まだ、生きてる   作:5734589

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ルグ=ネル

第四話

 

ルグ=ネル ――灰塚に名前は残らない

 

ルグ=ネルは、死なない街だった。

 

正確に言えば、

人が殺されることは、ほとんどない。

 

街道の分岐点に築かれたその街は、交易で栄え、倉庫が並び、薬草と穀物の集積地として知られていた。見た目は穏やかで、治安もいい。冒険者ギルドの掲示板にも、血なまぐさい依頼は少ない。

 

だが、噂があった。

 

――あの街では、人が消える。

――死体は出ない。

――でも、戻ってこない。

 

彼がルグ=ネルに足を踏み入れたのは、

湿原を離れてから数日後のことだった。

 

門番は丁寧だった。

検問も形式的で、賄賂の匂いもしない。

 

「治安維持のためです」

「ご協力を」

 

それが、この街の合言葉だった。

 

街の中心には、白い建物がある。

病院に似ているが、違う。

宗教施設でもない。

役所にしては、人の出入りが少なすぎる。

 

――調整局。

 

そう呼ばれていた。

 

彼は、まず冒険者ギルドへ向かった。

依頼を受けるためではない。

記録を見るためだ。

 

過去半年分の依頼達成率。

死亡率。

負傷率。

 

数字は、理想的だった。

 

「……おかしいな」

 

彼は、独り言のように呟く。

 

戦闘依頼がある以上、

死者がゼロということはない。

だが、ここでは“処理済み”という欄が、

異様に多い。

 

受付の職員に、

何気なく聞いてみる。

 

「この“処理済み”って?」

 

職員は、少しだけ間を置いた。

 

「回復不能、

 もしくは社会復帰が困難と

 判断された方です」

 

「……死んだ?」

 

「いいえ」

 

即答だった。

 

「生きています」

 

彼は、それ以上聞かなかった。

 

代わりに、街を歩いた。

 

路地裏。

倉庫街。

炊き出しの列。

 

そこに、いない。

 

本来なら、

いるはずの人間が。

 

傷病者。

老いた冒険者。

仕事を失った者。

 

誰も、

路上で野垂れ死にしていない。

 

それが、この街の“誇り”だった。

 

夜。

彼は、調整局の裏手に回った。

 

鍵は、甘い。

侵入を想定していない。

 

中は、清潔だった。

白い廊下。

消毒薬の匂い。

 

そして、

無数の記録棚。

 

名前。

年齢。

種族。

職業。

 

そして、

最後の欄。

 

――「進行喪失」。

 

彼は、その言葉を何度も見た。

 

進行喪失。

精神崩壊ではない。

死亡でもない。

 

進む力を失った、という判定。

 

奥の部屋で、

人の気配がした。

 

彼は、扉を開ける。

 

そこには、

十数人が座っていた。

 

静かに。

指示を待つように。

 

目は開いている。

呼吸も正常。

傷も、ない。

 

だが――

自分から動かない。

 

「……質問いい?」

 

彼が声をかける。

 

反応は、遅い。

 

一人が、

ゆっくりと顔を上げる。

 

「……はい」

 

「ここは、どこだ?」

 

「……保護施設です」

 

「何をしてる?」

 

「……待っています」

 

「何を?」

 

答えは、返ってこなかった。

 

彼は、理解した。

 

ここでは、

人を“治さない”。

 

代わりに、

危険でなくなるまで削る。

 

恐怖。

怒り。

反抗。

選択。

 

それらを、

“社会不適合”として

切り落とす。

 

そうすれば、

暴れない。

不満を言わない。

問題を起こさない。

 

死なないから、

誰も文句を言えない。

 

彼は、

調整責任者に会った。

 

穏やかな中年の男だった。

 

「我々は、

 街を守っているだけです」

 

「彼らは?」

 

「救われた人々です」

 

男は、胸を張る。

 

「放置すれば、

 犯罪者になっていた」

 

「あるいは、

 野垂れ死にしていた」

 

「我々は、

 その“可能性”を

 取り除いたのです」

 

彼は、男を見つめる。

 

「可能性ごと、

 命を削って?」

 

男は、少しだけ困った顔をした。

 

「……理想論ですね」

 

「理想は、

 現実の前では

 人を殺す」

 

その言葉に、

彼は静かに返す。

 

「ここでは、

 殺してないつもりだろう」

 

「でも――

 戻れない場所に送ってる」

 

男は、否定しなかった。

 

「秩序のためです」

 

その夜、

彼は行動した。

 

派手な破壊はしない。

暴動も起こさない。

 

代わりに、

調査官を呼んだ。

 

外部の。

教会とも、街とも

完全に距離のある者。

 

水源の時と、同じだ。

 

証拠。

記録。

数字。

 

裁定は、下った。

 

調整局は、

一時停止。

 

だが、

責任者は罰せられない。

 

「善意だった」

「前例がない」

 

お決まりの結論。

 

彼は、

裁定の行方を見届け、

街を離れた。

 

ルグ=ネルは、

今も存在している。

 

形を変え、

名前を変え、

きっとまた、

同じことをするだろう。

 

街道を歩きながら、

彼は思う。

 

――殺さないことは、

――救いじゃない。

 

――選ばせないことは、

――守護じゃない。

 

灰塚に、

墓標は立たない。

 

名前も、

残らない。

 

だが、

彼は覚えている。

 

それで、

十分だった。

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