検死官イェルグの境界事件録   作:5734589

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固執

第四十ニ 固執

 

二体目は、森の奥ではなかった。

 

川沿いだ。

人が水を汲みに来る場所から、ほんの少し外れた地点。草が寝かされ、石が動かされ、そこだけが不自然に「整えられて」いた。

 

「……ここも」

 

ルーネは声を潜めた。

同じだ、と言いたかったが、その言葉を飲み込む。言葉にすれば、確定してしまう気がした。

 

イェルグは何も言わず、しゃがみ込む。

 

遺体は、包まれていた。

粗い布。だが、清潔だ。泥も血もついていない。濡れてすらいない。

 

「……水辺なのに」

 

「だからだ」

 

イェルグは布を解きながら答えた。

 

「濡らしたくなかった」

 

現れたのは、また子供だった。

年は、少し上。七か、八。

骨はやや硬く、歯も揃い始めている。女児だと判断できた。

 

ルーネの胸が、わずかに上下する。

偶然じゃない。もう、それは分かっていた。

 

「死因は?」

 

「見る前に決めるな」

 

イェルグはそう言って、煙草に火をつける。

朝の冷たい空気に、煙が細く伸びた。

 

外傷。

やはり少ない。転倒痕はない。抵抗の跡もない。

 

ただ――

 

「……首」

 

ルーネが気づいた。

 

「圧迫痕だな」

 

だが、絞殺ではない。

力は強いが、均一だ。殺すための圧ではない。

 

「支えてる……?」

 

「そうだ」

 

イェルグは指でなぞる。

 

「首が落ちないように。眠るとき、子供の首は据わらないからな」

 

ルーネは、思わず目を逸らした。

知識としては知っている。だが、それを死体に当てはめるのは、まだ慣れない。

 

口腔。

ここにも歯形がある。だが――

 

「一体目より、浅い」

 

「学んでる」

 

イェルグの声は低い。

 

「強く噛めば壊れるって、分かったんだ」

 

保存処理を確認する。

洗浄。防腐。やはり過剰だ。だが――

 

「草が違う」

 

ルーネが言った。

 

「……こっちは、熱を取るやつ」

 

「女児だからだ」

 

即答だった。

 

「発熱しやすい年だ。選び分けてる」

 

その瞬間、ルーネの背筋に冷たいものが走った。

知識。経験。配慮。

それらが、すべて「怪異」の側にある。

 

「……イェルグ」

 

「言うな」

 

イェルグは煙を吐く。

 

「まだ名前を付けるな」

 

衣服を見る。

こちらも繕われている。だが、前の死体より丁寧だ。縫い目が増えている。布も新しい。

 

「時間が経ってる……?」

 

「一体目より、長く一緒にいた」

 

イェルグは川を見る。

 

「水辺を選んだのは、偶然じゃない。ここなら、人が来る。だが、夜は来ない」

 

ルーネは、はっとする。

 

「……見せるため?」

 

「“見つけてほしい”ためだ」

 

煙草を地面に落とし、踏み消す。

 

「それでも、渡さない」

 

二体の死体。

同じ手。

同じ“温度”。

 

「……これ、討伐対象なんですか」

 

ルーネの問いは、震えていなかった。

だが、覚悟を含んでいた。

 

イェルグは、すぐには答えなかった。

 

「教会は、そう言うだろうな」

 

「でも」

 

「でも、これは殺しじゃない」

 

イェルグは遺体を見下ろす。

 

「終わった死を、終わらせなかっただけだ」

 

風が、川面を揺らす。

光が、揺れる。

 

この時点で、

イェルグの記録には、こう追記される。

 

――複数例確認

――母性行動の継続

――学習の痕跡あり

 

そして、

まだそこにも、怪異の名は書かれていない。

 

だが、

**“母であることをやめなかった存在”**が、

確実に近づいていることだけは、

二人とも、もう疑っていなかった。

 

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