まだ、生きてる   作:5734589

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捨て村

第十話

 

捨て村

 

――生き残る価値を、誰が決めた

 

その村は、地図に名前が残っていなかった。

 

街道から外れ、乾いた丘を越え、風に削られた岩場を抜けた先に、まるで忘れ去られた傷口のようにぽつりと存在していて、柵は傾き、畑は荒れ、家々の壁には補修の跡が幾重にも重なり、「まだここに人がいる」という事実そのものが、既に異常であるかのような場所だった。

 

噂は、街道筋の酒場で聞いた。

 

――口減らしをしている村がある。

――病人や働けない者を、山に捨てている。

――そうしなければ、全員が死ぬ。

 

誰も、怒ってはいなかった。

誰も、笑ってもいなかった。

 

ただ、仕方がない、という声色だった。

 

彼は、その「仕方がない」という言葉が、

いつ、誰の免罪符になったのかを考えながら、

村へ向かった。

 

 

村の中

 

村に入って、最初に気づいたのは、音の少なさだった。

 

子どもの声がしない。

犬も鳴かない。

風が吹いても、戸口がきしむだけで、

生活のざわめきが、どこにもない。

 

人々は、彼を見て、立ち止まり、

だが警戒もしなかった。

 

武装したよそ者。

それだけなら、

もう何度も見送ってきたのだろう。

 

「……何しに来た」

 

声をかけてきたのは、

村長だった。

 

痩せて、背を丸め、

それでも目だけは、妙に強かった。

 

「噂を聞いた」

 

彼がそう言うと、

村長は、短く息を吐いた。

 

「なら、

 見に来たんだろう」

 

否定はなかった。

 

 

価値の計算

 

集会所で、話を聞いた。

 

食糧は足りない。

畑は痩せ、狩りも不調。

疫病が流行った年があり、

労働力が一気に落ちた。

 

「助け合った」

 

村長は言う。

 

「最初はな」

 

「でも、

 全員を助けようとしたら、

 全員が死ぬ」

 

彼は、

静かに問い返す。

 

「……だから?」

 

「だから、

 残す者を選んだ」

 

老人。

病人。

怪我人。

孤児。

 

“生産できない者”。

 

それが、

彼らの言葉だった。

 

 

捨て場

 

村の裏手。

森に入る手前。

 

そこに、

粗末な小屋があった。

 

中には、

人がいた。

 

横になったまま、

動けない者。

 

毛布に包まれ、

水だけを与えられている者。

 

世話は、

されている。

 

殺してはいない。

 

だが――

戻す気も、ない。

 

「山に、

 置いていくだけだ」

 

村人の一人が、

言い訳のように言う。

 

「神に、

 委ねている」

 

その言葉に、

彼は何も返さなかった。

 

 

女と子ども

 

小屋の奥で、

彼は、女と子どもを見た。

 

獣人ではない。

どちらも、人間だ。

 

女は、片腕がない。

子どもは、まだ小さい。

 

「……行きたく、ない」

 

女は、

掠れた声で言った。

 

「山は、

 寒い」

 

「この子が、

 もたない」

 

彼は、

しゃがみ込む。

 

視線を、

同じ高さにする。

 

「……お前たちは、

 ここにいたいか」

 

女は、

何度も頷いた。

 

それだけで、

十分だった。

 

 

衝突

 

彼が、

小屋の前に立ったとき、

村人たちは、

ようやく危機を悟った。

 

「連れていくな」

 

「それをやったら、

 村が持たない」

 

「責任を、

 取れるのか!」

 

怒鳴る声。

震える声。

 

彼は、

盾を持つ。

 

構えない。

 

ただ、

そこに立つ。

 

「俺は、

 お前たちを裁かない」

 

「生きるために、

 選んだんだろう」

 

村人たちは、

息を詰める。

 

「でも――」

 

彼の声は、

低く、重い。

 

「選ばれなかった命を、

 切り捨てる役を、

 他人に押し付けるな」

 

沈黙。

 

誰も、

前に出られない。

 

 

 

その夜、

彼は村に泊まった。

 

女と子どもを、

小屋から出し、

空き家に移す。

 

村人は、

手伝わない。

 

だが、

邪魔もしない。

 

火を焚き、

湯を沸かし、

食事を分ける。

 

それだけのことが、

ひどく重い行為のように感じられた。

 

夜更け、

村長が来た。

 

「……明日、

 お前は出て行く」

 

「その二人もだ」

 

彼は、

頷く。

 

「それでいい」

 

 

夜明けの決断

 

朝。

村の外れ。

 

彼は、

女と子どもを連れて立つ。

 

背後で、

村人たちが見ている。

 

誰も、

石を投げない。

 

誰も、

手も振らない。

 

ただ、

目を逸らす。

 

彼は、

歩き出す前に、

一度だけ振り返る。

 

「……生き残るために、

 何かを捨てるなら」

 

「次は、

 捨てなくて済む道を、

 探せ」

 

それが、

彼の唯一の言葉だった。

 

 

重さ

 

街道に出て、

しばらく歩いてから、

女が言った。

 

「……ありがとう」

 

彼は、

首を振る。

 

「礼を言われることは、

 していない」

 

本音だった。

 

助けた。

だが、

救ったとは言えない。

 

村は、

変わらない。

 

同じことを、

またするだろう。

 

それでも。

 

彼は、

歩き続ける。

 

弱者とは、

種族じゃない。

身分でもない。

 

声が、

 届かない者のことだ。

 

その声を、

拾い上げるために。

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