1. 「完了」の瞬間
意識が白濁した世界で、かつての自分の声を聞いた。
『俺も、転生とかしねーかなぁ……』
あの夜、落花生を口に放り込み、滑稽に死んだ自分。
その時の「どうせ何も変わらない」という無気力と、異世界で「何かを変えてやる」と泥水を啜った29年間の記憶が、ひとつの点に収束していく。
**【システム統合完了】**
**【全ステータス・全スキル:30歳上限にて解放】**
**【新規スキル習得:『万能管理権限(ゴッド・アドミン)』】**
視界が戻る。
そこには、俺を抱きかかえるようにして泣き出しそうな顔をしているミリアの姿があった。
「ゼン! あんた、急に動かなくなって……!」
俺は彼女の腕を優しくほどき、立ち上がった。
体が軽い。いや、軽いのではない。あらゆる筋肉、あらゆる感覚、そしてあらゆる知見が、かつてないほど「最適化」されている。
30年間、積み重ねてきた事務作業の効率が、いま、この世界の法則を書き換えるツールに昇華されたのだ。
### 2. 世界を「最適化」する力
俺は執務室の窓から外を眺めた。
今の俺には、エルムドの街全体が「一つの巨大な企業体」のように見える。
魔力循環の滞り、冒険者たちのモチベーション低下、商店街の不公平な課税……それら全ての「バグ」が、色分けされて脳内に提示される。
「……ミリア。このギルド、今日からやり方を変える」
俺の声は、以前よりも低く、それでいて重みがあった。
ミリアは俺の変化に圧倒され、一歩退きそうになりながらも、鋭い眼差しで問い返した。
「……何をするつもり? あんた、また何か『えげつないこと』考えてるんでしょ?」
「ああ。これからは『予測』するんだ。魔物が暴れてから対処するんじゃない。魔物の生態データと、地殻の変動、冒険者の体調を管理すれば、災害は未然に防げる」
俺はデスクに手を置いた。
**『万能管理権限』**。
それは、ギルド内の書類だけでなく、この世界の「理(ことわり)」そのものを「書類」として扱う能力だった。
俺が「防壁の予算を修正する」と書き込めば、現実の防壁が強化される。
俺が「魔物の出現率を抑制する」と設定すれば、森の生態系が調整される。
……チートだ。これこそが、俺がずっと待ち焦がれていた、30年越しのチート能力だった。
### 3. 最後の一撃
そんな俺の前に、最後にして最大の「バグ」が現れた。
王都総本部の本部長、ゼノン。俺たちがヴィクトールを追い返した件を受け、自ら軍勢を率いてエルムドを「査察」しに来たのだ。
「フン、辺境のギルドが何を勘違いしているのかと思えば……。ゼンとかいう事務員が、法を悪用しているそうだな」
ゼノンは冷酷な笑みを浮かべ、俺たちのギルドの全資産を差し押さえるための「無効化令状」を突きつけた。
それは王室直々の印章が押された、絶対的な書類だった。
「これで終わりだ。ゼン、ミリア。お前たちは反逆者として追放する」
事務室の同僚たちが、絶望に顔を伏せる。
だが、俺は笑った。
30歳の俺には、この状況が「バグ」にしか見えなかったからだ。
「ゼノン本部長。その令状、確かに王室の印章です。ですが、その日付と内容を確認しましたか?」
「何?」
「あなた方は、昨日付で『エルムド街の管理権限』を商人ギルドへ売却する契約を結んでいるはずです。……いえ、結ばされたのです」
俺は指をパチンと鳴らした。
**『万能管理権限』発動。**
俺が数分前に書き換えた、現実の「契約書」の内容が世界に反映される。
実際には結ばれていなかったはずの契約が、この瞬間、歴史として「確定」したのだ。
「な、何を言っている……! そんなはずは……!」
ゼノンが慌てて手元の書類を見直す。しかし、彼がどれだけ調べても、そこには「自分がエルムドを売却した」という証拠書類が完璧な形式で揃っている。
「あなたは無能ですよ、本部長。自分が結んだ契約書すら読めないほどに」
俺は、彼の眼の前でその「無効化令状」を破り捨てた。
「この街は、今日からこのギルドが完全に独立管理する。……帰りなさい。もう、あなたの居場所はこの街にはない」
### 4. 28年ぶりの「平凡」
嵐が去った後のギルドは、静寂に包まれていた。
俺は自分の席に戻り、深々と椅子に沈み込んだ。
「……終わったの?」
ミリアが、窓際から歩み寄ってくる。
俺は頷いた。
もう、誰かに怯える必要はない。理不尽な上司も、権力者も、俺の「事務」の前には無力だ。
「あぁ。……終わったよ。チート能力は手に入れたし、権力も手に入れた。この世界を、俺の思うがままに管理できる」
それは、30年間ずっと夢見ていた光景だった。
誰も俺を馬鹿にしない。誰も俺を追い詰めない。
事務員が、世界を支配する。
「……そう。おめでとう」
ミリアは、寂しそうに微笑んだ。
彼女は俺の強さを一番近くで見ていた。だからこそ、俺がもう「自分たちの知っているゼン」ではなくなったことを悟ったのかもしれない。
俺はふと、デスクの引き出しから、最後の一袋の落花生を取り出した。
殻を割り、口に運ぶ。
……ああ、やっぱりこの味だ。少し硬くて、香ばしい。
「ミリア」
「……何よ」
「明日からは、少しだけ仕事のやり方を変えようと思うんだ」
「え?」
「全部を俺が管理するんじゃなくて、君に『半分』の権限を渡す。……俺一人じゃ、この世界は広すぎるからね」
俺は彼女にペンを差し出した。
それは、俺の「管理権限」の半分を彼女に委譲するという、契約のペンだ。
「……あんた、バカじゃないの? せっかく手に入れた力なのに」
「事務員は一人じゃ務まらないんだよ。それに、君と一緒に働かないと、この世界が少し……退屈になりそうなんだ」
ミリアは呆れたように笑い、そして、俺の差し出したペンをしっかりと握りしめた。
「……しょうがないわね。一生、私があんたの無能な部分をフォローしてあげるわ」
「そう願いたいね」
俺たちは笑いあった。
30歳。異世界での第二の人生は、チートを手に入れて、ようやく「本当のスタート」を切った。
落花生の殻が、床に落ちる。
それは、あの日の滑稽な死の象徴ではなく、新しい人生の始まりの音だった。
**【完】**