まだ、生きてる   作:5734589

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模倣

第十三話

 

模倣

 

――善意は、最も残酷な形で増殖する

 

彼が通り過ぎた土地には、必ず痕が残った。

 

それは、焼け跡のような分かりやすいものではなく、碑文のように刻まれることもなく、ただ人々の言葉の端や、選択の仕方や、沈黙の使い方の中に、静かに、しかし確実に混ざり込んでいく――**「あの人なら、どうしたか」**という、曖昧で、都合のいい想像として。

 

最初に違和感を覚えたのは、小さな町だった。

 

門の前に、三人が座っていた。

老人と、痩せた男と、咳き込む女。

 

誰も、追い払ってはいない。

だが、誰も、迎え入れてもいない。

 

町の人間は、彼を見ると、どこか安堵したように言った。

 

「……ああ、よかった」

 

「あなたが来たなら、

 この人たちも、

 救われるでしょう」

 

その言葉に含まれていたのは、期待ではない。

免責だった。

 

⸻

 

引き渡し

 

彼は、何も言わずに三人を見る。

 

助ければ、

また前例が増える。

 

助けなければ、

ここで終わる。

 

だが、彼が逡巡している間に、町人の一人が言った。

 

「ほら、

 この人が来たから」

 

「もう、

 うちで面倒を見る必要はない」

 

それは、

引き渡しだった。

 

責任を、

彼に。

 

彼は、

その瞬間、理解してしまった。

 

――彼は、

――「救う者」ではなく、

――「引き取り先」になっている。

 

⸻

 

模倣の言葉

 

町の外れで、

別の光景を見る。

 

若い女が、

子どもに言っていた。

 

「大丈夫」

 

「役に立たなくなったら、

 あの人が来る」

 

その声音は、

優しかった。

 

だが、その言葉は――

捨てる準備だった。

 

彼は、

胸の奥が、

冷えていくのを感じた。

 

⸻

 

誤解の完成

 

夜、宿で、

彼は町の代表と話す。

 

「……あなたのやり方は、

 合理的ですね」

 

「無理に全員を守らない」

 

「選べる者だけ、

 選ぶ」

 

彼は、

即座に否定できなかった。

 

なぜなら、

それは半分、事実だったからだ。

 

彼は、

全員を救えていない。

 

彼は、

選んでいる。

 

その現実が、

言葉を奪った。

 

⸻

 

増える余剰

 

翌朝、

町を出るとき、

道端に、

新しい人影があった。

 

昨日はいなかった数だ。

 

彼が来る前には、

村の中で、

ぎりぎりまで抱えられていた人間。

 

だが今は、

外に出されている。

 

理由は、

単純だ。

 

――どうせ、

――あの人が拾う。

 

拾われなければ、

それは――

拾われなかった側の問題。

 

⸻

 

自覚

 

森に入って、

彼は立ち止まる。

 

呼吸が、

浅くなる。

 

自分が、

何をしてしまったのか。

 

彼は、

世界を変えようとしたわけではない。

 

制度を、

作ろうとしたわけでもない。

 

ただ、

目の前の声に、

応えただけだ。

 

それなのに。

 

彼の存在そのものが、

選別を正当化している。

 

彼がいる限り、

「捨ててもいい」という言い訳が、

成立してしまう。

 

⸻

 

祈らない理由

 

彼は、

膝をつく。

 

土に、

手をつく。

 

祈らない。

 

祈れば、

誰かに委ねてしまうからだ。

 

神に。

運命に。

世界に。

 

だが、

これは――

彼がやったことだ。

 

善意で。

無自覚に。

 

⸻

 

壊れる境界

 

そのとき、

声がした。

 

「……あなた」

 

振り返ると、

一人の少年が立っていた。

 

痩せて、

泥だらけで、

それでも目だけは、

必死にこちらを見ている。

 

「ぼく、

 余ってる?」

 

その言葉は、

問いではなかった。

 

確認だった。

 

彼は、

喉が詰まる。

 

返せる言葉が、

一つもなかった。

 

⸻

 

何もできない夜

 

少年を、

連れてはいけない。

 

連れて行けば、

また誰かが、

外に出される。

 

彼は、

少年の前にしゃがむ。

 

「……名前は?」

 

「いらない」

 

即答だった。

 

「どうせ、

 いなくなるから」

 

その夜、

彼は少年を、

町に戻すことも、

連れて行くこともできず、

ただ一緒に、

夜を越した。

 

焚き火もなく、

毛布も一枚。

 

寒さの中で、

少年は眠り、

彼は眠れなかった。

 

⸻

 

朝

 

夜明け、

少年はいなかった。

 

足跡だけが、

森の奥へ続いている。

 

追えない。

 

追えば、

また同じことが起きる。

 

彼は、

その場に立ち尽くし、

長い時間、動けなかった。

 

――救いは、

――善意だけでは、

――足りない。

 

ようやく、

その結論だけが、

胸に残った。

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