第三十四話 最初の死体
見つかったのは、朝だった。
夜露がまだ草に残る時間。
沼に近い小道の脇で、
人が倒れている、と。
イェルグとルーネが到着したとき、
村人が数人、距離を取って立っていた。
誰も近づこうとしない。
だが、目は離せない。
「……事故、だよな?」
誰かが、確認するように言う。
イェルグは答えない。
しゃがみ込み、
死体を見る。
男だ。
年は三十前後。
沼に入る装備ではない。
農作業帰りだろう。
足元は軽い靴。
泥は、膝下にだけ付着している。
「引きずられてはいない」
ルーネが、観察を口にする。
「自分で、
踏み込んだ跡ですね」
「そうだな」
イェルグは、首元を見る。
外傷はない。
噛み跡も、爪痕も。
魔物の“攻撃”は、見当たらない。
「溺死……?」
「完全には沈んでいない」
イェルグは、泥の付き方を示す。
「沼の縁で、
足を取られた」
男の指は、
何かを掴もうとした形で固まっている。
草。
枝。
あるいは――
「……光」
ルーネの視線が、
沼の方へ向く。
朝の光の中では、
何も見えない。
だが、
ここは、あの道の延長線上だ。
「昨日の夜」
イェルグは、静かに言う。
「この男も、
“探していた”可能性がある」
村人の一人が、
顔を青くする。
「……子供?」
「違う」
イェルグは、即座に否定する。
「人だ」
それだけで、
十分だった。
探し物は、
子供でなくてもいい。
失くした羊。
帰らない家族。
あるいは――
「母親の、
話を聞いたのかもしれない」
ルーネが、続ける。
光の噂は、
もう村に広がっている。
善意は、伝播する。
男は、
導かれた。
助けられているつもりで。
「……事故、ですよね」
村人が、縋るように言う。
「ええ」
イェルグは、頷く。
「事故です」
事実だった。
魔物は、
手を出していない。
光は、
押していない。
男が、
自分で、選んだ。
「……じゃあ」
誰かが、
安堵の息を吐く。
イェルグは、
その息を、止めない。
検死官の仕事は、
恐怖を煽ることではない。
ただ、
事実を置くことだ。
ルーネは、
死体から目を離せない。
「……善意、ですよね」
声が、震える。
「誰も、
悪くない」
イェルグは、
男の瞼を閉じる。
「そうだ」
肯定する。
「だから、
次も起きる」
その言葉に、
ルーネは、息を呑む。
沼は、
静かだ。
昼の顔をしている。
だが、
夜になれば、また光る。
探す者がいる限り。
母の家の方角を、
ルーネは見る。
「……あの人に、
言うんですか」
「言う」
イェルグは、迷わない。
「隠す理由がない」
真実は、
人を止めないことが多い。
それでも、
伝えなければならない。
それが、
境界に立つ仕事だ。
男の死体は、
事故として運ばれていく。
祈りも、
叫びもない。
ただ、
一つ目の“結果”だけが、
そこに残った。
そして夜は、
また来る。