まだ、生きてる   作:5734589

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まだ、生きている

最終話

 

まだ、生きている

 

――終わりは、完成ではなかった

 

その朝、

彼は、

起き上がれなかった。

 

理由は、

分からない。

 

痛みがあるわけでも、

怪我をしたわけでもない。

熱も、

悪寒もない。

 

ただ、

身体が、

地面から離れることを、

拒んでいた。

 

 

受け取る側

 

どれくらい、

そうしていたのか。

 

時間は、

もう彼の尺度では、

測れなかった。

 

視界の端に、

影が差す。

 

誰かが、

近づいてくる。

 

彼は、

声を出そうとして、

やめた。

 

声を出せば、

関係が生まれる。

 

関係は、

期待になる。

 

期待は、

刃だ。

 

 

 

影の主は、

黙っていた。

 

そして、

彼の肩に、

何かを掛けた。

 

古い外套。

重くも、

新しくもない。

 

誰のものか、

分からない。

 

だが、

確かに、

温度があった。

 

彼は、

それを、

振り払わなかった。

 

 

少女ではない誰か

 

視線を上げると、

そこにいたのは、

若くもなく、

老いてもいない人間だった。

 

男か女かも、

はっきりしない。

 

ただ、

目が、

静かだった。

 

「……無理に、

 動かなくていい」

 

そう言われた。

 

命令でも、

哀れみでもなかった。

 

事実の提示だった。

 

 

拒否しない理由

 

彼は、

外套に包まれたまま、

目を閉じる。

 

拒否する理由が、

見つからなかった。

 

受け取ることが、

次の制度を生むなら、

拒否すべきだった。

 

だが、

これは――

制度にならない。

 

一度きりで、

名前も、

意味も、

残らない。

 

それが、

分かった。

 

 

何も語られない時間

 

その人は、

火を起こした。

 

大きくない火。

 

慣れていない手つき。

 

それでも、

十分だった。

 

彼は、

久しぶりに、

完全に眠った。

 

夢は、

見なかった。

 

 

目覚め

 

目を覚ましたとき、

火は、

すでに消えていた。

 

外套は、

丁寧に畳まれ、

彼の脇に置かれている。

 

その人の姿は、

なかった。

 

名前も、

行き先も、

分からない。

 

分からないままで、

よかった。

 

 

最後の仕事

 

その日、

彼は、

ゆっくりと歩いた。

 

足取りは、

以前より、

確実に遅い。

 

それでも、

声は、

聞こえてしまう。

 

森の縁で、

倒れている人影。

 

若い。

痩せている。

理由は、

分からない。

 

彼は、

膝をつき、

確認する。

 

生きている。

 

それだけで、

十分だった。

 

 

縫う

 

手は、

震えていた。

 

以前より、

はっきりと。

 

それでも、

止まらない。

 

縫い目は、

歪む。

 

だが、

止血は、

できる。

 

生きる分には、

足りる。

 

彼は、

それ以上を、

望まなかった。

 

 

言葉

 

作業が終わったころ、

その人が、

目を開く。

 

怯えた目。

 

彼は、

視線を合わせない。

 

「……助かった」

 

その人は、

そう言った。

 

彼は、

少し間を置く。

 

息を、

一つ、

整える。

 

 

答え

 

「いや」

 

声は、

低く、

掠れていた。

 

「まだ、

 生きてるだけだ」

 

それ以上は、

言わない。

 

それ以上を、

言えば、

完成してしまう。

 

 

静けさ

 

夜が来る。

 

彼は、

火を起こさない。

 

ただ、

外套に包まり、

呼吸を数える。

 

世界は、

何も変わっていない。

 

差別も、

制度も、

余剰も、

まだ、

そこにある。

 

彼一人で、

それらは、

動かせなかった。

 

 

それでも

 

それでも、

今日、

一人は、

死ななかった。

 

理由は、

説明できない。

 

正義でも、

信仰でも、

制度でもない。

 

ただ、

誰かが、

手を伸ばした。

 

それだけだ。

 

 

終わらない終わり

 

彼は、

目を閉じる。

 

明日、

動けるかは、

分からない。

 

声を、

聞けるかも、

分からない。

 

だが、

それでいい。

 

彼の物語は、

完成しなかった。

 

完成しないまま、

地面に、

静かに、

置かれた。

 

まだ、

生きている命の、

そばに。

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