まだ、生きてる   作:5734589

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黒市の地

第七話

 

黒市の地ヘル=ザード

 

――悪は、言い訳をしない

 

その土地に、

正式な名前はなかった。

 

地図には載らず、

街道標にも記されない。

 

人は、

ただそう呼ぶ。

 

――ヘル=ザード。

――黒市の地。

 

砂と岩に囲まれた盆地。

外からは見えないが、

一度入れば、

逃げ道がない。

 

彼が足を踏み入れたとき、

最初に感じたのは――

匂いだった。

 

血。

汗。

薬草と鉄錆。

 

そして、

人が商品になる匂い。

 

 

奴隷市場・裏

 

ここには、

表の市場すら存在しない。

 

露店。

天幕。

檻。

 

叫び声も、

隠されない。

 

「獣人だ!」

「若いぞ!」

「歯も揃ってる!」

 

値札は、

乱暴にぶら下げられている。

 

誰も、

合理性を装わない。

 

ここでは、

欲しいから買う。

 

それだけだ。

 

彼は、

フードを深くかぶる。

 

目星を入れる。

 

貴族はいない。

だが――

貴族の使いはいる。

 

紋章を隠した指輪。

護衛だけが立派な一団。

 

教会関係者も、

いる。

 

聖印を外しただけの者が。

 

 

商品以下

 

檻の中に、

獣人の子供がいた。

 

痩せている。

だが、

目はまだ死んでいない。

 

彼は、

檻の前で立ち止まる。

 

商人が、

ニヤつく。

 

「坊主、

 見る目あるな」

 

「そいつは、

 従順だぞ」

 

彼は、

低く問う。

 

「何人、

 死んだ?」

 

商人は、

笑った。

 

「数えてねぇ」

 

その瞬間、

彼の中で、

何かが切れた。

 

 

交渉

 

彼は、

金を出す。

 

「全員だ」

 

商人は、

一瞬驚き、

すぐに首を振る。

 

「無理だ」

 

「ここじゃ、

 命は安いが――」

 

「市場は高い」

 

彼は、

金をしまう。

 

「なら、

 交渉じゃない」

 

 

 

その夜、

火が上がった。

 

倉庫が一つ。

次に、

檻の列。

 

混乱。

悲鳴。

怒号。

 

彼は、

盾を前に出し、

棍棒を振るう。

 

殺さない。

 

だが、

骨は折る。

 

逃げようとする奴隷商は、

片手斧で

足を止める。

 

――生きてはいる。

――逃げられないだけだ。

 

 

解放

 

檻を壊す。

 

鍵を開ける。

 

「走れ」

 

それだけ言う。

 

泣く者も、

叫ぶ者もいる。

 

彼は、

背中を押す。

 

「生きろ」

 

「それだけでいい」

 

 

代償

 

兵が来た。

 

正規軍ではない。

雇われ。

 

金で動く連中だ。

 

彼は、

囲まれる。

 

多勢に無勢。

 

盾は、

何度も打たれ、

棍棒は、

血で滑る。

 

精神が、

削れていく。

 

理不尽。

暴力。

終わらない悪意。

 

彼は、

耐えた。

 

理由は一つ。

 

――ここで倒れたら、

――誰も残らない。

 

 

焼け跡

 

夜明け。

 

ヘル=ザードは、

半分が焼けていた。

 

市場は、

壊滅。

 

だが、

全滅ではない。

 

悪は、

逃げ足が速い。

 

彼は、

瓦礫の中で座り込む。

 

肩で息をしながら、

呟く。

 

「……全部は、

 救えないな」

 

返事はない。

 

だが、

遠くで――

獣人たちが、

走っていく背中が見えた。

 

 

静かな怒り

 

彼は、

立ち上がる。

 

傷は多い。

心も、

削れている。

 

だが、

目は澄んでいた。

 

ここでは、

裁定は下らない。

 

正義も、

制度も、

来ない。

 

それでも。

 

彼は、

次へ進む。

 

悪が、

堂々と笑っている場所へ。

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