第五話 協力者
それは、依頼でも命令でもなかった。
だからこそ、
断りにくい形でやってきた。
「教会として、君の仕事を支持する」
そう言って現れたのは、
監査官セレフの代理だという聖職者だった。
年嵩で、声が低く、言葉を選ぶ男。
イェルグは、
その言葉を評価しなかった。
支持という言葉は、
いつだって後から条件が付く。
「そこでだ」
男は、
少しだけ身を乗り出す。
「若い者を一人、
君の下につけたい」
――来たな。
イェルグは、
内心でそう思っただけで、
顔には出さない。
「見習い、という形で」
「護衛ではなく?」
「まさか」
男は、
穏やかに笑った。
「記録係だ。
検死官の仕事を学ばせたい」
学ばせたい。
つまり、見せろということだ。
イェルグは、
短く息を吐いた。
「拒否権は」
「形式上は、ある」
だが、
続く言葉は聞くまでもない。
「だが、
協力してもらえるなら、
教会としても――」
「結構です」
イェルグは、
遮った。
男は驚かなかった。
想定の範囲内だ。
「一つ、条件があります」
イェルグは言う。
「“仕事”をさせます。
見学ではない」
「それで構わない」
「危険もあります」
「承知の上だ」
男は、
振り返った。
そこに、
立っていた。
二十歳そこそこ。
痩せていて、
外套がまだ体に馴染んでいない。
「彼の名は、ルーネ」
若い聖務官は、
慌てて一礼した。
「よろしくお願いします、検死官殿」
声が、
少しだけ震えている。
イェルグは、
彼を一瞥し、
それから踵を返した。
「ついてきなさい」
拒否も、
承諾も、
口にはしなかった。
それが、
返事だった。
⸻
遺体安置所は、
教会の裏手にある。
石造りで、
窓は小さく、
湿気が抜けない。
「まず、覚えておいてください」
イェルグは言う。
「死体は、
静かにしています」
ルーネは、
きょとんとした顔をした。
「……はい」
「だからといって、
安全ではありません」
布を、
ゆっくりとめくる。
現れたのは、
男の遺体だった。
首筋から肩にかけて、
奇妙な赤黒い変色。
「噛み傷はありません」
イェルグは続ける。
「爪も、
明確な外傷もない」
「では……病、でしょうか?」
「違います」
即答だった。
「肺を見てください」
ルーネは、
一瞬ためらい、
それから覗き込む。
「……黒い」
「煤ではありません」
イェルグは、
手袋を嵌め直す。
「これは、
吸わせられたものです」
「毒……?」
「毒性のある息を吐く魔物が、
この辺りにいます」
ルーネが、
息を呑む。
「魔物は、
噛むだけじゃない」
イェルグは、
淡々と説明する。
「見るだけで害を及ぼすもの、
触れるだけで呪いを残すもの、
そして――
呼吸を共有させるもの」
「……どうやって、
それを特定するのですか」
イェルグは、
遺体の指先を示した。
「色が、
まだ残っている」
「留め草……ですか」
「ええ」
「教義では……」
「後で聞きます」
イェルグは、
それ以上を許さなかった。
「今は、
順番を覚えてください」
ルーネは、
黙って頷く。
「死体を、
意味で覆わない」
イェルグの声は、
低い。
「先に祈ると、
原因を見失います」
「……」
「怖くなったら、
外に出なさい」
イェルグは、
布を戻す。
「勇気は、
ここでは役に立ちません」
「必要なのは?」
ルーネが、
小さく尋ねた。
イェルグは、
少しだけ考えた。
「――待つことです」
死が、
何を語るか。
それを、
最後まで。
外で、
鐘が鳴った。
教会の時間が、
流れていく。
だが、
この部屋では。
まだ、
死は、
終わっていなかった。