを頼まれることもある。そのせいで、勇者になりきるのも意外と悪くないと思ってしまっていた。皆には悪いがこれから全部断ろう。
アリスですら何も言ってくれなかったのは辛かった。いや、あの子のことだから空気感に困惑していただけかもしれないが。そう考えると一番悪いのは直接言われたのに何も返さなかった先生だ。何が何でもあの魔王をこの一連の戦いに勝って叩き潰してやる。
「もう忘れたいので、さっさと勝負しましょう」
「うん。言っておくけど、先生とのイチャイチャタイムは奪わせないから……!」
ミドリはこの戦いにかける情熱の量が違う。実力的にはアリスと同じくらいだが、執念も相まって楽に勝てる相手ではないだろう。パズルゲームを好んでやっているということもあり、『テトニス』でも勝率は五分五分だ。しかし勝ちに行くなら、これだというゲームが一つある。パッケージを探し出し、中にあるべきカセットがちゃんと入っていることに安堵した。
「うっ……『ボンバーウーマン』……」
「おお、懐かしい。前にミドリとめちゃくちゃやったよね」
「あ、あの時はちょっとムキになっちゃって……あんなに付き合わせてしまってごめんなさい……」
「まあまあ、なんだかんだ楽しかったし!」
いつしか先生とプレイした時には全く勝てず、勝つまで帰らせないと言って一晩中やっていたことがあるらしい。……いや、一晩中? 先生とミドリが二人きりで? 後でちょっと問い詰める必要があるかもしれない。
それより、アリスの話では四人でやっても勝ってるところは殆ど見たことないそうだ。つまりこれはミドリが最も苦手とするゲームである。
例によってカセットを入れ替えて起動する。対戦モードを選び、対戦人数は二人、一本勝負。ステージもギミックが存在しない最も基本のを選び、完全にフラットな真剣勝負だ。
キャラを選択し、これまた例によってGOの合図でゲームが始まる。序盤はブロックでフィールドが埋まっているため、それを爆弾で破壊しつつ強化アイテムを集めていく。
「うわっ、危なかったぁ……」
ミドリのプレイは前評判通り、とても上手とは言えなかった。今だって私が全く関与していないにも関わらず自分の置いた爆弾で自爆しかけた。
ブロックが破壊されていき、とうとう私たちが居る空間が繋がって本格的な戦いが始まる。流れは私が優勢だった。ミドリは中々攻めることが出来ず、私は積極的に爆弾を置いて左下まで追い詰めていく。遂にミドリが画面の角に到達すると、そこから登り、私が居る列に自らの進行方向を塞ぐように爆弾を置く。あまり考えずに置いてしまったのだろうが、しかしそれは悪手だ。
「……はっ、しまった!」
私は下に降り、ミドリの唯一の逃げ道を爆弾で塞ぐ。つまり今動ける空間はL字を反転させたような空間しかない。そして爆弾の爆風から逃れられる場所はなく、彼女は爆弾を動かせるようなアイテムも所持していない。詰みだ。
「……いや、まだ終わってないよ……!」
「え、嘘でしょう!?」
詰みなはずだった。しかしミドリは抜け出した。二つの爆弾が爆発する時間差を読み切り、上へと抜けてみせたのだ。置かれた時間の差があったとは言え爆風にも持続時間はある。恐らく猶予は殆どなかっただろう。スーパープレイと言わざるを得ない。
「うぉー! ミドリやるじゃん! やっちゃえー!」
「今の……多分、数フレーム遅れてたら巻き込まれてた……」
「ミドリ凄いです! ボンバーウーマン弱者の汚名をそそげるかもしれません!」
動揺してしまったが、しかし落ち着かなければ。結局ミドリは危機を脱しただけで、冷静に行けば勝てる。
「頑張れ、ミドリ。応援してるよ!」
「はい先生、見ていてください!」
ぐ、先生の応援を受けてバフが入っている。これはほぼドーピングだろう。というか、あっちは応援するのに私には応援してくれないのか。いや、今回のルール上先生はあっち側のチームなのだから当然だが、それはつまり私だけが仲間外れってことで……。
「……」
また黒い感情が湧き上がってきて、それは段々と先生への怒りへと変わっていく。あの人だって私の気持ちに気付いているはずなのに。いやそれも何だかムカつくな。とにかく絶対に魔王のところまで辿り着かないといけない。そしてボコボコにしてこの鬱憤を何とか晴らさなければ。そうやって今日何回目かの決意を固めコントローラーを握り直し、ミドリとの戦いに専念する。
そこからは長かった。ミドリの動きが格段に良くなったこともあり、互いに爆弾を置いては回避し、投げては回避し、イタチごっこそのものだった。アイテムもより集まったことで、先程のような状況でも爆弾をパンチして回避されてしまう。しかし急展開は突然訪れる。
「なっ!?」
「うわっ!?」
私たちはほぼ同時に爆弾をパンチして吹き飛ばし、それは互いの頭上に直撃した。つまり、私たちは列に並んだ状態で行動不能になったことになる。それぞれが投げた爆弾がそれぞれの後ろにあり、それらは既にカウントが大きく進んでおり、私たちが再び動けるようになる前に爆発するのは確実だった。つまり、先に爆発した爆弾に近かった方が負ける。
爆発のカウントが迫る。その永い数瞬の後、ボンという音が響いた。
残っていたのは、私だった。
「よしっ……!」
「……うわぁ……ぐぅぅ……負けた……」
辛勝も辛勝だったが、何とか勝つことが出来た。まさかのダークホースだったがこれは大きい。すると、後ろから自然と拍手が聞こえてきた。確かに過程から決着まで、中々の名勝負は演じられたかもしれない。
「ミドリ、頑張ったね。凄かったよ」
「あ、えへっ……えへへ……」
先生の褒め言葉にデレデレするミドリ。はあ、結局褒めるのはミドリだけか。本当に、もう……。
「ケイちゃんもお疲れ様。見てて凄く楽しかったよ!」
その言葉を聞いて、ビクンと身体が跳ねた。
「……ケイちゃんって呼ばないでください…………ありがとう、ございます……」
先生の顔は、見れなかった。
三人を下し、魔王との戦いまであと一歩という所まで来た。正直先生には負ける気がしないため、ここが正念場となる。ここさえ勝てれば、先生をゲーム開発部から暫く追放できる。皆がゲーム開発に集中できるようになり、私ももうあんな気持ちにならずに済む。さて、その相手は……。
「ご、ごめんね、ケイちゃん……その、要求に正当性は物凄くあると思うけど……ちょっと、これは譲れなくて……」
最強が出てきてしまった。ついこの勝負を受けてしまったが、当然鬼門となるのがユズだ。百戦錬磨のUZQueen相手にどうやって勝てば良いのか。
「ふっふっふ、ここまで来られたことは認めよう。だけどいくらケイでもユズ相手は厳しいんじゃないかな〜?」
「ユズちゃん、お願い……先生との合法イチャイチャタイムを守って!」
「ケイを応援したいのはもちろんですが、今のアリスは魔王軍幹部勇者です! 善の心を少し取り戻したとはいえ洗脳はまだ解けていないので、四天王最強のユズ側に付きます!」
しかし対策はきちんと考えてある。今回の対戦ゲームは……ユズ相手に勝算を作るなら、これしかない。
「『太古の鉄人』でやりましょう」
家庭用音ゲーの最大手と言っても過言ではないこのゲーム。これでスコア勝負をする。何故選んだのかと言うと、まず音ゲーならばスコアは青天井ではない。いくら実力差があっても、弱い方がノーミスな限り点数の差は開かない。つまりこっちのプレイスキルさえあればいくらでも食らいつくことができる。どこのゲーセンでも間違いなくあるゲームなので、私もかなりやっている方だ。
しかしそもそもユズに純粋なゲームの腕前で勝つことは不可能、なのでハンデが重要になってくる。その点、このゲームはオプションが充実しており、ハンデの選択肢が多いのだ。それはつまり組み合わせれば組み合わせるほど、よりプレイが困難となっていくということである。
「当然ハンデは付けさせていただきます。『倍速』『ランダム化』『透明化』でどうでしょうか」
「倍速」は文字通り譜面が流れる速度を倍速にするオプション、「ランダム化」は二種類あるノーツがランダムになるというもの、そして「透明化」はノーツが透明になり見えなくなるというものだ。それでは不可能なのではと思うかもしれないが、このゲームにおいてはノーツの下に文字が書いてあり、それは透明にならないため判別することは一応可能である。しかし倍速がかかっていることもあり困難を極めるだろう。
「いや、それは流石にユズでも……うーん、意外といけそう……」
正気の沙汰ではないハンデだ。しかし、これらから一つでも無くした場合に勝てるビジョンが全く見えない。それほどUZQueenは恐ろしいのだ。それは周りから本気で止めようとする声が一つも上がっていないことからもわかるだろう。
「う、うん、それで大丈夫。じゃあ、始めよっか」
そしてこのハンデを突きつけられても、ユズは動揺する様子が一切ない。普段はオドオドしているのに、ゲームを前にするとどんな事があっても泰然自若としている。それに底知れない恐ろしさすら感じた。
もう慣れたもので、一連の動きを行って『太古の鉄人』を起動し、二人用モードを選んで曲選択画面に移る。ここがかなり重要だ。簡単な曲を選んでしまうとユズにパーフェクトされてしまい、連打は確実にユズのほうが早いため勝てない。そこで私の最も得意とする曲を選ぶ。最高難易度という程ではないが、そこそこ高難易度の曲だ。これなら私もパーフェクトではないにしろ高得点が狙え、ユズのミスも十分期待できる。当然コースは一番難しいのを選ぶ。
幕が下りると、和風のフォントで曲名が表示される。そして上下に二人分のレーンが表示され、曲が流れ出す。運命の戦いが、今始まった。
私のプレイは順調だった。密度の高いノーツに追いつき、リズムが難しい箇所も問題なく繋いでいる。今のところは全てパーフェクトで演奏し、ベストスコアルートに乗っている。これなら十分勝てる、はずだった。
「……すごっ、本当に何でできるの?」
「何か色々通り越して怖くなってくるかも」
「流石四天王最強です!」
ユズは、ミスをしなかった。高速で飛んでくる小さな文字を見切り、正確無比に叩いていく。どんなに速度が早くても、どんなに密度が増えても関係なかった。ユズの前では全ノーツがゆっくりになっているかのように、判定枠のど真ん中で消えていく。
下にあるユズのレーンが、どことなくオーラを放っているように見えた。その圧力に私は震え、ミスが生まれていく。魔王は、ここに居た。
「くっ……」
曲が後半に入ってもユズは一切ミスをしていない。対して私は既に何個かミスをし、スコアを落としている。まずい。非常にまずい。この条件ですらノーミスなのは想定外だ。ここまでガチガチにハンデを付けてなお、まだUZQueenを見くびっていたというのか。
……仕方がない。かくなる上は、このカードを切るしか無いか。隣をちらりと見ると、ユズは背中をピンと伸ばし、体は微動だにせず、指だけが素早く無駄のない動きでボタンを叩いている。その姿勢はどこか美しく、見とれそうになってしまったが、音ゲーなので画面にすぐに戻る。ユズはゲームの圧倒的実力に加え、集中している時は殆ど動じないという点が強みだ。だが、付け入る隙はある。
「……ユズ、あなた先生にフリーパスなんてもの渡してるらしいじゃないですか」
「……へっ!? な、な、なんで知って……!?」
これを聞いた瞬間、ユズの体が大きく動いたのが分かった。リズムがズレてミスを出し始める。少しだけ罪悪感があった。しかし何が何でも勝たないと、諸悪の根源である魔王を除くことは出来ない。
フリーパスに関しては、この前先生と一緒にシャーレの掃除をしている時に見つけた。これを暴露するのは気が引けたが、手段を選んでいられない。あと普通に色々言いたいこともある。
「それで、先生がいかがわしい要求でもしてきたらどうするつもりだったんですか?」
「しないよ!?」
「そ、そ、それは……先生はそんな事しない人だって……」
まあ、流石にそれはそうだろう。もしそんな人だったらこんなに大量の生徒に慕われていない。それどころかキヴォトスを追放されていたかもしれない。しかしこれは可能性の話だ。言うことを聞かせる権利を与えるにあたって、そのような可能性を想定していないはずがない。つまり変なお願いをされる可能性を考え、その上で先生にフリーパスを渡したということだ。
ユズにとって「そういうこと」は、恐らくまだ遠い世界の話。ここをもっと突けば著しく動揺させることができるだろう。
「どうですかね。それに、もし頼み込まれたら断る自信はありますか? ……気の弱いあなたのことですから、折れてしまうのではないですか?」
「だからしないよ!?」
「そ、そんなことは……ちゃんと……ちゃん、と……あ、あぅ、ぁぅぅ……」
ほら見ろ、もし先生が変な要求をしてもユズは断れない。そもそもあの熱の上げ具合からして、本当はまんざらでもないのだろう。不健全なことこの上ない。そもそも何でも言うことを聞く権利、しかも無期限で回数制限無しなんて軽々しく渡すものじゃない。正直これを発見した時は目を疑った。あのユズがこんな事をするなんて、どこまで先生に堕ちてしまっているのだ。待っていて欲しい、私があの魔王を必ず打ち倒す。そのために今は負けてくれ。
色々想像してしまっているのか、ユズの顔は真っ赤になって、湯気すら上がりそうなほどだ。プレイは不安定どころか壊滅的になっている。
しかしそれも数秒のことで、段々とふらついていた音が安定していく。欲を言えばもう少しミスしていてほしかったが、十分だ。これの貯金を使って何とか勝たないといけない。
本気で集中して、絶対にこれ以上ミスを出さないように集中する。連打も何とか全力で叩いて、差を詰められるのを最小限に留める。そこから私たちは二人ともノーミスで、最後まで演奏しきって曲は終了。
結果が発表される。光が当たったのは私側だった。互いに百万点を超えてる中の、わずか百点差だった。
「やっ……やった!」
「うぅ……」
そもそもユズの腕だと、多少の妨害では数個のミスを誘うので精一杯だっただろう。だからクリティカルヒットするのを選ぶ必要があった。そこでうってつけなのは先生に関する話題だ。先生関連で最大の弱みと言えるフリーパスを発見できていたのは運が良かった。それを材料に色々不健全なことを想像させてマトモなプレイを一時的に出来ないようにし、やっとギリギリ勝つことが出来た。……流石に申し訳ないのでちゃんと謝ろう。
「ちょっと、この勝ち方は流石にダーティーじゃない!?」
「ケイがダークサイドに手を出してしまいました……勇者の闇落ちフラグです……」
「フェアな勝負とは、ちょっと言い難いね……それとユズちゃん、フリーパスとやらについて色々聞かせてほしいんだけど」
「……勝ちは勝ちです。ですが……申し訳ありません、ユズ。妨害行為をしてしまったのと、勝手に秘密をバラしてしまって」
「う、ううん、大丈夫だよ……その、私の自爆みたいなところはあるし……あれも、知られてそこまで困るようなものではないから……」
ユズの優しさに安堵する。自分がしておいて何だが、流石にこのゲームで禍根は残したくなかった。
「じゃあ、代わりにケイちゃんの可愛いところも暴露しようか!」
「は!? 待ってください、何でそんな話に!?」
「この前シャーレの当番に来てくれた時に、私の目が霞んじゃったんだよね。その時ケイちゃんが優しく『私は消えたり……』」
「わーわーわー!! もう黙っててください!! ほらさっさと最後のゲームに行きますよ!」
あの時は先生が凄く疲れてそうだったから、寛大に優しくしてあげようと思っただけだ。うっ、周りからの生暖かい視線が刺さる。覚えてろ。この辱めも必ずや先生を、いや魔王をボコボコにして晴らす。
さあ、次が魔王との最後の戦いだ。これに勝って、必ずやアリスたちを解放してみせる。
「とうとうここまで来たね、勇者ケイ」
本当にそうだ。モモイとアリスはまだしも、ミドリ、ユズとは大分綱渡りの戦いだった。しかし、この魔王は本人の戦闘能力が高いわけではなく、巧みな人心掌握によって人を操るタイプの魔王だ。だから四天王最強のユズを突破した時点で、もう勝負がついていると言っても過言ではないだろう。
ゲームは引き続き『太古の鉄人』で、曲目も同じ。先程言った通り、音ゲーは実力者同士なら差は付きづらいが、実力者とそうでない者では大きな差が付く。先生もゲームを結構やっているとはいえ、音ゲーをやり込んではいないのは今まで過ごしてきて分かっている。負ける道理はない。
「ねえ、分かってる通り、私がケイに勝つのはかなり厳しい。でもだからこそ、勝ったときに何か報酬があってもいいんじゃないかな?」
「魔王のくせに勇者側に報酬を要求するんですね」
「すっかりケイもノリノリになったね」
「……はっ!? い、今のは違います!」
「それに、前はゲーム好きとかじゃないって言ってたけど、今までの見た感じ大分……」
「うるさいです! さっさとその欲しい報酬を言ってください!」
平常心平常心……先生は勝ち目が無いから、せめて舌戦では勝とうとしてるだけ……。
「えっと、もし私が勝ったらケイに一個だけ私のお願いを、何でも聞いて欲しい」
……何が目的なのだろうか。今回は私とユズの戦いと違ってハンデも付けられない。だからそういった条件を付けても無意味だ、絶対に私が勝つのだから。プレッシャーをかけようとでもしてるのだろうか。確かに、ここで万が一負けた場合には先生を追放することは出来ず、ゲーム開発部の堕落を眺めることしかできなくなる。ならばお返ししてやろうと、少し意地悪を思いついた。
「何でも、ですか……それなら、逆に私が勝ったら先生が私のお願いを聞いて下さい、何でもです。これが呑めないならその条件は無しです」
「うん、いいよ」
「いいんですか!?」
そんな即答で返されるとは思ってなかった。いや、この人なら逆に何を命令されることに喜びそうだな……それはそれで癪だ。
「やって欲しいことがあったら何でもするし、聞きたいことがあるなら何でも答えるよ! お風呂で最初に洗う場所とか!」
「誰が知りたいんですか!」
いや、一人だけ居そうだな。振り返ってソファーを見ると、ミドリだけが目を輝かせていた。本当に、そんな事を知ってどうするのか…………先生の、風呂…………はっ、私は今何を想像してた!?
しかしこれはチャンスだ。先生に何でも言うことを聞かせられる権利は魅力的と言わざるを得ない。例えば今回みたいな事がまた起きた場合に、こんな勝負をせずに私の意見を通すことができる。それに……いや、いや、それは流石に恥ずかしすぎる。なら何か先生にやらせる恥ずかしいことことでも考えておくか。
とりあえず、何処から来たか分からない自信たっぷりの姿勢も少し腹が立つので乗ってあげよう。何か用意していたとしても、私との実力差をひっくり返されることはないはずだ。
「分かりましたよ。言っておきますけど、やっぱりやめるとかはナシですからね!」
「もちろん」
勝負へのモチベーションがさらに上がり、コントローラーを握る力により力が入る。曲と難易度を選択し、太鼓のキャラクターが、戦いが始まったことを告げる。
「圧倒的な格の違いを見せてあげますから、覚悟してください!」
「私だって、負けるつもりは毛頭ないよ」
演奏が始まり、レーンを大量のノーツが流れ出した。赤と青に分けられたそれらを、対応したボタンで正確に叩いていく。問題ない、先程のユズ戦と同じようにパーフェクトで繋いでいる。先生がユズ並みのオーラを出せるわけがないため、ベストスコアも普通に出せる流れだ。
しかし先生の画面では、私の予想していた光景は広がってなかった。
「む……意外と上手いですね」
「でしょ?」
思ったより上手だった。この難しい曲ではクリアすら出来ないかと思っていたが、普通にプレイは出来ている。
少々想定外だが、しかし些細なことだ。少し難しい配置が流れてくれば滑らかに繋ぐ私とは対称的に、先生は正確に叩けずに何個もミスをする。全体的な精度も私の方が大幅に良い。
中盤に入る頃にはスコアには大きく差が付いていた。依然、私の勝利は揺るがない。これからこの魔王に敗北という二文字を突きつけることを想像すると、いい気味だ。日頃溜め込んでいた溜飲が下がってくる。いつも揶揄ってきて、友達に構われていても助けてくれなくて。……アリスたちをあんなに甘やかすのに、私にはしてくれないのが悪いんだ。
「ケイ」
声が聞こえたので、隣に目をやる。体を傾けて難しい曲に奮闘はしている様だった。しかしその奮闘虚しく、私との差は開く一方である。きっと今声をかけてきたのも、手加減でもしてもらおうとかそういった情けないことなんだろう。残念だが、そこまで私は優しくない。
「何ですか先生、ふ、手加減してもらおうとしても遅いですよ。この勝負は私が勝ったも同然です。ほら、今からでも負け惜しみの言葉を考えたら……」
「大好きだよ」
その短い言葉を聞いた瞬間、私の体は完全にフリーズした。
「……え?」
こんな状況で聞くはずのない「大好き」という三文字を脳が処理できず停止し、私の体への指令が全て途絶したような感じだった。首は先生の顔の方へ固定され、指は宙で静止し、呼吸をすることすらも忘れてしまった。その隙に、大量のノーツが私のレーンを通り抜ける。先生は問題なくプレイしていた。
脳がようやく処理を終え、私は状況を正確に認識する。完全に、してやられた。
「ズ、ズルいですよこんなの!」
「ケイがさっきユズにしたことと同じだよ」
「だ、だ、だからって、そんな気軽にこんな状況で……!」
「えー、全然真剣だけどなー」
嘘だ。なら今している悪戯が成功した子供のような笑みをやめてくれ。うぐぐ、ユズ相手にほとんど同じような手を使ったからそこまで強く言えない。
何とか調子を取り戻そうとするが、まだ動揺が残っていてリズムが上手く取れない。いや、まだ大丈夫だ。これまでに差は大量に付けてある。一度はしてやられたが、同じ手が来てももう動じない。
「そうだ、私がケイちゃんのことどれだけ大好きなのか、理由も一緒に教えてあげる!」
「へっ?」
あ、まずい。
「ツンツンしてるところも可愛いし、意外と頻繁にデレてくれるところも可愛い! 私のことめっちゃ好きじゃん!」
「はぁっ!? や、やめ……」
「優しくて面倒見がいいところも好き! 当番の日はめっちゃ準備してくれるしいつもありがとう! おかげさまで仕事がもう捗るのなんの! あと、シャーレが散らかってるときはいつでも呼んでって言ってくれたよね! もう至れり尽くせりで、優しすぎるよケイちゃん!」
「うぁ、あっ、もう黙ってください!!」
羞恥と狼狽で、もうゲームはボロボロだった。リズムを取るどころではなく、曲の裏でただハーモニーもクソもない音を鳴らし続けることしかできなかった。
「でも意地はってる子供っぽいところも最高に可愛いよケイちゃん! 子供扱いすると怒るのはもちろん知ってるけど、私にとっては生徒だがら紛うことなき子供だよ! むしろじゃんじゃんそういう一面見せて欲しい!」
「あーあー! もう聞きません! もう聞きませんから!! だから本当に黙ってくださいっ!!!」
「それとね、好意の見せ方が素直じゃなくて、それも可愛い! 『ここだけの話ですけど……私は——先生のこと、嫌いじゃありませんから』はもう悶絶モノだった! あとその日の帰り道にそっと小指を握ってきたのも滅茶苦茶いじらしかった! 本当にケイちゃん大好き!」
「う゛あ゛ーーーー!!!」
最後には耐えきれず、コントローラーから手を離して顔を覆ってしまった。当然ノーツは阻まれることなく私のレーンを悠々とすり抜けていく。失敗した。あんな提案をしてきた時点で、勝つ策を用意していると気付くべきだった。
演奏はそのまま終了。結果は惨敗。あれほどあった差はすっかり埋められ、なんなら逆に大量の差を付けられてしまった。私は、クリアすら出来なかった。
「うひゃぁ……流石に聞いててこっちも恥ずかしくなっちゃったよ……」
「……いいなぁ……」
「ケイはとても愛されていますね!」
「……ケ、ケイちゃん……ご愁傷さま……」
「あぁぁ……うぁぁ……」
私は床にうずくまり、言葉にならないうめき声をあげる。もう本当にこの大人は、いつか絶対仕返ししてやる。そして私が受けた羞恥を倍にして返してやる。だが、今はそれどころじゃない。後ろで観戦していた皆の顔は見れなかったが、きっと憐れみの視線を向けられていることだろう。いや、ミドリとアリスは何か違うような気もするが。
「もういっそ死なせてください……でもその前に先生は殺させてください……」
「ごめんね。だけどこれもケイのためだったんだ」
「何ですかそれ……こんな姿を皆に見られて辱めを受けることのどこに、私の利が……」
先生が歩み寄ってきて、私の背中に手を置いた。
「ケイ、羨ましかったんだよね?」
「……な、何のことやら……そもそも、私が何を羨むというのですか」
「ゲーム開発部の皆だよ。正確には、私に甘える皆のことかな?」
ぎくりと、体に震えが走る。全部バレている。
「今日皆で私の膝をかけてゲームしてた時、ケイが結構辛そうな顔をしてたからさ。特に、私の上のユズやミドリを見ている時はね。だから、ケイも皆に混ざりたいんじゃないか、なんて思ったんだ。……きっと当たりかな?」
「〜〜〜〜っ!」
図星も図星だった。思わず立ち上がって、先生の前で腕を組む。
「だ、だから何ですか!? いえ違いますけど! そうだったとして先生は何が目的なんですか!?」
我ながら白々しい、この期に及んで言い逃れようとするなんて。でも認められない、私はそういう存在なのだから。意地っ張りで、子供っぽい、これが自分だ。
「前に言ったけど覚えてるかな。なりたい自分は、自分で決めて良いんだよ」
知っている。忘れるはずがない。私が目を覚ました時、最初に思い出した言葉なのだから。……なりたい自分、か。今の私には耳が痛い。だが、先生の言いたいことが何であるか掴めてきた気がする。
「だけどね、ケイが本当になりたい自分に、自分の力だけじゃなれないなら……私が手伝ってあげる。さっきのゲームの報酬、今使うね。私の膝の上でケイを甘やかさせて欲しい」
先生の意図を、今理解した。確かに私のためを思ってやってくれたのだ。自分を抑圧して素直になれない私の本当の気持ちを引きずり出して、私を「なりたい自分」にさせてあげようとしたんだ。
「おいで、ケイ」
そこは、今まで手が届かなかった場所だった。いくらそこに座りたいと望んでも、そんな子供っぽい面を出したくないというアンビバレントな感情に挟まれ、ただ羨望するしかなかった場所。
今思えば、なんて子供だったんだろう。素直に私にもして欲しいって言えばよかったのにそれができず、でも他の皆がされているのをただ見ていることには耐えられずに、先生の追放という手段を選択した。ゲーム開発の遅延だって、先生が容認するはずがない。あのままでもなんやかんや鶴の一声で進んだだろう。嫉妬に呑まれてしまい、それを言い訳にしてしまった。
暫く立ち竦んでいた後、ゆっくりと、一歩ずつ、先生の元へと向かう。心中の葛藤とは裏腹に、こんな美味しい餌をぶら下げられて、脳は釣られないという選択肢をだんだんと消していった。先程のゲームで得た報酬による命令、そんな名分も得て、距離は縮まっていく。
そうしてたどり着けば、先生は微笑しながら膝をぽんぽんと叩いた。私は背を向けて、スカートが広がらないよう抑えながら、体重をかけすぎてしまわないように、おもむろに腰を下ろす。
喉に詰まっていた息が、安堵となって空気に混じっていった。座り心地は正直良くない。だがそれを補って余りある、余りにも巨大な温かな感情。ああ、皆が堕ちてしまうのも納得だ。
「……あっ……」
優しく、私の頭に手が乗った。そうして、ゆっくりと、慈しみが宿った動きで頭上を往復していく。
「…………もっと、撫でてください」
そう言うと、手の動きは少し早くなった。髪は崩れない程度に。その手つきが、伝わってくる愛情が、私の羞恥心という防御機構を破壊し、体中を染め上げていく。
もう片方の手は、私の前に優しく回された。腕から伝わる温もりが、守られているという実感が、私の理性を溶かす。
「もっと強く、ぎゅってしてください…………」
密着感が強まる。先生の体の感触が、しっかりと伝わる。ああ……もっと、求めたくなってしまう。
「…………もっと、甘やかしてください…………」
今までの反動なのか、湧き上がる欲望に際限はなかった。今ならどんな私でも受け容れられるという安心感に身を任せ、体を完全に先生に委ねる。先生の手の感触を、先生の体温を、ただ堪能する。
どれほどこの時間が続いていたのかはわからない。時の感覚すら忘れてしまうほど、私は先生に耽溺していた。
だんだん、瞼が重くなり、目を開いているのが億劫になっていった。今日は一段と大声を出していたので、疲れていたのかもしれない。それにここは……背中から感じる温もりのおかげで、どうしても力が抜けてしまう。
狭まっていく視界の中で上を見ると、先生は私を見て微笑んだ後、皆の方に顔を向けた。
「じゃあ落ち着いたところで、皆、ゲーム開発は進めようか」
私の頭上から声がすると、不平の声も続いて聞こえてくる。
「えー!? 今そういう流れじゃなかったじゃん!」
「流石に先生として、全く進んでいないこの状況は容認できないかな。私のせいでもあるし。大丈夫、私も手伝うよ。それと……今日のノルマが出来たら、いっぱい甘やかしてあげるから」
「なるほど……これを終わらせれば、私もケイちゃんみたいに先生にあんなことやこんなことで甘やかしてもらえる……!」
「一応良識には従ってね……?」
「コーディング、進めないとなぁ……まず何から手を付けよう……シナリオは全然できてないし……」
「アリスは何をしたら良いですか?」
「うーん、モモイを手伝ってあげて。アイデアを出すのは大変だからね」
そうして皆が動き始めているのを聞いて、私も夢見心地から引き戻される。流石に一人だけこんないい思いをしているのは申し訳ないと、わずかに思考が働く。
「待ってください……では、私は何をすれば……」
「ケイはいつも頑張ってるもんね。ここで休んでていいよ」
「……それ、は……」
「皆もそれでいいよね?」
皆が、私に笑顔を向けてくれた。
「うん! 流石にケイに迷惑かけすぎてるかなーって自覚はあったし」
「ケイちゃんには部室の掃除だったりデバッグだったりで、いつも手伝ってもらったりしてるからね。……今の状況は羨ましすぎるけど」
「ケイ、勇者だって戦いの後には休息が必要ですよ! 宿屋『先生の膝』でしっかり休んでください!」
「い、いつもありがとう、ケイちゃん……。普段は私よりずっと部長らしいけど、今は……私たちに、任せて」
ああ、そんな事言われてしまったら、最後の理性も吹き飛んでしまう。
「皆大丈夫みたい。だから……勇者よ。魔王の腕の中で、ゆっくり休んでね」
こうして私、勇者ケイは、魔王である先生の手に落ち、安らかな眠りにつくことになった。別に死にはしないが。
次目覚めた時は、きっととんでもない羞恥に襲われるだろう。先生の顔は数日見れないかもしれない。それでも、この堕落の甘美な味を覚えてしまった私は……きっとこれから、何度も求めてしまうだろう。口でどれ程否定しても、心は求めてしまっている。そして大人の巧みな話術に誘われ、何度も術中に嵌ってしまうことになるだろう。結局の所、それが私の「なりたい自分」なのだから。
ああ、アリス、そしてゲーム開発部の皆、申し訳ありません。あなたたちを救うことは出来ませんでした。私も同じように、この魔王に堕とされてしまいました。私はもう、抜け出せないかもしれません。
……でも、これも悪くないですね。大好きなあなたたちと共に、大好きな人からの幸せを享受できるのですから。皆が皆幸せになれる、まさに夢のような世界です。
「……おやすみ、なさい……」
願わくば、この幸せな夢を、いつまでも見られますように。