機動戦士ガンダムGQuuuuuuX SIDE AMURO ~少年が見た戦争~ 作:すずき 虎々
最終話「光のその先へ……」です。
30話 光のその先へ……
水の星。
その青く美しい星を背に、二つの影が矛を交える。
憤怒を現したかのような真紅の獣が、全てを薙ぎ払う斬撃を放つ。
慈しみを現したかのような純白の鳥が、それを受け流して華麗に舞う。
「アムロ、地球上に残った人類などは、地上の蚤だという事がなぜわからんのだ?」
赤い獣が、フロントスカートから伸びた隠し腕に把持させたビームサーベルで斬りかかる。
「革命はいつも、インテリゲンチャが夢みたいな目標を掲げるから、過激な事ばかりしたがる。でも、そんな大層な理想を掲げた革命の後に残るのは、変わらない官僚主義と、大衆に飲み込まれた主義も主張もない、抜け殻だけで。」
白い鳥は、その背に背負う翼を広げて解き放つと、赤い獣のフロントスカートから伸びる隠し腕を撃ち落とす。
「その才能を利用され、それでいて自分は傷つきもしない場所から理想を語ってきた貴様に言えたことか!私は常に戦い続けてきたのだ。」
「そうやって、自分の事しか見ないで、周りをないがしろにした結果、ハマーンは死んで、ララァだって傷つけて。」
赤と白の刃が交わる。
「ちぃ、パワー負けしているだと。えぇーい!」
黒いサイコドーガが放つファンネルを、次々と撃ち落とすピーコックブルーのザクⅢ。
「そろそろ潮時だと思いますが、幼さゆえに引き際を見極められぬようですね。」
シャリア・ブルが、諦観を込めて呟いた一言に、呼応するかのように、幼いニュータイプ達が距離を取った。
「なんだか疲れちゃった。」
「帰りたい。」
「頭痛い…。」
「お母さんのそばにいたい。」
幼い声が、ノイズ混じりに漏れてきた。
統率もなく、ばらばらと引き上げる様を見ながら、シャリア・ブルも追撃を仕掛けることはせず、その背を見送った。
「引き上げてくれるなら、由としましょう。」
「天パとシャアさん見つけた!」
「どこ?」
「こっち。ニャアン行こう!」
連れだって進むクアックスとフレドの前に、行く手を遮るように、エメラルドグリーンの巨大な機影が現れる。
「ダメ、貴女達をこの先には行かせられないわ。あの人達の邪魔をしないで。」
「ララァさん、あんたこそこんなところで何してんのさ!こんな場所に出てきていい体じゃないでしょ。」
「そうだよ、引き上げなよ。」
「そういうわけにはいかないの。私には、あの二人を見届ける義務がある…。」
「ララァさんだってわかってるはずでしょ。そんな呪縛みたいなこと言わないでよ。キラキラがキラキラしてるのって、そういうことじゃないでしょ。あぁ~もう、なんて言って良いかわかんないけど、ララァさんならわかるでしょ!」
「はっ!そうね、そうだったわね。この子が、導いてくれている。あぁ、刻が見える…。」
お互い満身創痍のナイチンゲールとHi-νガンダム。
ファンネルも、ライフルも、サーベルも、全てを使い果たし、しかしなお、お互い決定打を与えられず、モビルスーツ同士が殴りあうという異常な光景の中、衝撃を受ける度にエアバックに助けられ、なんとか意識を保つパイロット二人。
音のない世界で、お互いの声だけが響く世界…。
「貴方は、貴方の傍らにいるララァの顔を見たのがいつなのか覚えているのか。何時までも夢みたいな話ばかりして、そんなだから彼女の変化に気づきもしない。」
「彼女がなんだというのだ。大体レクスを護れなかった貴様に、そんなこと言えた立場でもないだろうに。」
「レクス……?」
薄っすらと靄がかかったようで、どこか薄暗い記憶に差した一筋の光。
その光の中で、アムロは全てを思い出した。
レクスの笑顔。
「おかえりなさい、アムロ。」
レクスの声。
「赤ちゃんが出来たみたいなの。」
レクスとの時間。
「ありがとう、アムロ。」
全てが、波の様に押し寄せて来る。
そして、あの日のことも。
玄関を開けた時の、あの空気の変化。
ベッドルームのドアノブに手をかけた時の、言われもない焦燥。
ドアを開けた瞬間に目に入った、あまりにも凄惨な光景。
「レクス……。」
アムロの声が、かすれた。
世界から、静かに色が引いて行き、そして、全てが血の赤に染まる。
仮初の体が、まるで砂上の楼閣の様に、風にさらわれて風化し、胸の奥に開いた大きな穴があらわになる。
「思い出したか。」
シャアの声が、遠くから聞こえた。
アムロは答えなかった。
いや、答えられなかった。
「レクスだけではない。彼女の中にいた命も、あの日——」
「やめろ。」
アムロの声は、静かだった。
しかし、その静けさの奥に、底知れぬ深淵を覗き見た気配を感じさせた。
「もう、やめてくれ。」
サイコフレームが、また脈打つように、翡翠の光を明滅させる。
怒りでも、悲しみでもない、もっと深い、もっと暗い、光さえ届かない場所からくる何か。
アムロは、コックピットの中で、ヘルメットのバイザーを操縦桿に押しつけた。
「なんで……なんで、俺は……。」
涙が、零れた。
重力のない中で、バイザーの内側に漂うその雫は、ヘルメットのダクトに吸い込まれて消えていった。
「もう、何も……。」
その瞬間だった。
Hi-νガンダムのサイコフレームが、静かに、しかし確かに、脈打った。
嘗て、格納庫で額を預けたあの時と、同じ色の光だった。
そして、聞こえた。
『パパ、泣かないで。』
静寂の中、水面に一滴の水が零れ落ちたかのように、その声は、声だけが響いた。
刻が止まる。
アムロは、動けなかった。
「……今、何が。」
もう一度、聞こえた。
『大丈夫だから、もう泣かないで。』
名前も、形もない、でも確かにそこにいる存在。
手を伸ばせば触れられそうで、触れられない。
だが、確かにそこにあるもの。
生まれてくることが出来なかった命が、父親になるはずだった男に、静かに語りかけていた。
アムロは、ゆっくりと額を上げた。
涙を拭わなかった。
ただ、虚空を見つめ、そして理解した。
「そうか、そうだったんだね。わかった…。」
Hi-νガンダムのサイコフレームが、翡翠の光から、白く、眩い光へと変わっていった。
世界が、静止したかのように感じた。
シャアのナイチンゲールも、動いていなかった。
「……今のは。」
シャアの声が、珍しく、揺れていた。
アムロは答えなかった。
狭いはずのコックピットの中が無限に広がってゆく。
涙が、再び零れた。
さっきとは違う、絶望とは違う涙が、そこには溢れ、胸の奥の穴を満たす、温かい何かがあった。
まるで、誰かがそこにいるような。
まるで、手を引いてくれているような。
『パパ、泣かないで。』
その言葉が、まだ耳の奥に残っていた。
名前もない。形もない。
でも確かに、そこにいた。
レクスのお腹の中で、生まれてくることが出来なかったが故に、森羅万象と繋がった存在が。
絶望の闇に飲み込まれようとする父親に、ただ一言だけ、語りかけていた。
アムロは、ゆっくりと操縦桿を握り直した。
「シャア。」
「……何だ。」
「貴方は、間違っている。」
「今更。」
「違う。地球の民を粛清しようとしていることじゃない。」
シャアは黙っていた。
「貴方は、全てを概念で見ている。地球も、人類も、革新も、全部。だから、隣にいる人間が見えなくなる。」
「……。」
「ハマーンが何を思っていたか。ララァが何を感じていたか。貴方は、わからなかったんじゃない、見ようとすらしていなかったんだ。」
シャアは、操縦桿を握る手に力が籠るのを感じた。
「俺も同じだった。レクスの傍にいながら、口では守ると言いながら、何から守るべきなのかすら見えていなかった。」
「……アムロ。」
「でも、今はわかる。」
Hi-νガンダムのサイコフレームが、蒼白く輝いていた。
「個という概念に囚われすぎた結果が、全てを見渡す目を自ら閉じさせていたんだと。」
「それが、貴様の出した答えか。」
「俺の答えじゃない。」
アムロは静かに言った。
「教えてもらった答えだ。」
シャアは、しばらく黙っていた。
やがて、低く、静かに言った。
「随分と、先へ行ったものだな、アムロ・レイ。」
ナイチンゲールが、その拳を握りしめ、静かに構える。
「だが、それでも私は変わらない。引き返すなどという選択肢は、疾うに捨てたのだ。」
「あぁ、わかってる。もう大丈夫だよ。」
Hi-νガンダムが、蒼白いその輝きを一層増した。
「シャア、俺が貴方を止める!」
二機は、向き合っていた。
世界が、静かにその行く末を見守っていた。
Hi-νガンダムのサイコフレームが、蒼白い光を放ちながら、ナイチンゲールに迫った。
一撃、また一撃。
満身創痍のナイチンゲールが、その巨躯を震わせる。
「ちぃ……!」
「世界は貴方のような主人公ばかりじゃない、貴方が歯牙にもかけない者にだって、名前もあれば歴史もあるんだ。それをわかるんだよ!」
シャアは操縦桿を握り直そうとするが、その手にはもう既に力は残っていなかった。
ナイチンゲールの各部に警告灯が灯り、機体の限界が近い事を告げていた。
「えぇーい。これ以上は……。」
Hi-νガンダムの最後となる一撃が、ナイチンゲールの顎の辺りを捉えると、到頭限界を迎えたナイチンゲールは、コックピットブロックを機体から切り離した。
爆発はなかった。
ただ、球体状のコックピットブロックが、静かに宇宙を漂う。
「シャア。」
アムロの静かで、しかし力を帯びた声が、ナイチンゲールのコックピットに届いた。
「……。」
「終わりだ。」
しばらく、沈黙が続いた。
「……そうか。」
シャアの声は、静かだった。
怒りも、憎しみも、そこにはなかった。
ただ、長い戦いを終えた人間の、静かな息遣いだけがあった。
するとそこへ、エメラルドグリーンの機影が、静かに近づいてきた。
「大佐。」
「ララァ…。」
「ここにいます。」
α・アジールのコックピットハッチが開き、ララァ・スンが中から出てくると、ナイチンゲールのコックピットブロックを、外から開錠して、中へと滑り込んだ。
アムロは、二機から離れるように、Hi-νガンダムをゆっくりと後退させると、サイコフレームの光が、静かに落ち着いていく。
翡翠から薄緑、そして、最後には鈍い金属の地色へ。
コックピットの中で、シートに深く体を預けて、アムロは目を閉じた。
「レクス。」
声に出してみた。
返事は、なかった。
でも、確かに、そこにある温かさがあった。
「ありがとう。君と、僕達の子に、救われた…。」
その時、通信が入った。
「アムロさん、聞こえますか。無事ですか。」
コモリの声だった。
「アムロさん!」
「帰ろう天パ!」
マチュとニャアンの声も続いた。
アムロは、小さく笑った。
「あぁ、聞こえてる。」
アムロの瞳から、再び涙がにじむ。
「僕にはまだ、帰れる場所がある。それに、もう離れない。ずっと一緒だよ……。」
翼のないガンダムが、静かにソドンへと向かった。
その後ろ姿を、宇宙に散った全ての命が、静かに見送った。
推力を完全に失ったアクシズが、音もなく漂っていた。
天窓の外に広がる蒼い星が、静かに、全てを見ていた。
―END―
最後までお読みいただき、本当にありがとうございました。
そして、第一話からここまでお付き合いくださったことに、心から感謝いたします。
この物語は、GQuuuuuuX放送終了後の「もう少しだけ余韻が欲しい」という思いから書き始めたものでした。
けれど、筆を進めるうちに詰め込みたいものが溢れ、気づけばここまでの長さになりました。
ガンダムという世界に、並行世界という可能性を許容してくれたGQuuuuuuXという作品に、
深い感謝と敬意を捧げます。
これまで数多の形で描かれてきた“ニュータイプ”という存在に、
自分なりのひとつの答えを示せたのではないかと思っています。
この物語に登場したすべての命に、
どうか静かな安らぎがありますように。
~追伸~
実は、この物語の最終回を書いている際、頭の中でずっと鳴り響いていた音楽があります。
氷室京介さんの、NEO FASCIOというアルバムに収録されている『CALLING』という曲です。
なんなら書きながら口ずさんでいました。
この作品が映像化されたら、なんていう妄想を描きながら、その最後のエンドロールには、この曲が鳴っていて欲しいと切望したりしていましたので、よかったら、聞いてみてください。