まだ、生きてる   作:5734589

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目撃者

第十七話

 

目撃者

 

――それは、受け取ってはいけないものだった

 

彼は、気づかなかった。

 

それが、

彼の失敗だった。

 

 

同じ夜

 

その夜も、

彼は一人だった。

 

街道から外れ、

水の音が遠くなる場所。

獣も、人も、

あまり近づかない地形。

 

そこで、

彼は火を起こした。

 

小さく。

短く。

煙が立たないように。

 

そして、

倒れていた老人の腹を、

黙って縫った。

 

言葉は、

一切交わさない。

 

名前も、

来歴も、

理由も。

 

それらはすべて、

制度に繋がる。

 

彼がやっているのは、

繋がらない行為だった。

 

 

視線

 

縫合を終え、

血を拭き、

老人の呼吸が安定したころ。

 

彼は、

背中に、

違和感を覚えた。

 

振り返る。

 

少し離れた木陰に、

人影があった。

 

若い女。

いや、

少女と言っていい年齢。

 

身なりは、

良くも悪くもない。

 

つまり、

どこにでもいる。

 

彼女は、

逃げなかった。

 

ただ、

立っていた。

 

 

声を出さない理由

 

彼は、

何も言わない。

 

声を出せば、

ここが場所になる。

 

場所になれば、

やり方になる。

 

やり方になれば、

真似される。

 

彼女も、

何も言わなかった。

 

ただ、

見ていた。

 

老人の胸が、

上下するのを。

 

彼の手が、

血に濡れているのを。

 

 

気づいてしまった目

 

縫い終え、

彼が立ち上がると、

少女は、

一歩だけ前に出た。

 

「……それ」

 

彼は、

止まる。

 

「それ、

 教会のでも、

 制度のでも、

 ないですよね」

 

質問ではなかった。

 

確認だった。

 

彼は、

答えない。

 

答えれば、

肯定になる。

 

 

間違い

 

少女は、

続ける。

 

「でも、

 ちゃんと、生きてます」

 

その言葉が、

彼の中で、

ひどく重く響いた。

 

生きている。

 

それは、

結果だ。

 

彼は、

結果を、

評価されたくなかった。

 

評価は、

模倣を呼ぶ。

 

 

拒絶

 

彼は、

低く言う。

 

「……見なかったことにしろ」

 

声は、

強くなかった。

 

だが、

拒絶だった。

 

少女は、

一瞬、

唇を噛む。

 

「……無理です」

 

即答だった。

 

「もう、

 見ちゃったから」

 

 

危険な理解

 

彼は、

初めて、

少女の目を、

正面から見る。

 

そこには、

憧れも、

善意も、

使命感もなかった。

 

ただ、

理解があった。

 

「誰にも言えないやつですね」

 

少女は、

そう言った。

 

「だから、

 大きくならない」

 

「でも――」

 

そこで、

言葉を切る。

 

彼は、

続きを、

聞きたくなかった。

 

 

線を引く

 

「……真似するな」

 

それだけを、

彼は言う。

 

少女は、

少し考えてから、

首を振った。

 

「真似、

 できません」

 

「だって、

 これ、

 損しかない」

 

その言葉は、

正しかった。

 

評価されない。

感謝も残らない。

記録も、

継承も、

意味もない。

 

それでも、

やってしまう。

 

そんな行為は、

制度にならない。

 

 

別れ

 

夜が明ける前、

老人が、

目を覚ました。

 

少女は、

その姿を、

最後まで見届けてから、

何も言わずに、

森へ消えた。

 

名前も、

聞けなかった。

 

聞かなかった。

 

 

残ったもの

 

彼は、

一人になる。

 

いつもと、

同じはずだった。

 

だが、

胸の奥に、

小さな異物が残っている。

 

誰かが、

 気づいてしまった。

 

それは、

継承ではない。

 

希望でもない。

 

ただ、

もう一人、

同じ重さを知った人間が、

世界に増えただけだ。

 

 

それでも歩く

 

彼は、

荷を背負い、

歩き出す。

 

もう、

完全に一人ではない。

 

だが、

連れは、

作らない。

 

彼のやり方は、

孤独でなければ、

成立しない。

 

それを、

誰よりも、

彼自身が知っている。

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