転生したら、必殺技が存在しない世界だった件! 作:スライみゅ
【帝国side in】
試合終了の笛とともに、雷門のグラウンドを歓声が包み込んだ。
四対三のスコアボードを背に、雷門の選手たちが染岡と豪炎寺のもとへ駆け寄っていく。
その様子を、校門へ続く通路の脇から、高校生であろう三人の少年たちが見つめていた。
「決勝点は、豪炎寺か」
腕を組んだ佐久間が、意外そうに呟く。
「あれだけ自分で撃つことに拘っていた
「最後は、自分の得点よりチームの勝ちを優先したんだろう。もっとも、あの精度の甘いクロスをゴールに変えられたのは、豪炎寺の力があってこそだがな」
鬼道は、仲間に囲まれている豪炎寺へ目を向けた。
高く浮いたクロスを左足で捉え、身体を捻りながらキーパーの逆へ撃ち込んだ一撃が、まだ目に焼きついている。
「同じFWとして、あのシュートは認めるしかないな」
佐久間の言葉に、鬼道が頷く。
「ああ。豪炎寺は、全国でも五本の指に入るストライカーだろう。もし戦うとなれば、あいつへの警戒は緩められないな」
二人の後ろにいた男が、グラウンドへ視線を巡らせた。
「染岡も二得点ですし、油断はできません。あの二人の連携が安定すれば、攻撃の幅も広がるでしょう」
「ああ。次に戦うときは、今日よりも手強くなっていると考えておくべきだろうな」
そう答えた鬼道の視線が、少し離れた場所で半田に支えられている司場へ移った。
佐久間も、その姿を目で追う。
「あいつは……ウチとの試合で、豪炎寺にアシストした奴か。名前は確か──」
「──司場葦考」
鬼道の視線が司場から動かないのを見て、佐久間が尋ねた。
「気になるのか? 鬼道ほどの男が、あんな奴を」
「少しだけな。妙に気になるんだ」
「素人に毛が生えた程度のレベルだぞ?」
「ただの直感だ。気にするな」
佐久間はもう一度司場へ目を向けたが、それ以上は何も言わなかった。
やがて鬼道が、賑やかなグラウンドに背を向ける。
「行こう。見るべきものは見た」
佐久間も鬼道に続いて歩き出す一方で、後ろにいた男は、まだ雷門の選手たちを見つめていた。
鬼道はその横顔へ目を向け、声を落とす。
「もうすぐ、お前もあの連中に混ざることになる。少しは雰囲気を掴めたか?」
「はい……。
男の視線の先では、円堂が仲間の肩へ腕を回し、何かを叫んでいた。
それに応じた染岡の声が、ここまで届いてくる。
「……そうだな」
鬼道は一度だけ頷き、校門へ向かって歩き出した。
男はすぐには後を追わなかった。
雷門の選手たちをもう一度見渡してから、鞄の肩紐を握り直し、二人の背中を追いかける。
三人の姿が校門の向こうへ消えた後も、雷門の歓声は途切れなかった。
【帝国side out】
✤✤✤
【葦考side in】
現在の時刻は19時5分。
尾刈斗高校との練習試合が終わってから、およそ二時間が経っていた。
家へ帰った僕は、自室のベッドに横たわりながら、何度も今日の試合を思い返していた。
頭に浮かんでくるのは、三対三に追いついた、あの場面だった。
顔に当たったボールが運良くゴールへ入ったと知らされたときは、確かに嬉しかった。
染岡が駆け寄ってきて、円堂たちにもみくちゃにされたときには、鼻の痛みさえ少し忘れていたくらいだ。
僕の一点が、雷門の勝利に繋がった。
それなのに、どうしても手放しでは喜べず、胸の奥には、言葉にできないモヤモヤが残っていた。
「葦考ー、ご飯できたわよー!」
階下から聞こえた母さんの声に返事をして、僕はベッドから身体を起こした。その拍子に太ももが突っ張り、思わず顔をしかめる。
「……痛つつ、もう来てるや……」
今でさえこれなのだから、明日の朝はどうなっているんだろう。
少しだけ気が重くなったけれど、台所から漂ってくる揚げ物の匂いに、お腹の方は正直に反応していた。
手すりを頼りに階段を下り、食卓の椅子へゆっくりと腰を下ろす。
ようやく脚から力を抜けたことにほっと息を吐いてから、僕は両手を合わせた。
「いただきます」
唐揚げを一つ口へ運ぶと、香ばしい衣の内側から温かい肉汁があふれた。
好きな味だし、お腹だって空いている。
けれど、次の一つを取ろうとした箸は、皿の上で止まっていた。
「……葦考、ご飯のときくらい、悩みごとはお休みにしなさい。せっかくのご飯が冷めちゃうわよ」
向かいに座る母さんに声をかけられ、僕は顔を上げた。
「えっ……なんで、悩んでるって分かったの?」
「分かるわよ。顔に書いてあるもの。さっきから、お箸も止まってるし」
手元へ目を落とすと、茶碗のご飯はほとんど減っていなかった。
食べているつもりだったのに、いつの間にか、箸を持ったまま考え込んでしまっていたらしい。
「話してみなさいよ。聞くくらいなら、お母さんにもできるから」
「……今日の試合、勝ったんだ」
「あら、試合って今日だったのね。勝ててよかったじゃない」
「うん。廃部の話も取り消されたし、フットボールフロンティアへの出場も認めてもらえたんだ」
母さんの顔が、嬉しそうにほころんだ。
「あんたたちが、ずっと出たいって言っていた大会でしょう? 円堂くんも喜んでたんじゃない?」
「凄かったよ。試合に勝ったときより、大きな声を出してたかも」
あのときの円堂の姿を思い出すと、僕も少し笑ってしまった。
それでも、母さんは僕の表情を確かめるように、小さく首を傾げた。
「それで、どうして悩んでいるの? 試合に勝って、大会にも出られるようになったんでしょう。めでたいことばかりじゃない」
「そうなんだけど……今日、僕も一点取ってさ」
「そうなの? それなら、なおさら喜んでいいじゃない」
「うん。ただ……ちょっと、というか、凄くかっこ悪い点の取り方をしちゃって……」
染岡のシュートがキーパーに弾かれ、僕の方へ飛んできたところから話した。
足で合わせようとしたのに脚が動かず、顔に当たったボールが、そのままゴールへ入ってしまったことも。
話を聞いていた母さんは、僕の顔をまじまじと覗き込んだ。
「あら、本当。よく見たら、鼻が少し腫れてるじゃない。痛くないの?」
「触ると、まだちょっと……」
「まったく、気をつけなさいよ。それで、その点の取り方がかっこ悪かったから、落ち込んでるの? 一点は一点なんでしょ?」
「……うん。みんなも喜んでくれたし、あの一点があったから勝てたのも分かってるんだけど……なんか、モヤモヤするんだよね。もっと、豪炎寺くんや染岡みたいに、かっこよく決めたかったなって……」
口に出してみると、なんだか子供っぽいことを言っている気がして、僕は茶碗の縁へ視線を落とした。
すると、母さんが何気ない調子で口を開いた。
「葦考。それはね、悔しいって感情よ」
思いもしなかった言葉に、僕は顔を上げた。
「……悔しい? でも、僕、一点取ったし、試合にも勝てたんだよ?」
「勝ったことは嬉しくても、自分が思っていたようにできなかったら、悔しいものよ。別に、どっちか一つしか感じちゃいけないわけじゃないでしょう?」
そう言われると、不思議なくらい、胸にすとんと落ちてきた。
僕は、自分の足でボールを捉えて、狙ったところへ決めたかったのだ。
それができなかったことを、勝ったあとも、ずっと引きずっていた。
「そっか……僕、悔しかったのかぁ……」
思わずこぼれた言葉を聞いて、母さんは小さく笑った。
「もっとできるようになりたいって、悔しがれるようになったのねぇ」
「……なんだよ、その言い方。僕だって、悔しいと思う時くらいあるよ」
「ふふ、そうね。でも、自分でサッカーを始めて、そんな顔をするようになったのが、お母さんは嬉しいのよ」
少し照れくさくなって、僕は母さんから目を逸らすように唐揚げへ箸を伸ばした。
前世でも、悔しいと思ったことはあったはずだ。
けれど、今、胸にある気持ちは、その頃の記憶とはどこか違っていた。
上手くいかなかった場面ばかり思い返しているのに、もう嫌だとは思わない。むしろ、次に同じ失敗をしないためにどうすればいいのか、考えることすら楽しく思える。
直したいところは、山ほどある。
その中でもまず、試合の最後まで動けるようになりたかった。
考えながら食べているうちに、いつの間にか茶碗は空になっていた。
「……まずは、もっと体力をつけないと......かな?」
ぽつりと呟くと、母さんが待っていましたとばかりに手を伸ばしてきた。
「だったら、もう一杯食べないとね!」
僕の茶碗をひょいと受け取った母さんは、慣れた手つきでご飯をよそい始めた。
けれど、いつもの量を超えても、しゃもじを動かす手は止まらない。
「……母さん?」
ようやく返ってきた茶碗の上には、漫画でしか見たことがないような、白いご飯の山がそびえていた。
「分かってると思うけど、葦考。もしも私の料理を少しでも残したら──」
母さんはしゃもじを置くと、胸の前で両腕を構えた。
シュッ!
シュシュッ!!
妙に手慣れた動きでシャドーボクシングをし、最後に、僕へびしっと人差し指を突きつける。
「屠殺された食材に代わって、お仕置きよ!」
「ひゃいっ!!」
✤✤✤
翌日。
六月五日の朝、まだ人影の少ない河川敷に、僕の荒い息遣いが響いていた。
「はっ、はっ……はぁ……っ!」
一歩踏み出すたびに、昨日の試合で酷使した太ももが重く感じられた。
前へ出しているつもりの足はちっとも進まず、さっきから同じ橋ばかりが視界に入っているような気がした。
朝なら涼しくて走りやすいだろうと思っていたのに、額からはもう汗が流れている。
頬を伝った一滴が鼻の横へ触れ、まだ少し腫れている場所を拭いかけて、僕は慌てて手を引っ込めた。
「うぅ……どこもかしこも痛い……」
昨夜、寝る前に目覚ましをいつもより早い時間へ合わせたときには、もう少し格好のつく姿を想像していた。
朝の爽やかな空気を吸いながら、誰もいない道を黙々と走る僕。
これから毎日ランニングを続けていれば、そのうち試合の最後まで走り切れるようになる。そうすれば、昨日みたいなかっこ悪い点の取り方をしなくて済むはず。
そう頭の中では、なかなか悪くない計画を描いていた。
ただ、肝心の僕が、朝から爽やかに走れるような人間ではないことを忘れていた。
家を出たときの勢いは、最初の角を曲がる頃には怪しくなり、河川敷へ下りてからは、息をするだけで精いっぱいになっていた。
それでも、次の電柱までは走ろうと決めて、重たい脚を動かす。
せめて、あそこまでは。
そう思っていたはずなのに、電柱の根元へ辿り着くより先に、僕は歩き始めていた。
「……はぁっ、はぁ……きつ……い……」
立ち止まりかけたところへ、後ろから軽い足音が近づいてきた。
僕のものとは違って、一定の間隔で、淀みなく続いている。
横へ目を向ける余裕もないまま歩いていると、その足音がすぐ隣でゆっくりになった。
「司場?」
聞き慣れた声に顔を上げると、青い髪を後ろで束ねた風丸が、不思議そうにこちらを見ていた。
「か、風丸……? なんで、こんなところに……」
「朝練だよ。この辺は走りやすいからな。お前こそ、こんな時間にどうしたんだ?」
「どうしたって……僕も朝練だよ……」
風丸は、僕と同じように運動着を着ているのに、呼吸は少しも乱れていない。
額には薄く汗が浮かんでいたけれど、それさえ僕とは違って、朝の運動を楽しんでいる人のものに見えた。
「付き合うぜ。一緒に走ろう」
風丸は僕の隣へ並ぶと、こちらの歩く速さに合わせてくれた。
置いていかれると思っていた僕は、少し戸惑いながら、その横顔を見上げる。
「えっ……いいの? 練習の途中でしょ?」
「ちょうど折り返そうと思ってたところだからな。それより、大丈夫か? 随分飛ばしてきたみたいだけど」
「普通に走ってるつもりだったんだよ……」
「ペース配分を考えないとな。最初に飛ばして途中で動けなくなるより、ゆっくりでも長く走れた方がいいだろ?」
「ペース配分かぁ……」
あっさり原因を言い当てられて、僕は情けなく肩を落とした。
走るだけなら、僕にもできると思っていた。けれど、どのくらいの速さなら走り続けられるのかは、まるで考えていなかった。
しばらく歩いているうちに、ようやく息が落ち着いてきた。
川の向こうを走る自転車や、土手の草むらを嗅ぎ回る犬の姿にも、少しずつ目が向くようになる。
風丸はそんな僕の様子を確かめてから、何気ない調子で尋ねた。
「昨日の試合で、何か思うところでもあったのか?」
僕は少し迷ったあと、小さく頷いた。
「うん……守備のとき、相手についていこうとしても、脚が動かなくなっちゃったでしょ。途中で足ももつれたし……」
「確かに、そんな場面もあったな」
風丸は笑うことも、気休めを言うこともなく頷いた。
あのとき、すぐ後ろを守っていた風丸には、僕の足が止まっていくところも見えていたはずだ。話しながら、少しだけ顔が熱くなる。
「僕、みんなより足元下手だし、足だって速くないでしょ。なのに、体力まで先になくなったら……本当に何もできなくなっちゃうなって」
「いいと思うぞ。体力がつけば、それだけできることも増えるからな」
「……本当?」
「ああ。走る練習なら、俺も付き合えるしな」
風丸はそう言って笑うと、僕の脚へちらりと目を向けた。
「ただ、一日でどうにかしようとするなよ。最初から張り切りすぎて、続かなくなったら意味ないからな」
「うん……でも、早くみんなについていけるようになりたくて」
「その気持ちは分かるよ。俺も、試合中はもっと上手くボールを扱えたらって思ったしな」
意外な言葉に、僕は隣を見た。
「風丸も?」
「ああ。昨日だって、走って追いついたのに、上手く蹴れないことがあっただろ。ボールがあると、思った通りにはいかないよ」
風丸は少し困ったように笑った。
あの足の速さだけでも羨ましいのに、風丸も昨日の試合で悔しい思いをしていたのだ。
「……今日の練習、少し付き合ってもらってもいいかな」
「何をやるんだ?」
「僕と風丸、昨日も同じ側で守ってたでしょ。僕が相手を追いかけてるとき、後ろからはどう見えてたのか、聞いてみたくて。練習で、もう一度やってみてもいいかな」
「いいな、それ。俺も、どっちへ動けばいいのか迷うことがあったしな。途中で止めて、話しながらやってみようぜ」
すぐに答えが出るかは分からない。
それでも、昨日の僕には見えていなかったことを、風丸と確かめてみたかった。
風丸が頷いてくれたことにほっとして、僕は前へ目を向けた。
さっき諦めた電柱は、とっくに通り過ぎていた。
もう少し先には、河川敷へ下りる階段と、その脇に置かれたベンチが見える。
脚の重さは、相変わらず残っている。
けれど、息はもう落ち着いていた。
歩きながら話しているうちに、もう少しだけなら走れそうな気がしてきた。
「ねえ、風丸。最後にあそこのベンチまで、もう少しだけ走ってもいい?」
僕が指をさすと、風丸はその場所を確かめ、それから僕へ視線を戻した。
「いいけど、今度は最初から飛ばすなよ。ゆっくりでいいからな」
「……その、ゆっくりが、よく分からないんだけど」
「じゃあ、俺に合わせてみろ。苦しかったら、もう少し落とすから」
そう言って、風丸が軽く走り始めた。
僕もその隣で足を動かす。
さっきより随分遅い気がして、これで本当に走っていることになるんだろうかと、少しだけ不安になった。
けれど、その速さなら、足を着くたびに慌てて次の一歩を出さずに済んだ。
「……こんなに、ゆっくりでいいの?」
「いいんだよ。さっきより、楽に息ができるだろ?」
言われてみれば、返事をする余裕もあった。
僕は「うん」と答え、腕の力を少し抜いた。
ベンチへ着く頃には、また息が弾んでいた。
それでも、今度は手前で歩き始めず、自分で決めた場所まで辿り着くことができた。
足を止め、腰へ両手を当てて息を整える。
隣では風丸が、まだ余裕のある顔で川の方を見ていた。
「……風丸って、いつもこの時間に走ってるの?」
「ああ。だいたいな」
「そっか……じゃあ、僕も、また来ようかな」
口にしてから、少しだけ照れくさくなった。
風丸は、何でもないことのように頷いた。
「会ったら、また一緒に走ろうぜ」
その返事が嬉しくて、僕は顔を緩めながら「うん」と答えた。
帰ったら、まずは朝ご飯を食べよう。
それから学校へ行って、放課後には、風丸と今日話したことを試してみよう。
重たい脚を気にしながら階段へ向かう僕の中では、もう、次の練習のことが楽しみになり始めていた。
第26話fin