転生したら、必殺技が存在しない世界だった件!   作:スライみゅ

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第23話 開戦! 雷門高校VS尾刈斗高校

 

 

『さあ、いよいよこの日を迎えました! 雷門高校VS尾刈斗高校、運命の練習試合の火蓋が、今まさに切られようとしています!!』

 

 

角馬くんの喉を枯らさんばかりの熱い実況が、重苦しい曇り空の下へと響き渡る。

 

『この試合に勝利すれば、雷門高校のフットボールフロンティアへの出場権が正式に決定! 果たして雷門イレブンは、不気味な噂の絶えない尾刈斗高校の壁を打ち破ることができるのでしょうか!?』

 

 

グラウンドの周囲を埋め尽くした一般の生徒たちから、地鳴りのような大きな歓声が上がった。

 

 

『今回、最大の注目は何と言っても、あの帝国学園戦で鮮烈な復活を果たした天才ストライカー・豪炎寺修也です! 一体今日はその左足で何得点叩き出してくれるのか、一瞬たりとも目が離せません!!』

 

 

「おい見ろ、豪炎寺だぞ!」

 

「きゃあああ! 豪炎寺くーん! こっち向いてー!」

 

「今日もド派手な一発、頼むぞー!」

 

 

観客たちの期待を乗せた視線が、一斉に、歓声にも表情を変えずに立つ豪炎寺くんへと集まっていく。

 

 

「……チッ」

 

 

少し離れたツートップの一角で、染岡がこれ以上ないほど露骨に大きく舌打ちをした。

 

 

(うわぁ……分かりやすいくらい不機嫌MAXだなぁ……染岡)

 

 

その様子を左サイドハーフの定位置からハラハラしながら眺めつつ、僕は内心で滝のような冷や汗を流していた。

 

 

昨日から猛特訓で自分のシュートに自信をつけている分、世間の目が豪炎寺だけに集中することへの苛立ちと対抗心が、帝国戦の時よりも遥かに強くなっているのが痛いほど伝わってくる。

 

 

「司場!」

 

 

後方の低い位置から、風丸の鋭い声が飛んできた。

 

 

「サイド、空け過ぎないように気をつけてくれよ!」

 

「あ、うん! 分かった!」

 

 

慌てて自分のポジショニングを数歩修正する。 僕が外へ広がりすぎれば、中央の中盤との間に致命的なギャップが生まれる。

逆に内側へ絞りすぎれば、左のタッチライン際を相手に自由に使われてしまう。

 

 

正直、戦術的に上手く立ち回れる自信なんて微塵もない。だけど、僕に足りないサッカーのセンスや経験値は、泥臭く走ってカバーしよう。

 

 

センターサークルの中央では、尾刈斗の選手が冷酷な目でボールへと足を乗せている。 円堂がゴール前から、パァンとスタジアム中に響き渡るような大きな音で両手を叩いた。

 

 

「みんな! ピッチの上で何が起きても、最後の最後まで絶対に諦めるな!」

 

「おう!!」

 

「絶対に勝って、みんなでフットボールフロンティアへ行くぞ!!」

 

「「「おおーーーーっ!!」」」

 

 

雷門イレブンの魂の咆哮が、重い雲を突き破らんばかりにグラウンドを激しく震わせた。

 

 

✤✤✤

 

 

ピーーーーーッ!!

 

 

甲高いホイッスルが、重く垂れ込めた曇天を切り裂いた。

 

 

『さあ、尾刈斗高校ボールのキックオフ! 運命の一戦が、ついに始まりました!!』

 

 

角馬くんの熱を帯びた声と同時に、センターサークルに立つ尾刈斗のフォワードが、ボールを足先で軽く押し出した。

 

 

白黒の球体が湿り気を帯びた土の上を滑り、後方に構えていたミッドフィルダーの足元へ収まる。

 

 

僕は左サイドハーフの位置で、対面する尾刈斗の右サイドバックへ視線を向けた。

 

 

ボールだけを追っていたら、きっとすぐに置いていかれる。

相手が、どこへ動こうとしているのか。

味方が、どの位置に立っているのか。

何を見ればいいのか。

どこを見れば正解なのか。

自分でも、まだよく分かっていない。

ただ、目の前に映るものを、一つでも多く見落とさないようにしようと思った。

 

 

尾刈斗は、最終ラインでゆっくりとボールを回し始めた。

右から左へ。左から中央へ。そして、また右へ。

 

 

縦へ進もうとする気配はない。

こちらの動きを窺うように、横方向のパスばかりを繰り返している。

急ぐ様子も。焦る様子も。まるでなかった。

 

 

「行くぞォ!!」

 

 

染岡が獲物を見つけた肉食獣のような声を張り上げ、ボールを持つ尾刈斗の右CB(不乱 拳)へと猛然と走り出した。

豪炎寺くんもそれに連動し、同じ相手に突っ込むのではなく、反対側──左CBへのパスコースを塞ぐように前線へとポジションを押し上げる。

 

 

「中盤、ディフェンス! ライン上げるぞ!!」

 

 

ツートップの二人が連動したことで、半田が指示を出し、僕たち中盤のセカンドラインと、後方のディフェンスラインを一気に押し上げる。

 

 

尾刈斗の右CB(不乱 拳)が、染岡の勢いに僅かに顔を歪めた。

 

 

「不乱先輩、こっちです!」

 

 

尾刈斗の右サイドバック──三途が声を上げる。

追い込まれた右CB(不乱 拳)は、逃げるように右SB(三途)へボールを蹴った。

 

 

けれど、染岡のプレスが効いたのか、パスは僅かに浮き、右SB(三途)の足元から外れた。

三途が慌てて右足を伸ばすと、トラップしたボールが、足元から大きく跳ねた。

 

 

(今だ……!)

 

 

そう思った時には、僕の身体は動いていた。

僕は地面を蹴り、転がったボールへ向かって走り出す。

 

 

僕の足は速くない。

どちらかと言うと遅い方だ。

それでも、相手が体勢を整えるより先に近づかなければならない。

 

 

「なっ……!」

 

 

尾刈斗の右サイドバックが顔を上げた時には、僕はもう目の前まで距離を詰めていた。

自分でも驚くほど、近くにいる。

 

 

怖い。

身体をぶつけられたら、簡単に弾き飛ばされるかもしれない。

足を出せば、逆を取られて抜かれるかもしれない。

 

 

だけど、奪いに来ない奴を怖がる選手はいない。

僕はボールを奪う気で、前へ進もうとする相手の正面へ立ち、マッチアップする。

 

 

内側には半田。

後方への逃げ道には、プレスを終えた染岡が残っている。

完全に、こちらの守備がハマった瞬間だった。

 

 

相手の視線が、左右へ忙しなく動く。

どこへ出せばいいのか分からない。

そんな表情を浮かべていた。

 

 

そのほんの一瞬の迷いが、動きに現れた。

 

 

「ちっ……!」

 

 

完全に袋小路に追い詰められた右SB(三途)は、プレッシャーに耐えかねて、中央の味方へ強引にパスを出す。

 

 

「貰ったぁ!」

 

 

半田が一歩早く身体を入れ、伸ばした右足でパスを奪った。

ボールが、乾いた音を立てて半田の足元へ収まる。

 

 

「司場!」

 

 

次の瞬間。

ボールが、僕へ向かって転がってきた。

 

 

「っ……!」

 

 

右足の内側(インサイド)で止めようとする。

けれど、緊張で足首が僅かに固くなっていた。

ボールは僕の足元へ綺麗には収まらず、少し前へ流れてしまう。

 

 

「やばっ!?」

 

 

反射的に前へ身体を入れる。

どうにか、相手より先にボールと身体の間へ割り込んだ。

 

 

すぐ目の前には、先ほどパスを奪われた三途。

失敗を取り返そうとするように、ダッシュで距離を詰めてくる。

 

 

さらに内側から、中盤の選手も走ってきていた。

二人の選手が僕一人へ、ボールを奪いに迫ってくる。

 

 

(無理だ……)

 

 

僕の心臓が一度、大きく跳ねた。

僕の技術じゃ、一人だってまともに抜けない。

二人に囲まれれば、あっという間に奪われる。

 

 

(早く、誰かに渡さないと!!)

 

 

顔を上げる。

染岡が中央から少し左へ流れ、腕を上げていた。

 

「司場! こっちだ!」

 

(そ、染岡にパスを──っ!)

 

 

足を振りかける。

けれど、すぐ背後には 右CB(不乱拳)が張りついている。

無理に出せば、身体を入れられて奪われるかもしれなかった。

 

 

(ご、豪炎寺くんは──っ!?)

 

 

豪炎寺くんへと視線を移す。

だが、彼にはもう一人のセンターバックが密着し、その少し前ではボランチの1人がパスコースを塞いでいた。

 

 

どちらにも出せない。

相手の足音が近づいてくる。

視界の左右から、二つの影が迫る。

 

 

(どうしよう……!)

 

 

出す場所がない。

僕を挟み込もうと、二人の選手が同時に距離を縮めてくる。

その瞬間だった。

 

 

「司場っ!!」

 

 

背後から、僕の名前を呼ぶ鋭い声が飛んできたと同時に、青い髪が、視界の端を疾風のように駆け抜ける。

 

 

「──っ、風丸!」

 

風丸だった。

風丸は僕の背後から一気に加速し、左のタッチライン際を真っ直ぐに駆け上がっていく。

僕の真横を通り過ぎる、ほんの一瞬、風丸と目が合った。

 

 

『俺は、司場(おまえ)を信じて走る』

 

 

試合前に言われた言葉が、頭の中へ蘇る。

 

 

「風丸、お願いっ!!」

 

 

僕は迷わず、迫る二人の間から、風丸の前方へ向かってスルーパスを蹴り出した。

 

 

(マズい、強すぎた……!)

 

 

ボールは僕が思い描いた場所よりも、僅かに前へ流れていく。

風丸の足元へ渡すつもりだったのに、ボールは追いつけるかどうかも分からない場所へ転がってしまった。

 

 

「任せろ!」

 

 

風丸はさらに1段ギアを上げて、加速する。

長い髪を後方へ靡かせ、前へ流れたボールへ難なく追いついた。

そのままボールを前へ運び、尾刈斗の右SB(三途)を置き去りにする。

 

 

『風丸、速いッ!! 最終ラインからスタートしたにも関わらず、気付けば一気に敵陣へ攻め込んでいる!!』

 

 

観客席から歓声が上がる。

風丸は左のタッチライン際を、風を切り裂く弾丸のように駆け抜けていく。

 

 

右SB(三途)が風丸を追い掛けるが、追いつけない。

走るたびに差が広がっていく。

 

 

風丸がペナルティーエリアの脇へ差しかかったところで、右CB(不乱拳)がたまらず中央から飛び出してきた。

 

 

染岡を見ていたはずの選手だったが、

風丸の進路を塞ぐため、身体を斜めに構える。

 

 

「抜かせんぞォ!」

 

 

風丸は速度をわざと落とし、緩急をつけた。

誰の目にも、真正面から一対一を仕掛けるように見えた。

風丸の動きに反応して不乱が身構える。

正面から仕掛けてくる。

そう確信したように、右CB(不乱拳)が片足を踏み出す。

 

 

「染岡ッ!」

 

 

風丸の右足が、ボールの側面を鋭く叩いた。

ゴール前へフワッと浮かせるクロスじゃない。

自分に食いついた右CB(不乱拳)の横を抜け、斜め後ろ(マイナス)方向へ低いグラウンダー性のクロスを出した。

 

 

右CB(不乱拳) が染岡のマークを離れたことで生まれた、誰もいない穴(スペース)へボールが走る。

その先には染岡が待ち構えていた。

 

 

染岡の待ち構えていたのはペナルティーエリアの左内側。

そこは、染岡がこの日の為に特訓で何度もボールを蹴り込んできた、彼が最も得意とする至高の聖域(ゾーン)――ゴールから約18メートル、左斜め40度の位置だった。

 

 

「へっ……最高じゃねぇか!」

 

 

染岡の口元が、大きく吊り上がる。

染岡は身体を半身に開き、風丸から送られたボールを、右足の内側(インサイド)で前へ置き、間合いを確保する。

 

 

トラップは僅かに身体から離れた。

決して完璧ではない。

けれど、染岡にとっては十分だった。

 

 

「もらったぜぇええええ!!」

 

 

バァァァァァァンッッ!!!

 

 

染岡はそのまま一切の迷いなく、右足を大振りに、獰猛に振り抜いた。

 

 

放たれたボールは、ゴールの枠から外れるように大きく膨らんだ。

一瞬誰もが、シュートは逸れたと思った。

 

けれど。

強烈な回転を刻まれたボールは、空中で生き物のように軌道を変えた。

外へ逃げていたはずの球体が、鋭い弧を描きながら、ゴール右隅へ突き進む。

 

 

染岡のシュートは、ゴールキーパーの手を避けるように右ポストの内側へ激しくぶつかり、そのままネットの奥へ飛び込んだ。

 

 

――バサァアアアアアッッ!!!

 

 

白いゴールネットが、引き裂かれんばかりに大きく膨れ上がる。

 

 

フィールドが一瞬、水を打ったように静まり返り、次の瞬間に大爆発した。

 

 

『ゴォォォォールッ!!』

 

 

角馬くんの絶叫とともに、観客席が爆発した。

 

 

『染岡竜吾の鮮やかなコントロールシュートォッ!! 一見ゴールの枠を外れたように見えた一撃が、鋭く曲がって右隅へ突き刺さった! 雷門高校、試合開始早々に先制です!!』

 

 

✤✤✤

 

 

「よっしゃああああっ!!」

 

 

染岡が両拳を握り、空へ向かって雄叫びを上げる。

 

 

「やったじゃないか、染岡!! 」

 

 

最後尾のゴール前から、円堂が両腕を突き上げて叫ぶ。

 

 

「凄いぞ染岡!」

 

 

近くにいた半田たちが、一斉に染岡のもとへ駆け寄っていく。

 

 

「円堂! 半田! 見たか!」

 

 

染岡は興奮を抑えきれない様子で、自分の胸を拳で叩いた。

 

 

「俺が取ったんだ! 俺のシュートで、先制したんだぜ!!」

 

 

仲間たちが、その背中や肩を次々に叩く。

歓声の中心で、染岡は今まで見たこともないほど誇らしげに笑っていた。

 

 

対して、僕は少し離れた場所へ立ったまま、自分の足を見つめていた。

 

 

横から声をかけられ、顔を上げると、風丸が乱れた呼吸を整えながら僕の隣に立っていた。

額には汗が浮かび、長い髪が頬へ張りついている。

 

 

「お前、染岡とは愛好会時代からの付き合いだろ? 嬉しくないのか?」

 

 

「そ、そんなわけないよ! 嬉しいに決まってる!」

 

 

慌てて両手を振る。

 

 

「ただ……僕のパス、強すぎたから。風丸の足元に出すつもりだったのに、あんなに前へ流れちゃって……」

 

 

もし、あと少し強かったら。

風丸でも追いつけず、ボールはそのままタッチラインを割っていたかもしれない。

せっかくの攻撃を、僕のミスで終わらせていた。

そう思うと、素直に喜ぶより先に、胸の奥へ重たいものが沈んでしまう。

 

 

「ナイスパスだった」

 

「え……?」

 

「俺にとっては、あれでよかった」

 

 

風丸は、僕が出したパスの軌道を確かめるように、左サイドの前方へ目を向けた。

 

 

「足元に出されていたら、スピードが死んで身体を寄せられていたかもしれない。

ボールが前へ流れたから、俺は速度を落とさずに駆け抜けられた」

 

「でも、あれは狙ったわけじゃ……」

 

「結果的に、俺が一番走りやすい場所へ出た」

 

 

風丸は僕へ顔を戻し、爽やかに笑った。

 

 

「俺が追いつくと信じて蹴ったんだろ?」

 

「そ、それは……」

 

 

そこまで考えてはいなかった。

ただ、風丸なら届く。

蹴った瞬間、どこかでそう思っていた気もする。

 

 

「だったら、それで十分だろ」

 

 

風丸は、僕の背中を軽く叩いた。

 

 

「お前のパスがあったから、俺が前へ出られた。俺のクロスがあったから、染岡が決められた」

 

 

それから、仲間たちに囲まれている染岡へ視線を向ける。

 

 

「三人で取ったゴールだ」

 

「……うん」

 

 

胸の奥へ沈んでいた重さが、少しだけ薄くなった。

 

 

「ほら。せっかくの先制点だ。俺たちも行こうぜ」

 

「う、うん!」

 

 

風丸に背中を押され、僕たちも遅れて染岡のもとへ駆け寄った。

 

 

「やったね、染岡!」

 

「おう! 見たか、司場! これが俺のシュートだ!」

 

 

興奮に頬を紅潮させた染岡が、僕の肩へ力任せに腕を回してくる。

 

 

「い、痛い痛い! 染岡、苦しいってば……!」

 

「はははっ! これくらい我慢しろ!」

 

 

円堂の笑い声。

半田たちの歓声。

観客席から降り注ぐ、染岡の名前を呼ぶ声。

その中心で、僕もようやく頬を緩めた。

 

 

試合早々に先制したという事実が、胸の奥にこびりついていた恐怖を、少しずつ剥がしていく。

 

 

――その時だった。

 

 

僕は何気なく、尾刈斗の選手達へ目を向けた。

先制されたというのに、誰も慌てていない。

悔しそうに俯く選手も。

守備の失敗を責め合う選手も。

一人としていなかった。

 

 

先制点のきっかけになった三途も、不乱も。

キャプテンの幽谷も。

まるで、ここまでの展開さえ最初から知っていたかのように、青白い顔へ薄い笑みを張りつけている。

 

 

そして。

 

 

ベンチ前に佇む地木流監督が、僕と目を合わせた。

 

 

「――フフッ」

 

 

距離があるはずなのに。

その笑い声だけが、耳元で囁かれたような気がした。

理由もなく、背筋が冷たくなる。

 

 

僕たちが喜びを分かち合っている、そのすぐ向こうで。

尾刈斗高校だけが、静かに。

これから始まる何かを待っていた。

 

 

23話fin

 

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