まだ、生きてる   作:5734589

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名を持つ異端

第八話

 

名を持つ異端

 

――それでも、彼は祈らない

 

ヘル=ザードを出て三日。

彼は、ほとんど眠っていなかった。

 

眠れない、というより――

目を閉じる理由がなかった。

 

焚き火の前で座り、

湯を沸かし、

水を飲む。

 

ただそれだけの時間が、

妙に長く感じられた。

 

夜になると、

助けた獣人たちの背中が思い浮かぶ。

 

走る姿。

振り返らない姿。

 

――それでいい。

そう思う一方で、

胸の奥に、

黒い澱が沈んでいく。

 

助けられなかった者たち。

燃え残った檻。

逃げ延びた商人の笑い声。

 

それらが、

静かに、確実に、

彼を削っていた。

 

 

噂は、早い

 

次の街で、

彼は知った。

 

酒場の隅。

小声の会話。

 

「……あの異端、

 聞いたか?」

 

「盾持ちの聖職者だろ?」

 

「黒市を燃やしたって」

 

彼は、

杯を置く。

 

耳を澄ます。

 

「獣人を逃がしたらしい」

 

「教会の顔に泥だ」

 

「でも……」

 

声が、少しだけ下がる。

 

「助かった奴も、

 いるらしいぞ」

 

それで、十分だった。

 

 

追う者たち

 

夜。

宿を出たとき、

彼は気配を感じた。

 

足音が、

一つ、二つ。

 

隠そうともしていない。

 

「……出てきな」

 

路地の奥から、

三人の男が現れる。

 

傭兵。

装備は軽いが、

動きに無駄がない。

 

「賞金首になった気分はどうだ?」

 

彼は、

肩をすくめる。

 

「そんな立派なこと、

 した覚えはない」

 

男の一人が、

紙を投げる。

 

簡易な手配書。

 

特徴。

装備。

行動傾向。

 

そして、

呼び名。

 

――獣人の守護者。

 

彼は、

一瞬だけ目を伏せる。

 

「……勝手に、

 名前をつけるな」

 

 

衝突

 

戦いは、短かった。

 

彼は、

殺さない。

 

だが、

容赦もしない。

 

盾で距離を詰め、

棍棒で腕を打つ。

 

動けなくなったところで、

地面に伏せさせる。

 

最後の一人が、

震えながら言った。

 

「……なあ」

 

「どうして、

 そこまでやる?」

 

彼は、

答えない。

 

代わりに、

男の背を押す。

 

「帰れ」

 

それだけだ。

 

 

聖堂跡

 

街を離れ、

廃れた聖堂で夜を明かす。

 

崩れた屋根。

欠けた祭壇。

 

かつては、

祈りが捧げられていた場所。

 

彼は、

膝をつかない。

 

祈らない。

 

ただ、

壁に背を預け、

目を閉じる。

 

――自分は、

――何者になった?

 

答えは、

返ってこない。

 

 

手紙

 

翌朝。

祭壇の上に、

一通の手紙が置かれていた。

 

誰かが、

夜のうちに来たらしい。

 

簡素な文字。

 

「あなたを、

異端と呼ぶ者がいます」

 

「英雄と呼ぶ者もいます」

 

「どちらも、

あなたを縛る言葉です」

 

「どうか、

名を持たないままでいてください」

 

署名はない。

 

だが、

彼には分かった。

 

――エリスだ。

 

彼は、

紙を畳み、

懐に入れる。

 

 

それでも、進む

 

街道に出ると、

空は曇っていた。

 

次の土地の噂が、

すでにある。

 

――貴族領。

――教会と手を組んだ、

――「清浄区」。

 

そこでは、

獣人が“保護”されているらしい。

 

守られている。

隔離されている。

 

彼は、

歩き出す。

 

盾の重みを、

確かめながら。

 

名を与えられても、

役割を押し付けられても。

 

それでも。

 

彼は、

祈らない。

 

代わりに、

選び続ける。

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