伝説の凶手になって異世界逃亡生活   作:ふらんすぱん

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第10話

 鉄格子で二分された室内。

 髭の男は牢屋の前に立つ外套の人物に気付き、顎に手をやりじっと観察している。

 外套の男は、転がっているゴンズと食い逃げで捕まったのであろう髭の男の間、無遠慮に視線を行ったり来たりさせていた。

 

「ふむ、夜も遅くこんな場所に一体どういった用件なのかな? 私としては唯一の娯楽である質素な食事も終わったことだし、そろそろ眠りにつきたいのだがね」

 

 髭の男はおどけた口調で切り出した。

 不審者の素性を把握するために、モリスは入り口から忍び足で進み、柱の陰から覗き耳を澄ます。

 だが外套の男は、問いに何も返さず、手に持った鍵束で、がちゃがちゃと牢屋の鍵穴をいじくり始めた。

 静かな室内に、錠の金属音が響くのだが、なかなか牢は開かない。

 

「うむ、もしや奇特なことに君は牢を開放しくれようとしているのかね? ならば、黙っているのも不義理になるな。今、君が握っている鍵ではなく、そう、鍵束に括られている中で数字の六が彫られた、うん、それで間違いない」

 

 格子の外から外套の男が鍵を見せ、髭の男の指示通りに鍵穴に差し込む。

 軽い音を立てて、牢屋が開いた。

 髭の男が喜び、小さく手を叩く。

 

「おお、感謝する。ところで感謝ついでに先ほどの質問に答えてくれるとこちらとしても助かるのだがね。――なに、忘れてしまったのかい。ならばもう一度問おう。――こんな夜も遅く、牢番ではなさそうな君が、囚人のいる牢屋をこっそり開ける理由とはなんなんだろうか?」

 

 髭の男は丁寧な物言いとは裏腹に警戒しているようで、外套の男から距離を保っていた。

 

『――鉄頭、助ケニ、キタ?』

 

 顔の下半分は布で覆われている。

 その乾いた老木が燃える様を連想させる声は、男の歳に似合わぬものだとわかった。

 牢の隅から隅を見回し、他に尋ねる人物がいないことを確認したのか、じっと髭の男の反応を待った。

 言葉尻が疑問なことに髭の男は首を傾げながらも、冷たい石の床に転がっているゴンズに目をやる。

 『鉄頭』とはゴンズのことだ。

 だがその勇ましい呼び名は、床に白目を剥き泡を吹いている生きているかもどうかも定かで無い男にあまり相応しくないようにモリスは思う。

 それは髭の男も同様だったようだ。

 

「はて、どうやらそこの怠惰な男は鉄頭と呼ばれていたらしい。だが食事の配膳も他人任せ、まして私の食事よりも豪勢な、特別に肉を挟んだパンにすら文句をつけるみみっちい男には勿体無い名ではないかな?」

 

 外套の男は特に受け答えはせず、じっとしている。

 髭の男はゴンズの世話係を任されていたはずだ。

 外套の男の反応がないことを気にもせず、髭の男は話を続けた。

 

「その上、この男は私の親切に何故か腹を立て、襲い掛かってくる始末。聴いてくれるかい? たしかに、配膳中にパンを落としそれを蹴り飛ばしてしまったことは私に非がないこともない。だから、軽く汚れを落とした後、毒味をしてあげたのだ! だが彼はその優しさを受け取れず、激昂してパンを叩き落としたのだよ!」

 

 調子よく説明する男の手振りが、大きくなる。

 床に落とした物を差し出すのはいただけないが、男は謝罪の意思を示したのだ。

 廊下には食器やパンが転がっていた。

 

 ――床にあるパンの切り込みにはなにも挟まっておらず、近くを見回しても肉らしきものは転がっていなかった。

 毒味と称して、中の具材のみをたいらげたのだろうか。

 

「私は無知蒙昧な輩とは違うのでね。たとえ自分に責任がなくとも引くということを知っている。――胃の中にあるので返すことは出来ない。どうしてもというなら私の魅力的なお尻から捻り出されるまで待ってくれないか。と、名案を語ったわけだ」

 

 ――意味としては糞食らえということになる。

 男は己の尻を叩き、その魅力を示すように左右に揺らす。

 

「だから、もし君が鉄頭の関係者であるというのなら、その愚かな男に仕える自分に後悔していることだろう。そんなクズのために争うのも馬鹿馬鹿しい。ここは私の尻に免じて、落ち着いて話し合いで解決しようではないか!」

 

 話の終わりだとばかりに、最後に大きめに一回尻を叩く。

 和解を求めているのではなく、ただ挑発しているだけなのかもしれない。

 だが外套の男は表情をぴくりとも動かさない。 

 沈黙は髭の男の言葉を誘った。

 

「うむ。それによくよく考えてみれば、彼はもう鉄頭ではないのかもしれない。勇名とは敗れた瞬間に剥奪されるものだ。そして勝者がその名を受け継ぐことも珍しくはない。つまり、この場合、彼を破った私か、もしくはその鉄の頭を砕いたこの牢屋の鉄格子にこそ、その名は相応しい。みたまえ彼らの勇姿を!」

 

 そういって髭の男が指した鉄棒は、三本程が頭の形にくっきりと曲がっている。

 転がるゴンズの頭にも、棒状の傷痕が残っていた。

 おそらくそこに、ゴンズの頭を叩きつけたのだろう。

 髭の男は賞賛するが、物言わぬ鉄棒が喜ぶはずもない。

 男はゴンズを叩きのめしたことなど大したことではないと話を打ち切り、外套の男の反応を待った。

 外套の男は考え事でもしているのか、曲がった格子に視線を移し、髭の男に戻した後、そっと呟いた。

 

『――アナタ、ガ、鉄頭?』

 

 ――どうしてそうなるのか。

 髭の男がゴンズであるはずがない。

 まるで、言葉が通じていないかのようだ。

 だが、数瞬思案し、得心したと髭の男が笑顔を見せる。

 

「成程、君は始大陸共通言語が堪能ではないようだね。――だが安心し給え、君が救うべき男は目の前にいる。そう私こそが鉄頭だ!」

 

 武器にでもするつもりだったのか後ろ手に隠していたスプーンを床に放り、髭の男は胸を叩く。

 

『――鉄頭、助ケ、キタ』 

 

 外套の男は先程の言葉を繰り返す。

 本当に僅かではあったが、言葉尻が弾んでいた。

 

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