まだ、生きてる   作:5734589

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拒否

第十五話

 

拒否

 

――選ばなかったという選択は、必ず誰かを殺す

 

裁定の知らせは、

正式な文書では届かなかった。

 

噂として、

視線として、

街道の空気の変化として、

彼のもとに滲み出てきた。

 

彼は、

「管理下に入ることを拒否した」。

 

それだけの事実が、

あらゆる解釈を伴って広がっていく。

 

――頑固者。

――理想主義者。

――協調性のない異端。

――危険思想。

 

どれも、

半分ずつ、

正しかった。

 

 

早すぎる変化

 

最初に変わったのは、

町の門だった。

 

以前なら、

彼を見ると

わずかに開いていた扉が、

今は、閉じられたままになる。

 

「……今日は、

 人手が足りなくて」

 

理由は、

いつも曖昧だった。

 

彼は、

抗議しない。

 

抗議すれば、

「例外」を要求することになる。

 

例外は、

制度の最初の刃だ。

 

 

名を呼ばれない者たち

 

街道沿いで、

彼は三人を見つける。

 

母親と、

十歳にも満たない子ども二人。

 

衣服は、

まだ新しい。

 

つまり――

切り捨てられたばかりだ。

 

母親は、

彼を見るなり、

膝をつく。

 

「……助けて」

 

その言葉は、

祈りでも、

命乞いでもなかった。

 

当然の手順として、

発せられている。

 

彼は、

一歩、近づく。

 

だが、

その瞬間、

後ろから声がした。

 

「その人は、

 もう引き受けない」

 

町の兵士だった。

 

若い。

まだ、

迷いが残っている顔。

 

「決まりなんだ」

 

「基準外の者は、

 ここに留めない」

 

 

境界線

 

彼は、

兵士を見る。

 

「……この人たちは?」

 

「余剰です」

 

その言葉を、

兵士は、

苦もなく口にした。

 

彼は、

ゆっくりと息を吐く。

 

怒りは、

湧かなかった。

 

ただ、

確認が一つ、

終わっただけだ。

 

 

連れて行けない理由

 

彼は、

母親に向き直る。

 

連れて行けば、

また同じことが起きる。

 

町は、

より早く、

より軽く、

切るようになる。

 

彼は、

それを、

もう見ている。

 

だが、

連れて行かなければ、

この夜を越えられない。

 

どちらを選んでも、

誰かは死ぬ。

 

その事実が、

彼の胸を、

静かに圧迫する。

 

 

選択

 

彼は、

子どもたちの目を見る。

 

怯え。

期待。

何も知らない。

 

彼は、

一人の子に、

小さな包みを渡す。

 

乾いたパンと、

水袋。

 

「……森を抜けろ」

 

「川を越えたら、

 古い小屋がある」

 

母親は、

すぐに理解した。

 

「あなたは……?」

 

彼は、

首を振る。

 

「俺は、

 ここまでだ」

 

 

背中

 

三人は、

歩き出す。

 

振り返らない。

 

振り返れば、

期待が残るからだ。

 

彼は、

その背中が、

夜に溶けるまで、

動けなかった。

 

助けたとは、

言えない。

 

だが、

見捨てたとも、

言えない。

 

その中間に、

彼は立っていた。

 

 

遅れてくる報い

 

翌朝、

街道で、

噂を聞く。

 

「……昨夜、

 川で」

 

「流されたらしい」

 

詳細は、

語られなかった。

 

語られなかったことが、

すべてだった。

 

彼は、

足を止める。

 

胸の奥で、

何かが、

確かに折れた。

 

 

 

その夜、

彼は一人で、

雨の中に立つ。

 

火を起こさない。

 

濡れたまま、

立ち尽くす。

 

祈らない。

 

祈れば、

許しを求めてしまう。

 

彼には、

それをする資格がない。

 

 

それでも残るもの

 

夜明け前、

彼は動き出す。

 

足は、

重い。

 

だが、

止まらない。

 

なぜなら――

声は、

 まだ聞こえてしまうからだ。

 

彼は、

弱者を守れなかった。

 

だが、

弱者を切り捨てる側にも、

ならなかった。

 

その中途半端さが、

彼を、

生かしている。

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