まだ、生きてる   作:5734589

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番外編 血帽子譚
境界に立つもの


番外編 血帽子譚

 

第一話

 

境界に立つもの

 

彼がいなくなってから、

世界は、特に変わらなかった。

 

差別は残り、

制度は更新され、

弱い者は、相変わらず選ばれなかった。

 

ただ一つ違ったのは、

夜の質だった。

 

街道が、

以前よりも、

静かになった。

 

人々はそれを、

治安の改善だと呼んだ。

巡察が増えたのだと、

裁定が厳しくなったのだと。

 

誰も、

別の可能性を口にしなかった。

 

⸻

 

最初の死体が見つかったのは、

廃れた関所の近くだった。

 

子どもだった。

獣人でも、

罪人でも、

指名手配犯でもない。

 

ただ、

夜を越えられなかっただけの命。

 

頭部に、

外傷は少ない。

 

だが、

首から下は、

奇妙に乾いていた。

 

血が、

抜かれている。

 

⸻

 

「獣の仕業だろう」

 

誰かが言った。

 

それで、

話は終わった。

 

⸻

 

二人目は、

逃亡奴隷だった。

 

鎖は、

切れていた。

 

自由に、

なった直後だったのだろう。

 

死体は、

橋の下で見つかった。

 

頭に、

赤い布切れが、

絡みついていた。

 

血で、

濡れている。

 

布の色なのか、

血の色なのか、

判別がつかない。

 

⸻

 

三人目で、

人々は気づき始める。

 

共通点がある。

 

皆、

一人だった。

 

⸻

 

夜、

見張りが立てられるようになった。

 

たいまつの数が増え、

祈りの声が、

やたらと大きくなる。

 

だが、

それでも、

足音は聞こえる。

 

鉄が、

地面を打つ音。

 

重く、

規則正しく、

逃げ場を与えない音。

 

⸻

 

ある夜、

見張りの一人が、

帰ってこなかった。

 

翌朝、

彼は、

関所の壁に、

腰掛けるような姿勢で、

発見された。

 

死因は、

同じだった。

 

血を、

失っている。

 

そして、

彼の頭には――

赤い帽子が、

被せられていた。

 

サイズが、

合っていない。

 

まるで、

誰かのものを、

無理やり載せたように。

 

⸻

 

噂が、

名前を持ち始める。

 

血帽子。

赤頭。

境界の歩哨。

 

どれも、

正確ではない。

 

だが、

人々は、

それを呼ばずにはいられなかった。

 

呼べば、

少しだけ、

恐怖が整理されるからだ。

 

⸻

 

その夜、

森の縁で、

一人の女が、

足を止める。

 

年若い。

だが、

子どもではない。

 

火を起こす。

大きくない火。

 

誰かが、

かつてやっていたような、

控えめな火。

 

彼女は、

祈らない。

 

代わりに、

耳を澄ます。

 

そして、

聞いてしまう。

 

鉄の足音を。

 

⸻

 

闇の向こうで、

赤いものが、

揺れる。

 

小さい。

 

だが、

異様に、

はっきりしている。

 

彼女は、

逃げなかった。

 

逃げても、

無駄だと、

知っている目だった。

 

⸻

 

「……来たの?」

 

声が、

震えなかったのは、

慣れではない。

 

理解だ。

 

赤い帽子の下で、

何かが、

歪んだ笑みを作る。

 

声が、

返ってくる。

 

鉄を、

擦るような声。

 

「おまえは、

まだ、

選ばれていない」

 

彼女は、

一歩も、

動かなかった。

 

火の明かりが、

赤を、

より濃く照らす。

 

それは、

血の色だった。

 

誰のものか、

数え切れない血の色。

 

⸻

 

彼女は、

静かに言う。

 

「……遅かった人の、

 集合体ね」

 

赤頭が、

一瞬、

動きを止める。

 

理解された、

という事実に。

 

⸻

 

「あの人は、

もう、

いない」

 

彼女は、

続ける。

 

「でも、

まだ、

生きてる命は、

ある」

 

赤い影が、

一歩、

近づく。

 

鉄靴が、

火花を散らす。

 

⸻

 

「だから、

あなたは、

消えない」

 

それは、

断罪ではない。

 

祝福でも、

慰めでもない。

 

ただの、

確認だった。

 

⸻

 

赤頭は、

笑った。

 

初めて、

明確に。

 

「そうだ」

 

「だから、

俺は、

ここにいる」

 

火が、

揺れる。

 

影が、

重なる。

 

夜は、

まだ、

終わらない。

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