ご指摘があったので、続編の一部をこちらに移します。続きを別作品で書いてるので、よければそちらも読んでみてください。
二◯一八年、一◯月三一日。
一九時頃。
渋谷。
闇。
一寸先も見えない。それどころか、眼球を飛び越してこちらの意識までをも圧迫しかねないほどの濃密な闇が一面に広がっていた。
“帳”
東急百貨店東急東横店を中心に、半径およそ四◯◯メートルの“帳”が降ろされる。
『“
その一声。
たったそれだけで、現代最強の術師と謳われる彼は行動不能となる。
『
そこに揺蕩う者が臆する様子はない。
ただ。
違和感による圧倒的な困惑と、懐かしい青い春の記憶が合わさったことで、その処理を全て終わらせるには一分以上は必要だった。実際の時間は数秒でも、一人の人間が過去に起きた出来事を振り返るには長すぎる。あまりにもその記憶は彼にとって大切な時間であり、それを一つ一つ思い出すのであれば、ざっと一年間の情報が脳内に溢れ出す。
『
『·········は?』
最強と謳われ、そんな彼の傍にいてくれた。
唯一無二の。
親友。
『すぐ──────』
その名を呼ぶ前に、鈍い音が炸裂した。
肉が引き裂かれる音。
その音が聞こえた時には、自分が今どうなってしまったのか分からなくなった。
『──────っ!!』
拘束された。
それは理解できたが、意識が混濁しまくっているせいで視界が揺れて、どう捕まえられているのか分からない。相手の術式を見抜き、自身の術式を制御する上でも必要不可欠な綺麗な色をしている彼の“六眼”が不透明になる。
判断能力まで混濁していて、今なら指が何本立っているかを聞かれても相手が何本を出しているか答える事ができなくなっているに違いない。いつもなら視力を低下させるための目隠しをしていても言い当てられるのに、それすら難しい状況になってしまった。
体が熱を感じない。
酷い風邪の時のように意識が体の内側にぎゅっと縮まって、力を入れようと踠いても中々言うことを聞いてくれず、何もかもが無力に感じられる。
詰み。
身動きが取れない今、このまま無防備な姿を晒し続ければ相手に難なく殺されるだろう。
だが。
“そいつ”にはそんなつもりはない。
懐かしい声を響かせる男は憐れに、そして嘲笑を向ける。
『
その声はとても遠く、どれだけ近くにあっても決して辿り着けない場所から聞こえる。
屍人の声。
あの世から送られるようなその声に、しかし彼は拭いきれない違和感を感じる。
その姿だけじゃない、肉体も呪力も情報が全てが一致し、“五条悟”ならば目の前にいるのが紛れもなく自分の親友であるのはわかるはずだ。
そんな彼だからこそ、違和感を感じたのだ。
混乱して朦朧とした意識が、少しずつピントを合わせていく。
『誰だよ·········お前?』
同時に、自分の眼が当たり前のように告げているこの状況への疑問も浮かぶ。
五条悟の眼は相手の術式を見抜ける。情報を自動で得られるのだ。
そんな眼が告げる真実を、五条悟は初めて否定する。
『“
その声は冷たい。
まさに屍人のようであった。
そんな風にふざけたことを抜かす男の顔面をぶん殴りにいきたかったが、体が強い力で押さえられる。
『肉体も呪力も、この“六眼”に映る情報はお前を“夏油傑”だと言っている────だが“俺”の魂がそれを否定してんだよ!! さっさと答えろ!! お前は誰だッ!?』
この相手には自分の眼は通用しない、得体の知れない別の何かが宿っている。いくら本物と同じ気配をしていても無駄だ。五条悟という最強の術師、そんな奴相手に他人の記憶をそのままなぞるだけの猿真似でどうにか誤魔化せるはずもない。
『·········
それを理解した上で夏油傑の姿をした“誰か”は、額にある髪の毛ほどの細さの紐を解く。
頭を繋ぎ合わせていた縫い目が解かれ、男は頭を外しながら心底気色悪そうに五条悟を細目で睨む。
『
『ッ!!』
冷徹な声を聞いて、五条は自分の唇を自身の意思で噛んだ。
夏油傑の体を借りた誰かは、まるで映画の中でしか見ないような、一部地域の貴族達に馳走や薬膳としてもてなされた高級食材の猿の脳みそのように頭を取り外したら、そこから人間のものとは思えない脳みそを五条悟に見せつける。
シワがあることから人間の脳に近い見た目はしているが、その脳には『口』があり、見た目はどこか『呪霊』を彷彿とさせる。
相手は問答無用で最強の術師である五条悟を嘲笑い、残酷に告げる。
『そういう術式でね、脳を入れ替えれば肉体を転々とできるんだ。勿論、肉体に刻まれた術式も使えるよ。彼の呪霊操術とこの状況が欲しくてね。君さぁ、夏油傑の遺体の処理を家入硝子にさせなかったろ?』
そう言いつつ外した頭を再び繋ぎ止める夏油傑の体に入っている“誰か”。
五条悟の良心的な配慮が仇となり、それが今この状況を作り出した。
自業自得。
皮肉としか思えないこの展開に流石に笑うしかないのか、夏油傑の体に入った何者かはそんな愚かな五条を鼻で笑う。
『変な所で気を遣うね。おかげで楽にこの体が手に入った』
『·········』
『心配しなくても、封印はそのうち解くさ。一◯◯年·········いや、一◯◯◯年後かな。君強すぎるんだよ、私の目的に邪魔なの』
そのためにわざわざここまで大胆に動いたのか。
五条悟というたった一人の人間を行動不能にするために渋谷に大規模な帳を降ろし、一般人を何百人も閉じ込めて大虐殺まで行った。特級の呪霊だけでなく、五条悟という術師がいる以上、好き放題できずにストレスが溜まっていた呪詛師もおそらく手を組んでいることだろう。
以前、呪術高専を襲撃してきた時も呪詛師がいたことから、それは今日この日のための必要な犠牲だったのかもしれない。誰が捕まっても恨みっこなし、いずれ五条悟はこの世界から一時的とはいえいなくなるのだ。そのためならば、捕まろうと殺されようと構わなかった。
呪いの世界が来ることを確定させるために、呪詛師達と呪霊の間で利害を一致させ、お互いの利益となるように協力関係になれる縛りを作った。
結果、五条悟という最強の術師は呆気なく行動不能。
力が封じられて拘束から逃れられない以上、もはや為す術なし。
だが──────
『忘れたのか?』
『ん?』
『僕に殺される前、その体は“誰に”ボコられた?』
自分が何もできなくなったからといって、特に心配になるようなこともなかった。
自分以外にも、頼れる仲間達がいる。
だから五条も嘲笑し返すように、かつての親友の中に入っている奴に対して、一体誰がその体を叩きのめしたのかを再認識させるように言うと、
『“乙骨憂太”か·········私はあの子にそこまで魅力を感じないね。無条件の術式模倣、底なしの呪力。どちらも最愛の人の魂を抑留する縛りで成り立っていたに過ぎない。残念だけど、乙骨憂太は君になれないよ』
五条と同じ、特級術師に分類される“乙骨憂太”。
かつてその少年は、まだ呪術に対して知識が浅かったのにも拘わらず、実は呪術師として破格の才能を持っていたことによって事故で亡くなった“幼馴染”に呪いをかけ、特級呪霊として生まれ変わらせた。それによって彼女の魂は成仏することなく、彼に取り憑いたことでこの世にずっと留まっていたわけだが、同時に乙骨という少年に『底なしの呪力』と『無条件の術式模倣』を可能とさせた。
最終的に彼女は乙骨の手で成仏できたわけだが、しかし今でもその力は彼の手にある。
成仏する前に彼女は『外付けの術式』として自身の分身的な存在を乙骨に託し、とはいえ解呪前より能力の発動に対して面倒な制約が付くようになったわけだが、その強さは以前と変わらない。
そんな彼を、夏油傑の中にいる何者かは別に大したことがないように言ってみせた。
この体を死の一歩手前まで追い詰めたからといって、それがなんだというのか、と。
『おやすみ、五条悟』
同じ失敗は二度はしないとでも言うかのように、夏油傑の声を借りて“誰か”は堂々と告げる。
『新しい世界でまた会おう──────と、その前に』
『?』
一拍の間があった。
封印する準備は整っており、いつでも実行できるわけだが、その前にやり残したことがあったのか夏油傑の体は五条悟の方に近付くと、彼のポケットにある『特級呪物』を勝手に取り出した。
五条的には、かつての親友が気安く触ってくることにここまで不快感を抱くことになるとは思ってもみなかった。
そんなことはお構いなしに夏油の腕は五条悟のズボンに仕舞われている『特級呪物』を回収する。
『“これ”は返して貰うよ』
『あ?』
『高専側に回収されたくなかったらしいけど、悪いね。“これ”は大切な物なんだ·········“私の娘”の故郷へ行くための鍵なんでね』
『!?』
五条のズボンのポケットから出てきたのは、一◯センチにも満たない“菱形の宝石”。
全体的には青く、中にはローマ数字のようなものが刻まれている。
夏油傑の口からそれを知っているような言葉が出てきて、五条悟も流石に目を見開いていた。
さらには、かつての親友の声で『私の娘』と言ったことに対しても驚きを隠せなかった。
だが。
そこまで聞いて、五条は思わず笑ってしまった。
『なるほど·········お前、“
『残念、ハズレだよ。でもある意味アタリとも言える。けれどそれを説明するには時間が足りないから、またの機会に········千年後になるかもだけどね』
そう言って。
封印は執行される。
無力化されて無防備な状態でそのまま殺せたのに敢えてそうしない道を選んだ夏油傑の中の者。そいつは自身の目的の為に利用できるものは惜しみなく使い、“獄門疆”と呼ばれる特級呪物までわざわざ持ち出した。
そして今、それが果たされる。
二度も邪魔してきた“六眼”の術師、徹底した策を練って殺しても輪廻転生の如くこの世に生まれ変わり、またもや計画が失敗に終わった。
まさしく忌むべき存在。
そんな邪魔な存在がいなくなる。
これほど嬉しいことはない。
全てが完遂し、封印によって計画が進められることを喜ぶように。
夏油傑の声を借りて、体を乗っ取った術師は最後の別れのように改めて告げる。
『おやすみ、五条悟。“新しい世界”を楽しみにしているといい』
◇◆◇◆◇◆◇
互いの距離は一〇メートル前後。
虎杖悠仁は背筋が凍っていた。
あれだけ手強かった特級呪霊を、人を自分の武器に変える力でこちらを苦しめてきたあの力。
それを。
『礼を言うよ、虎杖悠仁』
かつて渋谷と呼ばれていた場所。
若者の街と呼ばれ栄えていたその場所は、虎杖悠仁の中にいる『呪いの王』の手によって焼け野原と化していた。
若者達で輝いていたこの街も、今となっては見る影もない。
『呪霊操術で取り込んだ呪霊の術式の精度は、取り込んだ時点でその成長を止める』
『!?』
『君との戦いで“真人”は成長した。本当は“漏瑚”も欲しかったけど、まぁ仕方ないね』
目の前にいる“男”の手によって、そこを儀式の祭壇とし。
世界は混沌に染まる。
『“
瞬間、額に縫い目のある袈裟の男の手が地についた。
ドン!! という地を揺るがす轟音と共に、
闇に染まる夜空に、理解できない紋様が浮かび上がる。
『な·········ッ!?』
虎杖は思わず頭上を見上げた。
その場にいる全員の息が凍る。
結界。
まるで夜空に花火でも打ち上げたように、しかし綺麗さとは程遠い気味が悪い光が降り注ぐ。
頭上には禍々しいほど巨大な紫の紋章。
『天元の結界·········じゃない!? これは、術式の遠隔発動!? 何をした!?』
特級術師としての地位を獲得している女性は険しい目をして夜空に浮かぶものの正体を見破る。
それでも一体何を発動させたのかまでは解明できず、術式を日本中に走らせたその張本人に訊く。
怒りに染まった特級術師であるそんな彼女のことなんか特に脅威とも感じていないのか、袈裟の男、夏油傑の体を手に入れた何者かは歌うように話す。
『マーキング済みの二種類の非術師に、遠隔で“無為転変”を施した』
“無為転変”
それは先程まで虎杖が対峙していた特級呪霊である“真人”が持っていた術式。
それは他者の魂に触れることで、その相手の魂の形状を操作し、対象の肉体を形状と質量を無視して思うがままに変形・改造することができるというチート技。
その力を夏油傑の持つ呪霊操術と呼ばれる術式で取り込んだそいつは、予め印を残しておいた者達を対象に発動。
『“虎杖悠仁のように呪物を取り込ませた者”、“吉野純平のように術式を所持しているが脳の構造が非術師の者”。それぞれの脳を術師の形に整えたんだ。前者は器としての強度を、後者は術式を発揮する仕様を手に入れた』
そいつは簡単な事のように言うが、全員が思わず絶句していた。
大量の人間を術師に変えた。
言葉遊びなら簡単だが、それはつまり日本中の人間が呪いの力、術式という一般人には認知されていない異能を手に入れた事を意味している。前々から準備していたとはいえ、そんなことをこの場で一瞬でやってみせたそいつに誰もが息を呑んだ。
後者は正直そこまで驚かなかったが、前者の“虎杖悠仁のように呪物を取り込ませた者”というものはあまりにもスケールが違いすぎる。
受肉転生。
その凄まじさにピンとこないなら、『両面宿儺のような者達がこの世に蘇った』とでも思えば良い。
宿儺みたいに呪物化していたということは、おそらくは宿儺と同じように悪意の思考を持った者達である可能性が高い。あの最強無敗と謳われた宿儺が呪物化する際に誰かの手によって封印されたとは考えにくい。一番あり得るのは今目の前にいる夏油傑の体を奪った“アイツ”が過去の術師達と交渉して呪物と化し、現代に連れてきたというものだ。
宿儺のような思考の持ち主が何も抵抗せずに呪物になるなんてあり得ない。利害が一致し、それを受け入れた術師達は自ら望んで呪物となったのなら、その悪意の思考が現代に解き放たれた今、国家転覆以上の混沌に染まるだろう。
その最後の仕上げとして、夏油の手に握られている封印の札が解かれる。
『今·········その呪物達の封印を解いた』
それは、つまり。
呪術全盛の時代、平安から現代まで存在していた猛者達が正式に蘇ったということだ。
『彼らにはこれから、呪力への理解を深める為に殺し合いをしてもらう』
自分の力を知るには、他人を実験台にするのが一番だ。
過去の術師は受肉した現代の体に順応するため、現代の術師達は自身に与えられた異能の力を知ってもらうため。
殺し合って、自分という存在を更なる高みへ。
そう思っている者達が一体何人いるのだろうか?
『私が厳選した子や呪物達、千人の虎杖悠仁が悪意を持って放たれたと思ってくれ』
『千人か·········控えめだな。それに人間の理性を舐めすぎだ。力を与えられただけで人々が殺し合うとでも?』
『物事には順序があるのさ。その程度の仕込みを私が怠るわけないだろう? 質問が軽くなってきているよ』
鋭利で冷たい刃のような声で特級術師を嘲笑う。
嘲笑に嘲笑を重ねる男に、もはや特級術師の女性は特級術師としてのプライドを一度どこかに置いてきて、今この場にいる術師達全員であのムカつく面をする野郎をボコりに行こうと提案してくる。
直後、
術師達をその場に縛り付けていた氷結の術式が解除される。
よく見ると、その使用者である女にも男にも見える術師が膝をついている。息まで切らしているのを見ると、何かに侵されているようだ。
アイツが一撃もらったのは一度しかない。
今まで目の前にいる奴らと手を組み、呪霊側として動いていた『呪胎九相図』の男。
一回そいつに殺されかけたのに、人が変わったように急にこちら側についたその“自称お兄ちゃん”は、虎杖を弟のように扱い、彼を守るように術式を発動、その“毒”がようやく効いて氷結の術師を跪かせた。
全員が動けるようになり、だが低温環境によって皆が体力を失っていた。
『まだ話の途中だよ』
だからか、全員の束縛が解かれても“そいつ”は大して気にしていなかった。
“それ”は続ける。
『私が配った呪物は千年前から私がコツコツと契約した術師達の成れの果てだ。だが、私と契約を交わしたのは術師だけじゃない』
言いながら、自身の足元へ視線を落とす。
『まあ、そっちの契約は·········この肉体を手にした時に破棄したけどね』
不意に。
術師の足元の影が沼のような状態となる。
放射状の波紋が広がっていく地面から、幾つもの邪気を感じる。あまりにも忌まわしく馴染み深い光景に、全員に寒気が走る。
胸騒ぎが止まらない。
常識的に考えれば、これ以上はもう何もないなんて甘い展開になるはずもない。これだけのことをしでかしたのだから、最後の仕上げとして混沌に相応しい存在を解き放つはずだ。
それがなんなのか、『呪い』という力に触れてきた彼らならわかるはずだ。
そして今。
これまで溜めてきたものを解放するように、“それ”は笑う。
『これが·········これからの世界だよ』
ゾグン!! と心臓を氷の杭が貫くような悪寒。
その直後。
強い力に切り抜かれて、小山のような無数の影絵が暴かれた。一つの穴から一斉に出ようとしているのは、全て大小様々な『呪霊』だ。
その瞬間を待ち構えていたように、闇の中に負の集合体が続々と生まれる。それが全て夏油傑の足元から溢れるのだと気付いた時、虎杖悠仁達は思わず呻いた。奴等は、夏油傑の体が今まで溜め込んでいた呪いで、新しい世界に解き放たれるのを今か今かと待ちわびていたのだ。
恐るべきはその数だった。
夏油傑の術式を知る者達ならばその数がどれほどのものなのかある程度は予想できたはずなのだが、解き放たれた呪霊は去年と同じく千体だと思っていたが、どう見てもその倍はいる。
一千万。
その量は凄まじく、周囲にいる仲間達の姿は全く見えなくなる。
消失した景色と増加した呪霊の存在は、奇妙に頭の中で足し引きが可能だった。
『なん·········ッ!?』
夏油の言う新たな世界。
呪霊の大群はもう隠れる必要が無いことを悟ると、天に向かって一斉に吠えたける。まるで溺れた時のような鳴き声がいくつも響き渡り、空気が鳴動、こちらの肌をビリビリと震わせる。
濛々たる土煙と地をどよもす罅割れた雄叫び。
最早大地が揺れているのか世界が揺れているのかわからないほどだ。
その世界の終わりとも呼べる光景に、ずん、と胃が重くなり、吐きそうになる。
『じゃあね、虎杖悠仁』
『ッ!?』
『君には期待しているよ』
名を呼ばれて。
どんどん距離が遠ざかっていく夏油傑の手の中にあったのは、呪術界にとっての希望、最強の術師が封印されている特級呪物。
『五条先生ッ!!』
それを見た途端に虎杖は取り返そうと踠くが、呪霊達が地面から現れる影響で前に進めない。
押し寄せる荒波の中を強引に進んでいるような気分だった。
どれだけ急いでも辿り着けない。
それを良いことに、夏油傑の中にいる奴は最後にこう言い残していった。
『どうか·········
『!?』
聞き返す暇もなく、その声は闇に呑まれていく。
手を伸ばすも届かない。
新たな世界の幕は開け放たれた。
日付けがちょうど変わる今日この日。
日本は、“呪われた”。
◇◆◇◆◇◆◇
目を覚ました瞬間に襲ってきたのは、
周囲を取り囲むどろりとした液体だった。
『──────ッ!?』
息ができない。
自分が何故こんな所に入っているのかも理解できない。
強化ガラスの中に満たされた液体は自身の肉体を生かすための命綱のような役割を果たしていたようだが、たった今それは自分を溺死させるための殺戮機械と化す。
元々空気が入っていなかった肉体が酸素を欲し、生存本能が死を強く拒絶したことによって無我夢中で両手を使って必死に出ようと試みる。
だが。
一向に水面らしきものも見つけられず、このままでは本当に溺死してしまうという焦りから片方の手に力を入れる。
誰かに助けを求めるように液体を満たすための壁となっている強化ガラスを、その小さな手で叩いた途端、
バリンッ!!
そのガラスが、大量の気泡と共に木っ端微塵になった。
「ゲホッ!! ゴホッ!!」
地に這いつくばり、肺に入っていたゼリーのような液体を吐き出す。
空気の匂いを感じる。
空気に味がある。
一気に入ってきたのは、ずっと求めていた新鮮な酸素。
乱れた思考を何とか落ち着かせようとするも、幼い子供にはそれは難しかった。正気を取り戻す直前の断片的な思考の中で、自分が何で死にかけていたのか、それすらもわからないのだ。
耳鳴りがひどく、前を見ようとするも液体を吐き出すために咳をしまくったせいで苦しみのあまり涙が溜まり、更には目を開けたのが久しぶりだったのかとても痒く感じる。微量な光でも脳の奥まで貫くように感じ、大量の涙がその綺麗な瞳に追加される。
湧き出てくる涙を拭って前を見ようとする。
目に入ってくる光景、耳に侵入してくる微音。
それら全ては目を覚ましたばかりの少女には圧倒的な情報量となる。
揺れる瞳が見たものは不明瞭で、聞こえた音も記憶にないものばかりだった。
こんなところにいる理由を頭の隅々まで浚っても出てこず、とにかくこんな恐ろしいところから出ようと立ち上がろうとする。
自分の体が鉛のように重い。
そんな小さな足ではすぐに自分の体重に負けて膝が折れてしまいそうなほどだった。
近くの壁に寄りかかってどうにか立ち上がると、ずっと眠っていたせいか全身が痛みを訴えてくる。
それでも。
早くここから出なくてはという焦りが、体を動かした。
とにかく、自分の命を奪おうとした恐ろしい場所から逃れるように。
“少女”は出口を求めて歩き出す。