波動砲艦隊はこれより艦隊の指揮に入る 作:前衛武装航宙艦アマテラス
あきつ丸の車に乗り込み、中央情報局の建物を出てから数時間が経った。
「一体、どこへ向かっているんですか?」
「もうすぐ分かりますよ。ほら、見えてきましたよ?」
あきつ丸が指差した先には、海岸線に沿って赤煉瓦造りの建物が立ち並んでいた。
外見は港にある倉庫と何ら変わりない。
――本当に、あんな場所にあるのだろうか。
立石がそう考えているうちに、車は倉庫街へと入っていく。
近くで見ても、どの建物もごく普通の倉庫にしか見えない。
立川も同じことを思ったのか、首をかしげていた。
やがて車は、一棟の倉庫の前で静かに停車した。
「到着であります。さあ、降りてください。」
立石と立川はあきつ丸に促され、車を降りる。
そして、そのまま倉庫の中へと入っていった。
扉を開けると、事前の連絡どおり、ウラジオストクから戻ってきたばかりの峯岸が待っていた。
「峯岸艦長。もう到着されていたんですね。」
「ああ。それより、あきつ丸。本当にここで合っているのか? どう見ても普通の倉庫だが。」
峯岸も同じ疑問を抱いていたようだ。
すると、あきつ丸は「慌てないでください」と言わんばかりに微笑み、建物の隅へ歩いていく。
その場にしゃがみ込み、床へ手を伸ばした。
よく見ると、そこには床と見分けがつかないよう薄い布が敷かれていた。
あきつ丸がそれをめくると、小さな点検口のような蓋が現れる。
蓋を開くと、中には一つの押しボタンがあった。
あきつ丸は迷うことなくそのボタンを押し、何事もなかったかのように峯岸たちの元へ戻ってくる。
「何をしたんだ?」
「まあまあ、そう慌てないでください。もうすぐ分かりますから。」
その言葉が終わると同時に、峯岸たちの足元から低い地響きが響いた。
「何だ?」
驚いて周囲を見回す三人。
次の瞬間、彼らが立っていた床がゆっくりと下降を始めた。
どうやら、この倉庫そのものが巨大なエレベーターになっているらしい。
赤煉瓦造りの倉庫は、地下施設への偽装入口だったのだ。
しばらくして床の動きが止まる。
目の前には、天井の高い広大な地下通路が一直線に延びていた。
「こんな場所が隠されていたとは……。」
峯岸は思わず周囲を見渡す。
「秘密基地みたいで、なかなか良くないですか?」
あきつ丸はどこか得意げに笑う。
「いや、全然。」
峯岸は即答した。
「それは残念であります。」
そんなやり取りを交わしながら通路を進むと、重厚な鋼鉄製の扉が姿を現した。
その脇には、一人の白衣姿の人物が静かに立っていた。
「こちらが今回、施設をご案内する研究員兼所長の竹内凛花さんです。」
「竹内凛花さん、初めまして。私は――」
峯岸が自己紹介をしようとした、その瞬間だった。
「自己紹介は結構。その国家の犬からすでに聞いていますので。」
「は、はあ……。」
言葉を最後まで聞くことなく遮られ、峯岸は戸惑いながら返事をする。
初対面にもかかわらず、その口調はどこか冷たく、必要最低限のことしか話そうとしない。
――無愛想な人だな。
それにあきつ丸を国家の犬呼ばわりとはどう言う神経をしているんだ。
そう思ったものの、さすがに口には出さなかった。
「こういう人なので、どうか気を悪くしないでください。」
あきつ丸が苦笑しながらフォローを入れる。
「あ、ああ……。私は構わないが。」
どこか釈然としない思いを抱えたまま、峯岸たちは凛花の後について奥へ進んだ。
やがて重厚な扉の前で足を止めると、凛花は認証装置にカードをかざし、静かに扉を開く。
その先に広がっていたのは、巨大な円柱状のガラス水槽が何本も並ぶ広大な空間だった。
どの水槽も空のままだったが、その規模は圧倒的だった。
これほどの大きさなら、普通の生物を収容するためのものではない。
入るとすればクジラか、それとも巨大なサメか。
いや――。
ここまで大きな設備を必要とする存在など、これまで見たことがない。
あきつ丸が言っていた「面白いもの」。
まさか……。
「おい……まさか、この水槽は異形艦を収容するためのものなのか?」
「よく分かったわね。軍人にしては勘が鋭いじゃない。」
「……それは褒めているのか?」
「さあ?」
相変わらずぶっきらぼうな口調だったが、どうやら正解だったようだ。
異形艦は、これまで確認されてきた深海棲艦や艦娘とは比較にならないほど巨大で、個体によっては全長二十〜五十メートルにも達する。
その巨体を収容するには、この巨大な水槽でなければ到底足りない。
つまり、あきつ丸が言っていた「面白いもの」とは、この研究施設そのものの事なのだろう。
さらに奥へ進むと、再び一枚の重厚な扉が姿を現した。
凛花は迷うことなく扉のロックを解除し、静かに押し開く。
重厚な扉がゆっくりと開く。
その先に広がっていた光景に、一同は思わず息をのんだ。
広大な地下空間には、大型の培養水槽が幾つも並び、その中には大小さまざまな異形艦が保存されていた。
さらに、その隣では数体の異形艦が解剖台の上に固定され、白衣姿の研究員たちが黙々と解剖を進めている。
事前に説明を受けていたとはいえ、実際に目の当たりにすると言葉を失う。
異形艦をこれほど間近で見るのは誰もが初めてだった。
巨大な肉体、禍々しい装甲、そして人とも艦ともつかない異様な姿。
その存在感に圧倒され、しばらく誰も口を開くことができなかった。
そんな中、峯岸の視線がある一つの水槽で止まる。
「……おい。何で深海棲艦までいるんだ?」
峯岸は眉をひそめる。
「いや、待て……本当に深海棲艦なのか?」
彼が指差した先には、人型の深海棲艦によく似た存在が大型の培養水槽の中で静かに眠っていた。
しかし、どこか違う。
深海棲艦特有の禍々しさはあるものの、その姿にはどこか艦娘の面影も残されていた。
峯岸は隣に立つ凛花へ視線を向ける。
「半分正解で、半分不正解。まあ、この先を見れば分かるわ。」
そう言うと、彼女は一行を解剖エリアへ案内した。
そこには全長三十メートルほどの異形艦が解剖台の上へ横たえられていた。
凛花はその腕へ近づくと、切断された断面を指差す。
「この個体は、まだ本格的な解剖を始めていない状態よ。何か、おかしいと思わない?」
峯岸は断面をじっと見つめる。
異形艦は出現した時点で身体の各所が欠損している個体が多い。
しかし、この腕の断面は戦闘で吹き飛ばされたような傷ではなかった。
まるで精密な手術でも行われたかのように、滑らかに切断されている。
さらに全身へ目を向けると、皮膚の各所には無数の縫合痕が残されていた。
「……これは。」
峯岸は思わず息をのむ。
「手術痕……なのか?」
「そう。」
凛花は静かに頷いた。
「異形艦が確認されるようになってから、私たちは何体も解剖してきた。でも、調べた個体は例外なく同じだった。全員、身体のどこかに手術を受けた痕跡が残っていたの。」
そう言うと凛花は白衣のポケットへ手を入れ、小さなケースを取り出した。
「これはとある異形艦から解剖した時に、取り出した物よ。」
蓋を開き、中身を峯岸へ見せる。
その瞬間、峯岸の表情が凍り付いた。
「……指輪?」
銀色に輝く一つの指輪。
その意匠には見覚えがあった。
「まさか……。」
龍驤から聞いたことがある。
この世界には、艦娘との絆を象徴する『ケッコンカッコカリ』という制度が存在する。
形式的に行われる者もいれば、本当に互いを愛し合い、生涯を誓う者もいる。
横須賀鎮守府で秘書艦を務める加賀も、その指輪を左手に着けていた。
そして今、凛花は言った。
――この指輪は異形艦の体内から発見された、と。
峯岸はゆっくりと異形艦へ視線を向ける。
そして先ほど水槽で見た、人型の個体を思い出す。
「まさか……。」
その考えを口にすることはできなかった。
それを見た凛花は静かに口を開いた。
「……もう分かったでしょう? 異形艦が、元は艦娘だったということ。」
峯岸は言葉を失った。
異形艦が艦娘だった――。
そんな話は、とても信じられるものではない。
だが、これまで目にしてきた手術痕や切断面、そして異形艦の体内から発見された指輪。
どれも、その事実を否定することはできなかった。
「……だが、一体誰が、何のためにこんなことを?」
「さあね。」
凛花は小さく肩をすくめる。
「決定的な証拠はないわ。でも、一応の推測ならできる。」
そう言うと、彼女は先ほど水槽に入っていた人型の個体へ視線を向けた。
「あの個体は、異形艦をできる限り元の姿へ戻そうとした実験体よ。これまで数え切れないほど失敗を繰り返して、ようやくあの状態まで回復させることができた。でも、調べてみると分かった事があるの。」
凛花は一冊の資料を峯岸へ手渡した。
「確かに、あの個体は元は艦娘だった。でも、今は違う。肉体の大半は、すでに深海棲艦に近い構造へ変質しているのよ。それに、この資料を見て。」
資料には脳波の測定結果がグラフでまとめられていた。
その中で、一つだけ異常な数値を示している項目がある。
『憎悪』。
他の感情とは比較にならないほど突出していた。
峯岸は思わず眉をひそめる。
「これは……。」
「ここから先は、完全に私の推測よ......」
凛花は静かに話し始めた。
ここから先は、あくまでも彼女自身が調査結果を基に組み立てた仮説であり、決定的な証拠があるわけではない。
異形艦は、単に撃沈された艦娘が変貌した存在ではない。全身に残る無数の手術痕や人工的に接合された痕跡は、誰かの手によって意図的に改造されたことを物語っていた。
では、誰が何のためにそんなことをしたのか。
凛花は、その世界で起きた戦争そのものが原因ではないかと考えていた。
当初は深海棲艦との戦争を想定した。しかし、それだけでは説明がつかない。既存の艦娘だけでも十分な戦力を持っているにもかかわらず、ここまで非人道的な改造を施す必要はないからだ。
そう考えると、敵は深海棲艦ではなく、人類同士だった可能性が浮かび上がる。
深海棲艦との長い戦争によって、核兵器は抑止力としての意味を失った。
その代わりとして各国が求めた新たな抑止力――それが艦娘だったのではないか。
しかし、通常の艦娘数隻では国家を牽制するには力不足だった。
そこで軍は、戦闘不能となった艦娘たちの身体を利用し、まだ機能する部位を移植・接合し、兵装を大幅に強化することで、一隻だけで国家を威圧できる兵器を造ろうとした。
それが異形艦の正体ではないか。
そして、脳波解析で判明した異常なまでの「憎悪」という感情。
もし敵に撃沈されただけなら、ここまで強い憎しみが残るとは考えにくい。
軍人である以上、自らの使命を果たしたと受け入れる者も少なくないはずだ。
それほどまでに憎悪が膨れ上がるとすれば、その矛先は敵ではなく味方だった可能性が高い。
戦争が終わり、抑止力としての役目を終えた艦娘は、莫大な維持費だけがかかる存在となる。
やがて軍は、不要となった彼女たちを処分する決断を下した。
祖国のために戦い続け、再び祖国のために戦えると信じていた艦娘たちは、自らを守るはずだった国家や仲間に裏切られた。
その絶望と憎悪が暴走し、人としての理性を失った結果、異形艦となって人類へ牙をむくようになったのではないか――。
それが、凛花のたどり着いた仮説だった。
誰もすぐには言葉を発することができなかった。
凛花が語った内容に決定的な証拠はない。
あくまでも、調査結果から導き出された一つの仮説に過ぎない。
だが、その仮説はあまりにも多くの事実と符合していた。
手術痕、接合された身体、異形艦から発見された指輪、そして脳波に刻まれた異常なまでの憎悪。
それらを結び付けると、凛花の推論は恐ろしいほど筋が通っていた。
もしかすると――これが真実なのかもしれない。
重苦しい沈黙の中、立石がぽつりと口を開く。
「……これが本当だとしたら、今まで我々が倒してきた異形艦は……元は艦娘だったということですか?」
その声は震えていた。
峯岸たちがこの世界へ来てから、艦娘という存在は決して他人ではなくなっていた。
彼女たちは異世界から来た自分たちを温かく迎え入れ、ともに生活し、ともに戦ってきた。
祖国のために。
仲間のために。
その一心で戦い続ける彼女たちの姿を、峯岸達は何度も見てきた。
だからこそ、その異形艦を自分たちの手で撃破してきたという可能性は、簡単には受け入れられなかった。
そんな立石に、峯岸は静かに声を掛ける。
「落ち着け、立石。まだこれが真実だと決まったわけじゃない。あくまで一つの推測だ。それに、仮に元が艦娘だったとしても、今あいつらが国や人々を襲っていることに変わりはない。俺たちは軍人だ。守るべきものを守るため、その脅威を排除しなければならない。だから、自分を責める必要はない。」
「……はい。」
立石は小さく頷いた。
まだ完全には割り切れていない。
それでも、峯岸の言葉は少しだけ彼の心を軽くした。
凛花はそんな二人を見つめ、小さく息をつく。
「どう? これで少しは疑問が解けた?」
「ああ、ある程度はな。だが、一つだけ腑に落ちないことがある。」
「何?」
「なぜ異形艦はこの世界へ現れる?俺達は偶然この世界へ飛ばされた。だが異形艦は違う。幾ら倒しても、まるで当然かの様に再びこの世界に現れるだろう?」
「それは私にも分からないわ。それを調べるのが、あなたたちの仕事でしょう?」
峯岸は苦笑する。
「それはそうなんだがな。」
「考えられる可能性はいくつかあるわ。一つは、αが何らかの方法で異形艦をこの世界へ送り込んでいる可能性。もう一つは、異形艦が存在していた世界そのものに空間異常が発生し、その影響でこちらへ流れ着いている可能性。まっ、推測ならいくらでもできるけれどね。」
「その通りなんだがな.....」
「まあ、あなたたちの未来の技術なら、そのうち何か分かるんじゃない?こちらでも新しい手掛かりが見つかったら、すぐ知らせるわ。」
「助かるよ。」
「せいぜい、その国家の犬と頑張ってね。私はこの後、またやらないといけない事があるから。」
「ああ、今日はありがとな。」
「えぇ。」
そうして凛花と別れ、峯岸たちは地下施設を後にし、来た道を戻っていった。
しばらく無言で歩いていた峯岸は、ふと思い出したように口を開く。
「なあ、あきつ丸。」
「何でありますか?」
「お前、何であそこまで凛花に嫌われているんだ?何かやったのか?」
「さ、さあ?わ、私にもさっぱり分からないであります。」
あきつ丸は視線を泳がせながら答える。
「そ、それより、どうでした? 異形艦の話を聞いてみて。」
「……話を逸らしたな。まあ、真実には一歩近づいた様で、その分、遠ざかった.......そんな感じだな。」
「そうですか……。」
すると峯岸は、いたずらっぽく口角を上げた。
「良かったじゃないか。」
「何がであります?」
「お前の大好きな調査の仕事が、また増えたぞ。」
「全然嬉しくないんですが?」
あきつ丸は即座に顔をしかめる。
その反応に峯岸たちは思わず笑った。
ひとしきり笑いが収まると、峯岸は表情を引き締める。
「……まだ真実にはたどり着けそうもない。だからこそ調べ続けるしかない。その為にも俺達で最善を尽くそう。」
そうして峯岸達は帰路へと着くのだった。