違和感のある子供
第二十一話 違和感のある子ども
村に着いたのは、昼を少し過ぎた頃だった。
畑は整っていて、家々の屋根も修繕されている。
飢えも荒廃もない、ごく普通の村だ。
だからこそ、死の匂いはすぐにわかった。
「……静かですね」
ルーネが言った。
悲嘆に沈んでいるというより、
もう泣き終えた後の静けさだった。
家の前には人が集まっていたが、騒いではいない。
誰もが小声で、言葉を選んでいる。
イェルグは煙草に火をつけなかった。
この村の空気は、火を嫌っている気がしたからだ。
「病だそうです」
迎えに来た村人が言う。
若い男で、目を伏せたまま説明を続ける。
「熱が下がらなくて……
医者も、手の施しようがないと」
イェルグは頷くだけで、質問をしない。
こういう時、話したいのは遺族ではなく、周囲の人間だ。
「……いい子でしたよ」
別の女が、ぽつりと付け足す。
「最近は特に。
泣かないし、手もかからなくて」
それは、褒め言葉のはずだった。
だがルーネは、その言い方に引っかかる。
“最近は”。
家の中は、きちんと片づいていた。
看病の痕跡はあるが、混乱はない。
水差しも、布も、必要な場所に揃っている。
寝台の上に、子どもは横たわっていた。
小さな体。
穏やかな顔。
苦しんだ様子は、あまり見えない。
両親は傍にいた。
母親は泣いていたが、声は出していない。
父親は背中に手を回し、ただ支えている。
「……この子は」
イェルグが、ゆっくりと口を開く。
「何歳だ」
「五つ、です」
母親が答える。
その声に、揺れはない。
悲しみはあるが、取り乱しはない。
ルーネは、子どもの手を見る。
指は細いが、関節の動かし方が妙に落ち着いている。
爪の形も、少しだけ整いすぎている。
――使われてきた手だ。
そう思って、胸がざわついた。
「……お手伝いが好きだったんです」
母親が、ぽつりと言う。
「何も言わなくても、
家のことをよく覚えていて」
それは誇らしげで、
同時に、どこか遠慮がちだった。
イェルグは、子どもの顔をじっと見つめる。
眠っているようにも見える。
だが、子ども特有の曖昧さがない。
完成しすぎている。
「検死を行います」
淡々と告げると、
両親は驚くほど素直に頷いた。
「……お願いします」
拒絶はなかった。
それが、ルーネには一番重く感じられた。
外に出ると、風が少し強くなっていた。
「病死、ですよね」
ルーネが確認する。
「記録上はな」
イェルグは答える。
「だが、記録に残す前に、
見るべきものがある」
煙草に火をつける。
ようやく、吸う気になったらしい。
「……お前、どう思った」
ルーネは少し考えてから言う。
「悲しいはずなのに、
終わっている感じがしました」
「終わっている」
「はい。
もう、十分だった、みたいな」
イェルグは煙を吐く。
「それが、一番厄介だ」
空を見上げる。
雲は薄く、流れている。
「昔はな」
ぽつりと、独り言のように言う。
「子どもが早く死ぬと、
こう考えた」
ルーネは黙って聞く。
「本当の子は、
妖精の国で、幸せに生きている」
「……それが、」
「祈りだ」
イェルグは言った。
「そうでも思わなきゃ、
人は壊れる」
煙草の火が、少し強く光る。
「この子が何だったかは、
まだ言うな」
「……はい」
「まずは、ちゃんと見ろ」
家の中で、静かに扉が閉まる音がした。
検死が始まる。
そして、
血縁よりも厄介なものが、
少しずつ輪郭を持ちはじめる。