まだ、生きてる   作:5734589

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契約都市ヴァル=ケイン(前編)

第五話

 

契約都市ヴァル=ケイン ――楽になる代償

 

ヴァル=ケインの城壁は、白かった。

 

石は丁寧に磨かれ、

ひび割れ一つなく、

陽光を反射して眩しいほどだ。

 

高い壁。

整った門。

武装した兵士たち。

 

だが、

彼が最初に感じたのは、

威圧ではない。

 

安心だった。

 

――ここでは、

――争わなくて済む。

 

そう思わせる空気が、

街全体に張り付いている。

 

門前の掲示板には、

大きな文字でこう書かれていた。

 

「本市において、

契約は命に優先する」

 

守る、ではない。

導く、でもない。

 

優先する。

 

彼は、その言葉を一度だけ読み、

目を逸らした。

 

 

奴隷市場

 

街の外れ。

城壁の影に沿うように、

市場が広がっている。

 

叫び声はない。

鎖の音も、ほとんど聞こえない。

 

奴隷たちは、

檻ではなく、

区画に分けられて座っていた。

 

年齢。

種族。

技能。

 

札に書かれているのは、

それだけだ。

 

価格表も、

合理的だった。

 

「労働可能年数」

「再教育コスト」

「契約適応率」

 

彼は、

客の顔を見る。

 

商人。

職人。

そして――

役人。

 

誰も、

後ろめたそうな顔をしていない。

 

ここでは、

奴隷制は

管理された制度だ。

 

彼は、

目星を入れる。

 

視線を合わせない者。

名前を呼ばれても、

反応が遅れる者。

 

恐怖ではない。

諦めでもない。

 

待機。

 

誰かが、

何かを決めてくれるのを。

 

 

違和感

 

彼は、

一人の獣人に声をかけた。

 

「自由になりたいか?」

 

質問は、単純だ。

 

だが、

返答は返ってこない。

 

獣人は、

少し考えてから言った。

 

「……契約が、

 更新されるなら」

 

「それで、

 問題ありません」

 

更新。

 

自由よりも、

継続を選ぶ言葉。

 

彼は、

それ以上聞かなかった。

 

聞いてしまえば、

答えが分かってしまう。

 

 

教会監査

 

翌日。

彼は、教会監査に同行する。

 

形式上、

ヴァル=ケインは

教会の直轄ではない。

 

だが、

教義に反する可能性がある以上、

無視はできない。

 

監査官は、

淡々としていた。

 

「暴力は?」

 

「ありません」

 

「反乱は?」

 

「ありません」

 

「死者は?」

 

「ほぼゼロです」

 

完璧な答え。

 

記録も整っている。

数値も、

理想的だ。

 

だが、

彼は気づく。

 

欠けている数字がある。

 

「精神崩壊率は?」

 

監査官が、

一瞬だけ言葉に詰まる。

 

「……該当しません」

 

「なぜ?」

 

「崩壊する前に、

 調整されるので」

 

その言葉で、

彼の中の何かが、

はっきりと形を持った。

 

 

調整室

 

調整室は、

静かだった。

 

白い壁。

柔らかい光。

 

ルグ=ネルと、

似ている。

 

だが、

決定的に違う点がある。

 

ここでは、

本人が契約に同意している。

 

紙に署名し、

説明を受け、

同意の印を押す。

 

「自由意思による契約です」

 

担当官は、

胸を張る。

 

「我々は、

 強制していません」

 

彼は、

調整を受けた男と話す。

 

「不満は?」

 

男は、首を振る。

 

「ありません」

 

「苦しくないか?」

 

「楽です」

 

「考えなくていい」

 

その最後の言葉が、

一番重かった。

 

 

内部告発者

 

夜。

文書庫。

 

彼は、

一人の若い法務官と向き合っていた。

 

エリス・ハルヴェイン。

 

彼女は、

紙の山に囲まれ、

疲れ切った顔をしている。

 

「……私は、

 間違っているんでしょうか」

 

彼女は、

小さな声で言う。

 

「制度は、

 機能しています」

 

「街は、

 平和です」

 

「でも……」

 

彼は、

問いだけを投げる。

 

「完全調整が再開されたら、

 君は

 何人を“無事”と書ける?」

 

エリスは、

答えられなかった。

 

沈黙が、

長く続く。

 

やがて、

彼女は言った。

 

「……書類は、

 私が管理しています」

 

その瞬間、

彼は理解した。

 

――ここが、

――分岐点だ。

 

 

静かな夜

 

街は、

いつも通り静かだった。

 

人々は、

安心して眠りにつく。

 

争いも、

悲鳴もない。

 

だが、

彼には分かる。

 

ここでは、

苦しむ前に、壊される。

 

彼は、

盾に手を置く。

 

祈りは、

捧げない。

 

代わりに、

人を守る準備をする。

 

この街は、

次の歪みの中心になる。

 

そう確信しながら。

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