第十四話 余白
川は、
最後まで枯れなかった。
増えることもなく、
元に戻ることもなく、
ただ、
低いまま、
そこに残った。
境界としては、
不完全だった。
それでも、
完全に壊れることもなかった。
それが、
この一連の出来事の結末だった。
祈祷隊は、
撤収した。
成功した、
という報告が残された。
祈りは成され、
神意は示され、
状況は安定した――
そういう文章が、
記録には並んだ。
誰も、
嘘は書いていない。
ただ、
何も書いていないことが、
多すぎただけだ。
川向こうの村では、
人が減った。
数は、
曖昧にされた。
病とされ、
事故とされ、
あるいは、
恐怖の連鎖として片づけられた。
ヌックの名は、
口にされなくなった。
呼ばれないものは、
対処できない。
だが、
存在しないわけではない。
「……これで、
終わりですか」
ルーネが、
川を見ながら言った。
問いではなかった。
確認に近い。
「ええ」
イェルグは、
そう答えた。
「一段落です」
「……解決は……」
「していません」
即答だった。
ルーネは、
それ以上、
言葉を探さなかった。
境界体となった死体は、
教会によって引き取られた。
手厚く、
丁寧に。
英雄にも、
罪人にもならない形で。
「選択だった」
という言葉は、
どこにも残らなかった。
残ると、
次が生まれてしまうからだ。
川は、
相変わらず低い。
だが、
人はもう、
そこに集まらない。
近づかない。
触れない。
境界は、
場所から、
記憶へと移った。
それが、
最も長く残る形だと、
イェルグは知っていた。
「……僕は……」
ルーネが、
帳面を閉じる。
「……全部、
書いたわけじゃありません」
「ええ」
「……でも……
嘘も……」
「書いていません」
それで、
十分だった。
「……教会は……」
「気づいています」
イェルグは、
淡々と答える。
「思ったより、
教えている、と」
「……怒られますか」
「どうでしょう」
イェルグは、
川から視線を外す。
「役に立つ限りは」
ルーネは、
苦く笑った。
「……また、
こういう場所に……」
「ええ」
「……来るんですね」
「来ます」
否定しなかった。
煙草を取り出す。
火は、
つけない。
最後まで、
つけなかった。
「……ヌックは……」
ルーネの声は、
小さい。
「います」
イェルグは、
それだけ言った。
「越えていません」
「……でも……」
「理解しました」
境界が、
動くこと。
人が、
それを肩代わりすること。
祈りが、
それを止めないこと。
「……次は……」
「別の形です」
それ以上、
具体的には言わなかった。
言えば、
始まってしまうからだ。
二人は、
川を背にした。
水は、
低く流れている。
音は、
戻らない。
だが、
完全な静寂でもない。
その中途半端さが、
この事件の、
すべてだった。
解決していない。
だが、
続けることもできない。
境界は、
そこにある。
ただし、
もう、
誰も触らない。
それで、
世界は進む。
喉に、
何かが引っかかったまま。