まだ、生きてる   作:5734589

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裁定以前

第十四話

 

裁定以前

 

――正しさは、いつも先に結論を持っている

 

呼び出しは、突然だった。

 

使者は丁寧で、言葉遣いも穏やかで、

彼の名を正確に呼び、肩書きすら間違えなかった。

それが、かえって不気味だった。

 

「協議の席に、

 一度、お越しいただきたい」

 

拒否権は、

提示されなかった。

 

 

場所

 

集会所は、

神殿でも、

役所でもなかった。

 

その中間に位置する、

古い石造りの建物。

 

祈りの痕跡と、

行政の埃が、

同じ床に積もっている場所。

 

そこには、

すでに人がいた。

 

教会の監査官。

都市評議会の書記。

貴族の代理人。

冒険者ギルドの連絡役。

 

そして、

誰よりも目立たない場所に、

一人の老人。

 

彼は、

紹介されなかった。

 

だが、

全員が彼の顔色を、

窺っていた。

 

 

言葉の並び方

 

話は、

穏やかに始まった。

 

「あなたの活動は、

 一定の評価を受けています」

 

「実際、

 救われた者も多い」

 

「しかし――」

 

しかし。

 

その一言で、

空気が変わる。

 

「副作用が、

 看過できない」

 

彼は、

何も言わない。

 

言えば、

弁明になる。

 

弁明は、

罪を前提にする。

 

 

数字

 

書記が、

紙を読み上げる。

 

「あなたが訪れた地域で、

 路上放棄件数が、

 平均して三割増加」

 

「直接的因果関係は、

 立証できませんが」

 

「相関は、

 明白です」

 

相関。

 

便利な言葉だった。

 

誰も、

責任を負わなくていい。

 

 

老人の視線

 

沈黙の中、

老人が、

初めて口を開いた。

 

「君は、

 善人だ」

 

断定だった。

 

「だから、

 危険だ」

 

彼は、

視線を上げる。

 

老人の目は、

疲れているが、

曇ってはいなかった。

 

「善人は、

 自分が

 刃であることに、

 気づかない」

 

 

問い

 

老人は、

ゆっくりと続ける。

 

「問おう」

 

「君は、

 誰を救う?」

 

答えは、

簡単なはずだった。

 

だが、

口が、

動かない。

 

獣人。

子ども。

女。

老人。

余剰。

 

弱者。

 

その言葉を、

ここで使えば、

定義される。

 

定義された瞬間、

救えない者が、

生まれる。

 

 

代替案

 

評議員が、

口を挟む。

 

「制度化しましょう」

 

「あなたの活動を、

 管理下に置く」

 

「基準を設け、

 人数を制限し、

 地域ごとに割り当てる」

 

合理的。

整然。

血の匂いがしない。

 

「あなたは、

 その“象徴”として、

 残ってもいい」

 

その言葉が、

最も重かった。

 

――残ってもいい。

 

要らないとは、

言われていない。

 

だが、

自由ではない。

 

 

自覚の遅さ

 

彼は、

ようやく理解する。

 

ここでは、

彼は裁かれていない。

 

調整されている。

 

害があるか、

価値があるか。

 

その天秤の上で、

揺れているだけだ。

 

彼は、

人ではない。

 

変数だ。

 

 

 

気づけば、

彼は口を開いていた。

 

「……救われなかった者は?」

 

誰も、

すぐには答えなかった。

 

老人が、

静かに言う。

 

「統計上、

 許容範囲だ」

 

その一言で、

胸の奥が、

音を立てて崩れた。

 

 

立場の反転

 

彼は、

立っている。

 

だが、

完全に囲まれている。

 

かつて、

救いを乞う者たちが、

向けてきた視線と、

同じものが、

今は彼に集まっている。

 

期待。

評価。

諦観。

 

そして――

責任。

 

 

最後の質問

 

老人が、

締めくくる。

 

「君は、

 選ばれる側に立てるか?」

 

それは、

脅しではなかった。

 

世界からの、

素朴な確認だった。

 

彼は、

答えなかった。

 

答えられなかった。

 

 

裁定以前

 

会議は、

結論を出さずに終わった。

 

だが、

彼は分かっていた。

 

もう、

 戻れない。

 

守る者としても、

拾う者としても。

 

次にここへ来るとき、

それは――

裁定のためだ。

 

彼は、

建物を出る。

 

外は、

夕暮れ。

 

人々は、

いつも通りに歩いている。

 

誰も、

彼が今、

何を失ったかを、

知らない。

 

それが、

何よりも、

重かった。

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