第十三話
模倣
――善意は、最も残酷な形で増殖する
彼が通り過ぎた土地には、必ず痕が残った。
それは、焼け跡のような分かりやすいものではなく、碑文のように刻まれることもなく、ただ人々の言葉の端や、選択の仕方や、沈黙の使い方の中に、静かに、しかし確実に混ざり込んでいく――**「あの人なら、どうしたか」**という、曖昧で、都合のいい想像として。
最初に違和感を覚えたのは、小さな町だった。
門の前に、三人が座っていた。
老人と、痩せた男と、咳き込む女。
誰も、追い払ってはいない。
だが、誰も、迎え入れてもいない。
町の人間は、彼を見ると、どこか安堵したように言った。
「……ああ、よかった」
「あなたが来たなら、
この人たちも、
救われるでしょう」
その言葉に含まれていたのは、期待ではない。
免責だった。
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引き渡し
彼は、何も言わずに三人を見る。
助ければ、
また前例が増える。
助けなければ、
ここで終わる。
だが、彼が逡巡している間に、町人の一人が言った。
「ほら、
この人が来たから」
「もう、
うちで面倒を見る必要はない」
それは、
引き渡しだった。
責任を、
彼に。
彼は、
その瞬間、理解してしまった。
――彼は、
――「救う者」ではなく、
――「引き取り先」になっている。
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模倣の言葉
町の外れで、
別の光景を見る。
若い女が、
子どもに言っていた。
「大丈夫」
「役に立たなくなったら、
あの人が来る」
その声音は、
優しかった。
だが、その言葉は――
捨てる準備だった。
彼は、
胸の奥が、
冷えていくのを感じた。
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誤解の完成
夜、宿で、
彼は町の代表と話す。
「……あなたのやり方は、
合理的ですね」
「無理に全員を守らない」
「選べる者だけ、
選ぶ」
彼は、
即座に否定できなかった。
なぜなら、
それは半分、事実だったからだ。
彼は、
全員を救えていない。
彼は、
選んでいる。
その現実が、
言葉を奪った。
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増える余剰
翌朝、
町を出るとき、
道端に、
新しい人影があった。
昨日はいなかった数だ。
彼が来る前には、
村の中で、
ぎりぎりまで抱えられていた人間。
だが今は、
外に出されている。
理由は、
単純だ。
――どうせ、
――あの人が拾う。
拾われなければ、
それは――
拾われなかった側の問題。
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自覚
森に入って、
彼は立ち止まる。
呼吸が、
浅くなる。
自分が、
何をしてしまったのか。
彼は、
世界を変えようとしたわけではない。
制度を、
作ろうとしたわけでもない。
ただ、
目の前の声に、
応えただけだ。
それなのに。
彼の存在そのものが、
選別を正当化している。
彼がいる限り、
「捨ててもいい」という言い訳が、
成立してしまう。
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祈らない理由
彼は、
膝をつく。
土に、
手をつく。
祈らない。
祈れば、
誰かに委ねてしまうからだ。
神に。
運命に。
世界に。
だが、
これは――
彼がやったことだ。
善意で。
無自覚に。
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壊れる境界
そのとき、
声がした。
「……あなた」
振り返ると、
一人の少年が立っていた。
痩せて、
泥だらけで、
それでも目だけは、
必死にこちらを見ている。
「ぼく、
余ってる?」
その言葉は、
問いではなかった。
確認だった。
彼は、
喉が詰まる。
返せる言葉が、
一つもなかった。
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何もできない夜
少年を、
連れてはいけない。
連れて行けば、
また誰かが、
外に出される。
彼は、
少年の前にしゃがむ。
「……名前は?」
「いらない」
即答だった。
「どうせ、
いなくなるから」
その夜、
彼は少年を、
町に戻すことも、
連れて行くこともできず、
ただ一緒に、
夜を越した。
焚き火もなく、
毛布も一枚。
寒さの中で、
少年は眠り、
彼は眠れなかった。
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朝
夜明け、
少年はいなかった。
足跡だけが、
森の奥へ続いている。
追えない。
追えば、
また同じことが起きる。
彼は、
その場に立ち尽くし、
長い時間、動けなかった。
――救いは、
――善意だけでは、
――足りない。
ようやく、
その結論だけが、
胸に残った。