第十一話
代替
――誰かが助かるとき、誰かが消える
女と子どもを連れて歩く道は、
思っていたよりも、ずっと長かった。
街道は続いているはずなのに、足元の土は柔らかく、靴は沈み、進んでも進んでも景色が変わらないような錯覚に陥り、彼は時折、自分たちが本当に前に進んでいるのか、それとも同じ場所を円を描くように歩かされているだけなのか分からなくなった。
女は、多くを語らなかった。
子どもも、泣かなかった。
それが、
何より重かった。
助けられた者は、
もっと感情を見せてもいいはずだ。
怒りでも、恐怖でも、感謝でも。
だが、二人はただ、
消耗しきった沈黙を抱えて歩いていた。
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代わりの噂
次の集落で、
彼は噂を聞いた。
「……ああ、
あんたのことか」
「捨て村から、
二人連れて出てきたって」
声は、
責めるでも、称えるでもない。
ただ、
確認するような調子だった。
「でな、
そのあとだ」
男は、
杯を置く。
「村じゃ、
別のやつが
山に行った」
彼は、
何も言わない。
「数が、
合わなくなったからな」
その言葉が、
胸に沈むまで、
時間はかからなかった。
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数合わせ
夜。
彼は、眠れなかった。
焚き火の火が落ちる音を聞きながら、
村の光景を思い出す。
誰が、
代わりになったのか。
あの村長か。
それとも、
声を上げなかった誰かか。
あるいは――
もっと簡単に、
選ばれた者か。
彼が連れ出した二人の「席」は、
必ず埋められる。
それが、
あの村の構造だった。
助ける、という行為が、
そのまま
誰かを押し出す力になる。
その事実が、
彼の中で、
静かに、しかし確実に、
形を持ち始めていた。
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子どもの問い
夜半、
子どもが、
小さな声で言った。
「ねえ」
彼は、
身を起こす。
「ぼくたちが、
いなくなったから」
「だれか、
いなくなった?」
その問いは、
刃物よりも、
よほど鋭かった。
彼は、
すぐには答えられなかった。
考えた末、
正直に言う。
「……たぶん、
そうだ」
子どもは、
しばらく黙る。
そして、
ぽつりと言った。
「じゃあ、
ぼく、
いなかったほうが
よかった?」
彼は、
言葉を失う。
どんな理屈も、
ここでは無力だった。
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弱さの連鎖
翌日。
集落の外れで、
別の光景を見る。
老人が、
追い出されている。
病気だ。
歩けない。
理由は、
明確だった。
「食い扶持が、
足りない」
村人たちは、
彼を見ていた。
期待と、
怯えと、
計算。
――あの異端なら、
――助けるだろう。
彼は、
動かなかった。
足が、
地面に縫い止められたように、
動かない。
助ければ、
同じことが起きる。
別の誰かが、
弾き出される。
それが、
連鎖になる。
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初めての拒絶
老人が、
彼を見上げる。
「……頼む」
声は、
弱々しい。
彼は、
目を逸らした。
助けない、
という選択を、
初めて取った。
村人たちは、
安堵した。
そして、
どこか失望した。
――助けないなら、
――ただの通行人だ。
老人は、
そのまま運ばれていった。
どこへかは、
誰も言わない。
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夜の重さ
その夜、
彼は、
女と子どもの寝息を聞きながら、
一人で外に出た。
星は、
冷たく、遠い。
彼は、
自分の手を見る。
これまで、
救ってきた手。
同時に、
救わなかった手。
どちらも、
同じ手だ。
守護とは、
選別だ。
守るという言葉の裏には、
必ず
「守られない側」がいる。
それを、
ようやく理解した。
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崩れないもの
それでも、
朝は来る。
彼は、
立ち上がる。
答えは、
出ていない。
正しさも、
見えていない。
だが、
一つだけ、
崩れないものがある。
――声を、
――無かったことにしない。
助けられなくても。
手を伸ばせなくても。
聞いた、
という事実だけは、
消さない。
それが、
彼に残された、
唯一の抵抗だった。
街道は、
まだ続く。
この先で、
彼はさらに多くの選択を迫られる。
救えば、
失われる。
救わなければ、
壊れる。
それでも。
彼は、
歩く。