機動戦士ガンダムGQuuuuuuX SIDE AMURO ~少年が見た戦争~ 作:すずき 虎々
今回は、三者の夜をお届けします。
第22話 それぞれの夜
ジオン公国ズムシティ公王庁公王執務室
重厚な天然木の一枚板製の双扉、そこに据えられた鉄環が、硬質な音を室内に響かせる。
部屋主の「どうぞ。」という言葉を待って、銀髪を端正に整えた男が、音もなく入室する。仕立ての良いスーツの佇まいが、その人物の重厚な風格を余すことなく体現していた。
「失礼いたします。おぉ、これはこれは、ラル元帥閣下もおいででしたか。丁度ようございました。」
「ダルシア首相、要件はフィフス・ルナの件であろう?」
「おっしゃる通りでございます。今回の件、処理の仕方を間違えれば、現政権はもとより、アルテイシア様御身の安寧を根底から揺るがす事態を招きましょう。」
「キャスバル兄様の考えていることがわかりません。兄は鬼子です。シャア・アズナブルと名乗っているようですが、私の知るアズナブルさんは、こんな恐ろしいことを平然とやってのけるような方ではありません。もしかすると、兄はアズナブルさんの事も……。」
ダルシア・バハロは、応接用のソファに深く腰かけ、自席に座るアルテイシアを見上げるようにしながら、言葉を続けた。
「しかし、確かキャスバル坊ちゃんは、シャトルの事故か何かで亡くなったと聞いておりましたが、それも偽装だったと?」
ダルシアの向かいに座るランバ・ラルは、嘗ての盟友の面影を見落としていた己の不明に苦渋を滲ませた。
「私も、現役の頃、シャアという男とは面識がありますが、けして素顔を見せることがなかったので、まさかキャスバル様だとは……。」
「私は戦時中、一度赤いモビルスーツと対峙した経験があります。あの時感じたあの感覚、間違いようがございませんわ、あれは、シャア・アズナブルという兄によく似た青年ではなく、兄そのものでした。」
「しかし、幸い、この事実を知るのは、本人と我々のみ。このことは、けっして外に漏れ出ることのない様にしなければなりません。」
「ダルシア首相、私はこの事実を隠蔽するべきではないと考えます。国民に嘘をつくなど、それではザビ家と同じではありませんか。」
「公表すれば、ダイクンの名は『テロリストの血筋』として歴史に刻まれます!今の公国の安定は、あなたの清らかなイメージがあってこそ。真実が常に人を幸せにするとは限らないのです!」
「しかし、兄を捨て、嘘を積み重ねて、私が王座にしがみつくことが、国民のためになるのでしょうか、それは欺瞞ではなくて?」
ダルシアは、視線を落とし、自らの握り合わせた両手を凝視しながら、鎮痛な面持ちで語り始めた。
「アルテイシア様、貴女のそのどこまでも清らかなお心も、決意も、私個人としては、たとえ地獄の底に叩き落されようとも、御支えしたいと思っております、きっと元帥も同じ思いでしょう。しかし、今や貴女のその両肩には、全てのスペースノイドの生活と安全が懸かっているのです。それを根底から覆し、再び民を混乱と戦火の渦に巻き込む覚悟が、貴女にはおありですか。これはそういう話なのです。」
黙って二人のやり取りを聞いていたラルも、ついぞ口を挟む。
「シャアがキャスバルの名を名乗れば、民の目にはどう映りましょうか。悲しいことですが、人の噂話など、お二人がどれほどの想いでいるかなどというフィルターがかかることはありますまい。私だって……。」
「二人の想いはわかりました。ですが、少し、少しだけ、整理する時間をいただけないでしょうか。」
「お辛いご決断を強いていることは理解しております。ただし、本日の夕方には会見を開くべきかと。」
「わかりました……。」
薄暗い部屋に、琥珀色の液体が揺れる。
ソファに深く身を沈めたシャアは、グラスを傾けながら、窓の外に広がる星海の中、ひときわ大きく、青い星を眺めていた。
ガウンの裾から覗く足が、静かに組み替えられる。
隣に座るララァは、ワイングラスを両手で包むようにして持ったまま、口をつけようとしなかった。
「地球の人口は、現在もなお増加し続けている。」
シャアは、独り言のように語り始めた。
「スペースノイドへの資源依存も、戦後も何ら変わっていない。アルテイシアの治世は穏やかだが、穏やかなだけでは、問題を先送りにするだけだ。」
ララァは黙ったまま、窓の外を見つめ、答えない。
「アクシズの質量は、試算では——」
ララァが唐突にシャアの言葉を遮った。
「シャア。」
静かな声だった。
「私に、同意を求めているの?」
シャアは視線を星海に向けたまま、微かに口元を緩めた。
「君には何も求めてなどいない。」
「じゃあ、何を。」
「こうして、君を実感出来ればいい。」
シャアは、そっとララァの肩を抱き寄せ、濡れた髪の毛に口づけをした。
ララァは、ワイングラスを静かにテーブルに置いた。
どこまでも深い赤の液面が、小さく揺れて、止まる。
ララァは、何かを守るように、胸の下をそっと両腕で抱いた……。
月面の夜は、地球のそれとは違う。
大気の存在しない空は暗く、星は瞬かない。
ただ静かに、一定の光を放ち続けるだけの宇宙。
工場の天窓から差し込む星明かりが、建設機械の無骨な輪郭を切り取るように照らし、床に長い影を落としていた。
マチュもニャアンも、眠りについてから随分と時間が経つ。
絶えず流れる電流の、低いハム音だけが、広い工場の空気を満たす。
アムロは頭の後ろで手を組んで、仰臥したまま呆然と天井を眺めていた。
眠れないというよりも、眠り方を忘れてしまったような。
目を閉じると現れる不思議な声、霞の奥に見え隠れする何か。
名前なのか、顔なのか、声なのか、それさえもわからない。
ただ、確かに何かがそこにあって、近づこうとすると、するりと遠ざかっていく感覚のようなもの。
追いかけるのを諦めると、胸の奥にはざらつきだけが残る。
しかし、再び追いかけようとすると、途端に周囲を恐怖が包み込もうとする。
「またか…。」
アムロはゆっくりと体を起こして呟いた。
毛布が床に落ちる音が、静寂の中で妙に大きく聞こえる。
立ち上がり、靴も履かずに歩き出す。
足の裏に伝わるコンクリートの冷たさが、曖昧になっていた意識の輪郭を、少しだけはっきりさせた。
モビルスーツハンガーにたどり着くと、ハンガーに固定されたフレームの前に立つ。
明かりは落としてある。
それでも、サイコフレームだけが、微かな薄緑の光を脈打たせていた。
まるで、誰かの呼吸のように。
アムロは手を伸ばし、フレームの中心部に触れる。
わずかに揺れる光。
「俺は……。」
言葉が続かない。
何かを守ろうとしていた。
そのことだけは、揺るがない。
理屈ではなく、まして、誰かに教わったわけでもない。
ただ、この手が、この頭が、ずっとその一点に向けて動き続けてきたのだと、フレームに触れるたびに、静かに確信させられる。
サイコフレームの光が、また一度揺れた。
「メリル、彼女は誰だっていうんだ。彼女?俺は……。レ、レク……?う、うぅ……。」
名前を呼ぼうとして、喉が塞がれたように言葉が止まり、激しい頭痛が襲い掛かる。
胸の奥でざらつくものが、じわりと広がり、再び色とりどりの光を放つおだやかな湖が、やがてだんだんと激しく荒れてゆく。
悲しみとも、怒りとも違う。
もっと深く、もっと暗い、光さえ届かない……。
アムロはゆっくりと額をフレームに預けた。
冷たい金属の感触が、熱を持ち始めた額に心地よかった。
「俺が、守りたかったもの……。」
フレームは答えを語ってはくれない。
ただ、光だけが、静かに、確かに、脈打ち続けていた。
まるで、忘れるなと言うように。
まるで、まだ終わっていないと言うように。
アムロはしばらくそのままでいた。
工場の低い振動音が、遠く、遠く、響いていた。
天窓の外に広がる宇宙は、ただ静かに、全てを見ていた。
三者それぞれの夜をお届けしました。
アルテイシアは真実と嘘の間で、シャアは隣人に目を向けることが出来ず、アムロは届かない記憶の奥に何かを感じながら。
そして宇宙は、ただ静かに、全てを見ていました。
次回からいよいよ、歯車が動き始めます。