まだ、生きてる   作:5734589

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余剰

第十二話

 

余剰

 

――生きていることが、罪になる夜

 

女と子どもを、安全な街道宿に預けたあと、

彼は一人になった。

 

それは、久しぶりのことだった。

 

誰かの呼吸を気にする必要もなく、

夜中に目を覚まして水を探す必要もなく、

自分の足音だけが、

乾いた道に、規則正しく響く。

 

――楽になるはずだった。

 

だが、

胸の奥は、

妙に重かった。

 

 

数の話

 

次の町で、

彼は噂を聞いた。

 

「……最近、

 捨てる数が増えてるらしい」

 

「前は、

 もう少し粘ってたんだがな」

 

「でも、

 あいつが来てからだ」

 

彼は、

何も言わずに杯を置いた。

 

「あいつが、

 連れ出すだろ?」

 

「だったら、

 最初から

 切った方が早い」

 

笑い声。

 

冗談のような調子。

 

だが、

それは――

合理化された現実だった。

 

彼が現れ、

「救われる前例」が生まれたことで、

村は、

より早く、より軽く、

人を切り捨てるようになった。

 

どうせ、

誰かが拾う。

 

拾われなかったなら、

それは――

運が悪かっただけだ。

 

 

余剰

 

宿の裏で、

彼は、

一人の女に声をかけられた。

 

若くもなく、

老いてもいない。

 

ただ、

疲れ切った顔。

 

「……あなた、

 噂の人でしょう」

 

否定しなかった。

 

「助けて」

 

即座だった。

 

理由も、

説明もない。

 

彼は、

その一言で、

もう分かってしまった。

 

――この人は、

――“余っている”。

 

家族がいる。

だが、

稼げない。

 

病気ではない。

だが、

働けない。

 

「生きている理由が、

 計算に合わない人間」。

 

それが、

この世界での

“余剰”だ。

 

 

手を伸ばす距離

 

彼は、

女を見る。

 

助ければ、

また同じことが起きる。

 

誰かが、

代わりになる。

 

助けなければ、

目の前で壊れる。

 

選択肢は、

二つしかない。

 

だが、

どちらも、

正しくない。

 

「……行け」

 

彼は、

そう言った。

 

女は、

理解できずに瞬く。

 

「ここにいると、

 余計に、

 酷いことになる」

 

それは、

助言であり、

拒絶だった。

 

女は、

泣かなかった。

 

ただ、

ゆっくりと

頭を下げた。

 

「……そう」

 

その背中が、

夜に溶けるまで、

彼は動けなかった。

 

 

壊れる音

 

その夜、

彼は夢を見た。

 

助けた者たちが、

一列に並んでいる。

 

獣人。

子ども。

女。

老人。

 

全員、

同じ顔をしている。

 

彼の顔だ。

 

「……何人、

 残せばいい?」

 

誰かが、

そう問いかける。

 

答えは、

ない。

 

代わりに、

地面が崩れる。

 

一人落ちる。

二人落ちる。

 

彼が、

手を伸ばすたびに、

別の誰かが、

落ちていく。

 

目を覚ましたとき、

彼は、

自分が声を出していたことに気づいた。

 

 

名前の重さ

 

翌朝、

街道で、

子どもたちが囁いているのを聞いた。

 

「……あれが」

 

「余り者を

 拾う人だって」

 

拾う。

 

救う、でも、

守る、でもない。

 

拾う。

 

落ちているものを、

気まぐれに。

 

その言葉が、

彼の中で、

何度も反響する。

 

拾うなら、

拾われなかったものは、

どうなる?

 

 

自分という余剰

 

夜。

彼は、

森の中で立ち止まる。

 

焚き火も、

起こさない。

 

闇の中で、

膝をつく。

 

「……俺は、

 何なんだ」

 

誰にも、

聞こえない声。

 

弱者の守護者。

異端。

拾う者。

 

どれも、

違う。

 

彼は、

ふと考える。

 

――もし、

――自分がいなくなったら?

 

前例は、消える。

期待も、消える。

代替も、減る。

 

自分は、

余剰そのものなのではないか。

 

そう思った瞬間、

胸が、

強く締め付けられた。

 

 

それでも

 

立ち上がるまで、

時間がかかった。

 

足は、

重く、

震えていた。

 

それでも、

彼は歩き出す。

 

理由は、

高尚じゃない。

 

使命でも、

信仰でもない。

 

ただ――

まだ、誰かの声を、

 聞いてしまうからだ。

 

聞こえてしまったものを、

無かったことにできない。

 

それだけで、

十分に、

苦しい理由だった。

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