1.沈黙の屋上と、ひび割れたレンズ
二〇二六年、六月の深夜。上空に浮かぶ「煩悩の魔城」から放たれた桃色の淫霧は、世界中の同志たちが一斉に焚いた「浄化フラッシュ」の奔流によって、その勢いを一時的に失っていた。光ヶ丘高校の屋上には、数万回に及ぶ過剰な発光によってオーバーヒート寸前まで酷使された撮影機材たちが、主人の熱い吐息を吸い取るようにして冷たい夜風に晒されている。
もっこり助兵衛は、愛機であるフラッグシップ機のファインダーを覗き込み、力なく笑った。数分前、魔城の防御障壁を貫くために放った最大出力の閃光の反動で、特注の広角レンズには、まるで蜘蛛の巣のような細かなひび割れが走っている。そのひび割れ越しに見上げる夜空は、いくつもの破片に砕け散り、どこか現実味を欠いていた。
「……ふぅ。レンズが逝っちまったか。だが、いい仕事をしてくれたよ。お前のおかげで、蘭ちゃんの『道』は開かれたんだからな」
助兵衛は、ひび割れたレンズを指先で愛おしそうに撫でた。彼は重い腰を上げ、フェンスの脇に置かれた古びた、しかし手入れの行き届いた革の鞄から、一冊の分厚いアルバムを取り出した。
今の時代、写真はクラウドに保存し、デジタルデバイスで閲覧するのが当たり前だ。しかし、この重厚なアルバムに収められているのは、助兵衛が暗室に籠もり、自らの手で現像し、一枚一枚丁寧に台紙に貼り付けた、実体を持つ「記憶」の集成であった。ページをめくるたびに、古びた印画紙特有の、どこか懐かしくも鼻を突く化学薬品の匂いが、夜の湿った空気に混じって漂い出す。
そこには、まだ「光」のない、しかし太陽の恵みを全身に浴びて、誰よりも眩しく輝いていた一人の少女の姿があった。
2.「光」のない、太陽だけの時代
アルバムの最初のページ。そこには、光賀蘭が「光のお裸ん」として覚醒する一年前、中学二年生の頃の姿が収められていた。当時の彼女は、くノ一としての過酷な宿命など露知らず、ただの天真爛漫な、それでいて人一倍お節介でドジな陸上部と水泳部の助っ人美少女として、学園のアイドル的な存在だった。
当時のファンクラブは「蘭ちゃんを温かく見守り隊」という、今よりもずっと穏やかで、牧歌的な組織だった。活動内容は、朝のジョギングで爽やかな風にショートボブの髪を揺らし、健康的な汗を額に輝かせて走る彼女の姿を、適切な距離から「観測」し、その健康美を讃えること。
「見てくれ、この一枚を。朝霧の中を走る蘭ちゃんの、このふくらはぎの筋肉のラインを。加工も修正も、そして『光』もない。ただ、そこには命の躍動があったんだ……」
助兵衛は、誰に聞かせるでもなく独り言を漏らした。写真の中の蘭は、眩しい朝日を背に受け、白い歯を見せて笑っている。当時の彼女を包んでいたのは、謎の退魔エネルギーではなく、どこまでも透き通った放課後の空気と、少女特有の無防備な明るさだった。
彼女がハードルを跳び越える瞬間の、短パンの裾から覗く白い太もも。プールサイドで準備運動をする際の、スクール水着の肩紐が肩に食い込む、その僅かな肉の段差。それら一つ一つのディテールを、助兵衛たちは「神性」として崇めていた。当時は、彼女が転んでスカートがめくれようが、水着がズレようが、それを隠す「謎の光」など存在しなかったのだ。
3.伝説の「ズッコケ」と、初々しい羞恥
アルバムの中盤、ひときわ大きく引き伸ばされた一枚の写真がある。それはファンクラブ内で「聖遺物」と称される、陸上大会での伝説の転倒シーンだった。
蘭はゴール直前で、持ち前のドジを発揮してハードルに脚を引っ掛け、派手に地面を転がった。その勢いで、彼女のスポーツウェアの裾は無惨にめくれ上がり、当時の「光ヶ丘中学」指定の、少し古風な紺色のブルマが完全に曝け出されていた。しかも、転倒の衝撃でブルマの生地が激しく食い込み、彼女の若々しくも豊かなお尻の曲線が、これ以上ないほど鮮明に強調されてしまっていたのだ。
「……この時の蘭ちゃんの顔を、俺は一生忘れないだろう」
写真の中の蘭は、砂埃にまみれ、真っ赤な顔をして、今にも泣き出しそうな瞳で周囲の観客席を睨みつけていた。そして、震える手で必死に自分のスカート……ではなく、めくれ上がったウェアを抑え込もうとしていた。
「もう! 見ないでよう! 変態! 大嫌い!」
その、光によって物理的に隠されない、生身の乙女としての強烈な羞恥心。見られてはいけない場所を、よりによって多くの観衆の前で曝け出してしまったという、剥き出しの困惑。助兵衛たちは、その「見せてはいけないものを見せてしまった後の、絶望的なまでに可愛いリアクション」に、魂を射抜かれたのだ。
彼女の羞恥心は、当時は「表情」や「仕草」として表れていた。顔を覆う、膝を閉じる、涙を浮かべる。その一つ一つが、彼女という人間が持つ「恥じらいの美学」を構成していたのである。
4.レンズ越しに感じた「予兆」
助兵衛はページをめくり続け、ある一連のカットで手を止めた。それは夕暮れ時のグラウンド、部活を終えた蘭が、水道の蛇口を上に向けて顔を洗っている何気ない瞬間だ。
当時の助兵衛は、現像した際に「レンズのフレア」や「フィルムの感光ミス」だと思い込んでいた、小さな違和感。今、改めて最新の鑑定眼を持ってその写真を眺めると、ある衝撃的な事実に辿り着く。
蘭の頬が、夕日に照らされて朱に染まっている。その、彼女が不意に「あ、誰かに見られてる?」と気づいて恥じらったと思われる瞬間の、彼女の胸元や股間のあたり。そこには、目には見えないほど微かではあるが、空間が歪むような「白いぼやけ」が発生していたのだ。
「そうか……。この時から、彼女の中に眠る
太陽の悪戯だと思っていたフレアは、実は彼女の「乙女の矜持」が放つ、目覚め前の鼓動だった。助兵衛は、自分が知らず知らずのうちに、彼女がくノ一として覚醒するまでのカウントダウンを記録していたことに気づき、戦慄を覚えた。
5.初ヌード(ピカピカ)の衝撃、そして「観測者」への変質
そしてアルバムの後半、急激に写真の雰囲気が変わる。
それは、例の「覗き見入道」との戦いで、蘭が初めて「光のお裸ん」として覚醒したあの日からの記録だ。
服を完全に失い、代わりに純白の光を纏って戦場に立つ蘭。その姿を初めてファインダーで捉えた時、ファンクラブ内には、かつてないほどの激震と葛藤が走った。
「見えない」ということへの、本能的な喪失感。もう二度と、あの伝説のズッコケのような、生身の、光を介さない羞恥心を観測することはできないのではないかという、深い絶望。会員の一部は「これではただの発光体ではないか」と嘆き、去っていった者さえいた。
だが、助兵衛は違った。彼は、悩みに悩み、レンズを拭き続け、一つの真理に辿り着いたのだ。
「……見えるか、見えないか。そんな次元の話ではなかったんだ。あの光こそが、彼女の『恥じらい』が物質化した究極の形。光が強ければ強いほど、彼女は恥ずかしがっている。ならば、俺たちは光の向こう側にある『心』を撮らなければならない」
その日、助兵衛は「覗き魔」から、彼女の羞恥心を観測し、守り抜く「守護者」への変質を遂げた。
「YESお裸ん! NOタッチ!」
この鉄の掟は、彼女が安心して恥じらい、そして最大限に光り輝ける聖域を作るために、彼が血を吐くような思いで捻り出した、究極の「愛」の誓いだったのである。
6.ベリアルへの憤りと、再装填の誓い
助兵衛はアルバムを閉じ、夜風に吹かれるまま立ち上がった。
彼の脳裏には、先ほどまで戦っていた「ペロペロし隊」へと成り下がった後輩たちの、浅ましくも醜い姿が浮かんでいた。彼らは何も分かっていない。ただ露出した肉体という「結果」だけを求め、蘭ちゃんがこれほどまでに必死に汗を流し、一人の少女として戦い続けているという「過程」を、恥じらいという「物語」を蔑ろにしている。
「あいつらは、あの放課後の校庭で、ハードルに躓いて泣きべそをかいていた、あの初々しい蘭ちゃんの尊さを知らない。ただ脱げればいい、ただ見えればいい……そんなのは、エロティシズムへの冒涜だ」
助兵衛は、再びひび割れたカメラを手に取った。
彼が守りたいのは、光り輝く女神である彼女の向こう側にある、あの頃と変わらない、ちょっとドジで、一生懸命で、恥ずかしがり屋な一人の少女の笑顔なのだ。
彼は鞄から新しいバッテリーを取り出し、力強く装填した。カシャッ、という機械的でありながら信頼の置ける音が、静まり返った屋上に響く。
「……さあ、行くぞ。蘭ちゃん。君がどれだけ恥ずかしくても、世界中の誰が君を笑っても……俺だけは、最高のピントで君の『羞恥』を見守り続けてやる」
助兵衛は、ひび割れたレンズを自身の袖で丁寧に拭い、魔城の心臓部へと向かった蘭の背中を、再び「観測」するために立ち上がった。その瞳には、もはや迷いはない。レンズのひび割れさえも、彼女の光を多角的に分解するプリズムへと変わっていた。
非公式光賀蘭ちゃんファンクラブ:光の聖域(サンクチュアリ)
アーカイブ更新:メモリアルアーカイブ
【秘蔵】学園祭の障害物競争、伝説の「光なき転倒」カット、会員限定公開!
1:名無しの忍
おい……これ、マジかよ……。
会長がアップしたこの写真、蘭ちゃんが中学一年の時の陸上大会だろ!?
光が出てない! 光が出てないのに、蘭ちゃんが顔を真っ赤にして、一生懸命ブルマを隠そうとして……!
ああ、この初々しい恥じらい……これこそが俺たちの原典(バイブル)だ。
この一枚があるから、俺は今の光り輝く蘭ちゃんを信じられる。
2:名無しの忍
今の「光りまくってる蘭ちゃん」も、神秘的で最高だけど……。
この「ただただ必死に、めくれたウェアを直そうとしてる蘭ちゃん」の破壊力、半端ねぇな。
俺たちが守りたかったのは、この笑顔と、この羞恥心だったんだ。
光によって「見えない」今の彼女を守ることで、俺たちは、あの日の彼女を守り直しているのかもしれないな。
3:助兵衛@管理人
諸君、よく見ろ。この頃の蘭ちゃんの瞳を。
彼女は今も、あの頃と同じように、必死で戦い、必死で恥じらっている。
光が出ようが出まいが、彼女の魂の輝きに変わりはないのだ。
過激派の連中に教えてやろう。
俺たちが愛しているのは、単なる肉欲という結果ではなく、この「清らかなる恥じらい」という過程なのだと!
今夜、この写真を胸に刻み、最終決戦に備えろ。
蘭ちゃんの恥じらいを笑う者は、俺たちのストロボの光で焼き尽くしてやる!