第十七話
目撃者
――それは、受け取ってはいけないものだった
彼は、気づかなかった。
それが、
彼の失敗だった。
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同じ夜
その夜も、
彼は一人だった。
街道から外れ、
水の音が遠くなる場所。
獣も、人も、
あまり近づかない地形。
そこで、
彼は火を起こした。
小さく。
短く。
煙が立たないように。
そして、
倒れていた老人の腹を、
黙って縫った。
言葉は、
一切交わさない。
名前も、
来歴も、
理由も。
それらはすべて、
制度に繋がる。
彼がやっているのは、
繋がらない行為だった。
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視線
縫合を終え、
血を拭き、
老人の呼吸が安定したころ。
彼は、
背中に、
違和感を覚えた。
振り返る。
少し離れた木陰に、
人影があった。
若い女。
いや、
少女と言っていい年齢。
身なりは、
良くも悪くもない。
つまり、
どこにでもいる。
彼女は、
逃げなかった。
ただ、
立っていた。
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声を出さない理由
彼は、
何も言わない。
声を出せば、
ここが場所になる。
場所になれば、
やり方になる。
やり方になれば、
真似される。
彼女も、
何も言わなかった。
ただ、
見ていた。
老人の胸が、
上下するのを。
彼の手が、
血に濡れているのを。
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気づいてしまった目
縫い終え、
彼が立ち上がると、
少女は、
一歩だけ前に出た。
「……それ」
彼は、
止まる。
「それ、
教会のでも、
制度のでも、
ないですよね」
質問ではなかった。
確認だった。
彼は、
答えない。
答えれば、
肯定になる。
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間違い
少女は、
続ける。
「でも、
ちゃんと、生きてます」
その言葉が、
彼の中で、
ひどく重く響いた。
生きている。
それは、
結果だ。
彼は、
結果を、
評価されたくなかった。
評価は、
模倣を呼ぶ。
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拒絶
彼は、
低く言う。
「……見なかったことにしろ」
声は、
強くなかった。
だが、
拒絶だった。
少女は、
一瞬、
唇を噛む。
「……無理です」
即答だった。
「もう、
見ちゃったから」
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危険な理解
彼は、
初めて、
少女の目を、
正面から見る。
そこには、
憧れも、
善意も、
使命感もなかった。
ただ、
理解があった。
「誰にも言えないやつですね」
少女は、
そう言った。
「だから、
大きくならない」
「でも――」
そこで、
言葉を切る。
彼は、
続きを、
聞きたくなかった。
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線を引く
「……真似するな」
それだけを、
彼は言う。
少女は、
少し考えてから、
首を振った。
「真似、
できません」
「だって、
これ、
損しかない」
その言葉は、
正しかった。
評価されない。
感謝も残らない。
記録も、
継承も、
意味もない。
それでも、
やってしまう。
そんな行為は、
制度にならない。
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別れ
夜が明ける前、
老人が、
目を覚ました。
少女は、
その姿を、
最後まで見届けてから、
何も言わずに、
森へ消えた。
名前も、
聞けなかった。
聞かなかった。
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残ったもの
彼は、
一人になる。
いつもと、
同じはずだった。
だが、
胸の奥に、
小さな異物が残っている。
誰かが、
気づいてしまった。
それは、
継承ではない。
希望でもない。
ただ、
もう一人、
同じ重さを知った人間が、
世界に増えただけだ。
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それでも歩く
彼は、
荷を背負い、
歩き出す。
もう、
完全に一人ではない。
だが、
連れは、
作らない。
彼のやり方は、
孤独でなければ、
成立しない。
それを、
誰よりも、
彼自身が知っている。