まだ、生きてる   作:5734589

13 / 22
模倣

第十三話

 

模倣

 

――善意は、最も残酷な形で増殖する

 

彼が通り過ぎた土地には、必ず痕が残った。

 

それは、焼け跡のような分かりやすいものではなく、碑文のように刻まれることもなく、ただ人々の言葉の端や、選択の仕方や、沈黙の使い方の中に、静かに、しかし確実に混ざり込んでいく――**「あの人なら、どうしたか」**という、曖昧で、都合のいい想像として。

 

最初に違和感を覚えたのは、小さな町だった。

 

門の前に、三人が座っていた。

老人と、痩せた男と、咳き込む女。

 

誰も、追い払ってはいない。

だが、誰も、迎え入れてもいない。

 

町の人間は、彼を見ると、どこか安堵したように言った。

 

「……ああ、よかった」

 

「あなたが来たなら、

 この人たちも、

 救われるでしょう」

 

その言葉に含まれていたのは、期待ではない。

免責だった。

 

 

引き渡し

 

彼は、何も言わずに三人を見る。

 

助ければ、

また前例が増える。

 

助けなければ、

ここで終わる。

 

だが、彼が逡巡している間に、町人の一人が言った。

 

「ほら、

 この人が来たから」

 

「もう、

 うちで面倒を見る必要はない」

 

それは、

引き渡しだった。

 

責任を、

彼に。

 

彼は、

その瞬間、理解してしまった。

 

――彼は、

――「救う者」ではなく、

――「引き取り先」になっている。

 

 

模倣の言葉

 

町の外れで、

別の光景を見る。

 

若い女が、

子どもに言っていた。

 

「大丈夫」

 

「役に立たなくなったら、

 あの人が来る」

 

その声音は、

優しかった。

 

だが、その言葉は――

捨てる準備だった。

 

彼は、

胸の奥が、

冷えていくのを感じた。

 

 

誤解の完成

 

夜、宿で、

彼は町の代表と話す。

 

「……あなたのやり方は、

 合理的ですね」

 

「無理に全員を守らない」

 

「選べる者だけ、

 選ぶ」

 

彼は、

即座に否定できなかった。

 

なぜなら、

それは半分、事実だったからだ。

 

彼は、

全員を救えていない。

 

彼は、

選んでいる。

 

その現実が、

言葉を奪った。

 

 

増える余剰

 

翌朝、

町を出るとき、

道端に、

新しい人影があった。

 

昨日はいなかった数だ。

 

彼が来る前には、

村の中で、

ぎりぎりまで抱えられていた人間。

 

だが今は、

外に出されている。

 

理由は、

単純だ。

 

――どうせ、

――あの人が拾う。

 

拾われなければ、

それは――

拾われなかった側の問題。

 

 

自覚

 

森に入って、

彼は立ち止まる。

 

呼吸が、

浅くなる。

 

自分が、

何をしてしまったのか。

 

彼は、

世界を変えようとしたわけではない。

 

制度を、

作ろうとしたわけでもない。

 

ただ、

目の前の声に、

応えただけだ。

 

それなのに。

 

彼の存在そのものが、

選別を正当化している。

 

彼がいる限り、

「捨ててもいい」という言い訳が、

成立してしまう。

 

 

祈らない理由

 

彼は、

膝をつく。

 

土に、

手をつく。

 

祈らない。

 

祈れば、

誰かに委ねてしまうからだ。

 

神に。

運命に。

世界に。

 

だが、

これは――

彼がやったことだ。

 

善意で。

無自覚に。

 

 

壊れる境界

 

そのとき、

声がした。

 

「……あなた」

 

振り返ると、

一人の少年が立っていた。

 

痩せて、

泥だらけで、

それでも目だけは、

必死にこちらを見ている。

 

「ぼく、

 余ってる?」

 

その言葉は、

問いではなかった。

 

確認だった。

 

彼は、

喉が詰まる。

 

返せる言葉が、

一つもなかった。

 

 

何もできない夜

 

少年を、

連れてはいけない。

 

連れて行けば、

また誰かが、

外に出される。

 

彼は、

少年の前にしゃがむ。

 

「……名前は?」

 

「いらない」

 

即答だった。

 

「どうせ、

 いなくなるから」

 

その夜、

彼は少年を、

町に戻すことも、

連れて行くこともできず、

ただ一緒に、

夜を越した。

 

焚き火もなく、

毛布も一枚。

 

寒さの中で、

少年は眠り、

彼は眠れなかった。

 

 

 

夜明け、

少年はいなかった。

 

足跡だけが、

森の奥へ続いている。

 

追えない。

 

追えば、

また同じことが起きる。

 

彼は、

その場に立ち尽くし、

長い時間、動けなかった。

 

――救いは、

――善意だけでは、

――足りない。

 

ようやく、

その結論だけが、

胸に残った。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。