伝説の凶手になって異世界逃亡生活   作:ふらんすぱん

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第15話

外壁、東門にある番兵待機所。

 小さな丸テーブルを囲み、三人の兵士が賭け札に興じている。

 テーブルの上の木製グラスには、赤い葡萄酒がなみなみと注がれていた。

 勤労に励んでいるとは決して言えないが、それだけ治安が良い証拠なのだろう。

 それもそのはず、ここ数年、殺しなどの陰惨な事件は起きていない。

 大型の獣の駆除も年に一回あるかどうか、街が襲われることもない。

 そんな毎日が続けば、門番の役割などあってないようなもの。

 特に門を閉じてからは人の目がなくなり、形だけでも真面目にやる必要すらなくなる。

 必要がないからといって留守にしていいわけではなく、交代までの時間をこうして遊んで潰すのが、彼らの日課になっていた。

 三人のうち一番歳若い男が手札を確認してにんまりと笑う。

 夕方からの負け分を取り戻すには十分な役が揃った。

 だが、いざ勝負と三人が札をテーブルに並べた時に中断になる。

 

「この緊急事態に一体、お前達はなにをやっているんだ!」

 

 待機所のドアが開き、怒声が響いてきた。

 いきなり怒鳴りつけられて三人は萎縮し、その場に直立する。

 入ってきた男は直属の上司ではない。

 鎧に刻まれた紋章から、更にその上、王国戦士団の人間であるとわかる。

 戦士団の男は、三人を睨めつけるように見回した後、テーブルの葡萄酒、賭け札を確認し溜息を吐く。

 

「お前達はいつもこのような勤務態度なのか? 国兵ではないが、お前達も民の守り手であろう。このように――ぷはぁー、酒を呑み、賭け事に興じるとはああ本当に情けない!」

 

 怒り収まらぬといった国兵は、テーブルにある葡萄酒の瓶に直接口をつけあおる。

 飲みついでにする説教ではない。矛盾しているのだが、誰も口を挟めない。

 そして勢いそのままに賭け札をテーブルから払い落とした。

 年若い領兵は揃っていた札に手を伸ばそうとするが、国兵の視線を感じ、そっと引っ込める。

 残った二人は笑みを隠し、こっそりと拳を合わせた。

 

「ん、なにをしている! まじめに話を聞け! だいたい今の状況なぜお前たちはそうも落ち着いていられるのだ!」

 

 そう言われても、その状況が理解できていないのだが。

 代表して若い兵士が尋ねる。

 

 

「脱獄だ! 領城の牢屋を破り、見張りに暴行を加えた囚人が街に逃げ込んだのだ!」

 

 返ってきた内容はとんでもないものだった。

 事件が大きすぎて飲み込めず、三人はぽかんと口を開けたまま立ち尽くす。

 まるで手応えのない三人に焦れたのか、国兵はもう一度注目をあつめるようにテーブルを叩いた。

 

「厳重な城の警戒を破り! 領兵を見るも無残な姿にした凶悪犯が! 逃げるためにこの門を通るかもしれないと言っているのだ!」

 

 三人は国兵の言葉を一つ一つ咀嚼して、ようやく事の重大さに気付いた。

 城の同僚の容態を心配し、次は自分の身に振りかかるかもしれないと浮足立つ。

 

「落ち着けい! 確認する。夕刻、閉門以降は誰もこの門を通ったものはいないな?」

 

 顔を見合わせそれぞれに確認し、頷き合う。

 職務態度は怠慢だったが、さすがにあれほど大きな門の開閉に気付かぬはずがない。

 

「ならばよし! 私は万が一、既に奴が領都から脱出していることを想定し、手配書を発行するため、王都に報告に行く。――私が出た後は何人たりとも絶対にここを通してはならない。いいな、わかったか!」

 

 酒に口をつけながらの命令だが、至極真当な内容で口を挟む余地はない。

 皆、了解の意を示す。

 

「では、早く門を開けてくれ。それと足として馬を二頭、差し出してもらいたい」

 

 これにも頷くが、若い兵士は先程から気になっていることを尋ねた。

 

「あ、あの国兵どの! 先程から一緒におられる隣の御仁は一体?」

 

 整えられていない『髭面』で男前の国兵、彼が待機所に入ってきた時から、後ろに控えていた『男』について問う。

 どこか枯れ木を思い起こさせる、黒い外套の男は部屋に入ってきてから沈黙を貫いている。

 

「彼は協力者だ。ああ、それと『西門』近くの路地に怪しげな奴らが目撃されている。凶悪犯の協力者だろう。確保するため領兵から何人か回すよう頼む」

 

 早口で捲し立てる国兵を不思議に思ったが、今はそれどころではない。

 城外にもある隊舎へ仲間を呼びに向かおうと、若い兵士が名乗りでて走って行く。

 他の二人は馬屋に向かう者、門を開く者と、急ぎ国兵を案内しようとする。

 

――だが、それは待機所の外からの情けない男性の悲鳴で妨げられた。

 

 

「た、大変だあ! い、いた! 奴が、皆、早く応援に来てくれえ~!」

 

 若い兵士の助けを乞う叫びに、皆何事かと、外に急ぐ。

 大の大人のあげた悲鳴を、嘲笑うものはいなかった。

 

――なぜなら、通りの向こうをこちらに向かってくるそれは、異様の一言に尽きる。

 

 この寒い夜に上半身裸、下着一枚。限界まで目を見開いて、剣を振り上げて走ってくる存在。

 

『見つけたぞ! 絶対にそこを動くなよ! 今、俺の手柄と正義を成就させてもらうぞおぉ!』

 

 裸の男は領兵には理解できない宣言をして、走っていくる。

 最も狂人の言葉など理解する必要はないし、理解したいとも思わない。

 今重要なのは、この場に一人の国兵と、三人の領兵がいるということ。

 領内の事件で先頭に立つのはまずは己達。

 このような状況で、国兵に怪我を負わせては、弁明のしようがない。

 馬屋に走ろうとした一番年長の兵士が、勇気を振り絞り、狂人に体当りする。

 

「ごふっ、い、いや俺じゃなくて、あいつを捕まえっ」

 

 彼の勇敢さに、残った二人の兵士は視線を合わせ、続く。

 一人が鈍く光る剣を持つ腕にしがみつき、もう一人が顔を殴る。

 

「――だ、だからなんで俺を殴る! 待ってくれ、なにか誤解している。俺は――」

 

 三人で協力しているのだが、狂人を無力化するにはまだ足りない。

 決め手は空を跳んできた。

 

「ふむ、君は忠告を聞かない人だな。敵から目を離すなといっただろうが」

 

 両足を揃えた国兵の飛び蹴りが、見事にぶちかまされた。

 

 ここ十数年で一番の大事件。

 失神しているとはいえ、剣を握ったまま鼻血を流している狂人の形相は恐ろしい。

 その凶悪犯を己達が捕縛したと、三人の胸に誇らしい物が生まれた。

 国兵も、その協力者も讃えるように手を叩いている。

 

 ●

 

「本当にここで預からなくていいんですか?」

 

 東門の外、番兵三人は国兵を見送る。

 二頭の馬、その片方には気を失った狂人が縛られ積まれている。

 

「ああ、こんななりをしているが、結構な重要人物なんだ。こいつを助けようと仲間が襲撃をかけてくることも予想される。お前たちの下においていては迷惑になるし、領兵の実力では悪いが守りきれまい」

 

 国兵の言葉に、三人の背筋に冷たいものが走る。

 口には出さないがそんな厄介者はさっさと領外に連れて行って欲しいと目で語っていた。

 

「だが王都に連れて行けば、奴らも手は出せまいて――諸君らの協力に感謝する! では」

 

 国兵は馬を走らせ、その後を狂人を載せた馬で、外套の男が追う。

 番兵達は疲労を感じ、踵を返す。

 そんな中、最後まで若い兵士は手を振り見送っていた。

 

「あ、あのよ。今、協力者さんが、馬から落ちたように見えたんだが、大丈夫かな?」

 

 若い兵士は、己の目をこすり、首を傾げていた。

 それを聞いた二人は、振り返り確認することもせず、鼻で笑う。

 

「馬鹿、見間違いだろ。馬から落ちるような間抜けが、馬を用意しろとは言わんよ。今夜は気が張り詰めていたからな、仕方がない」

 

 それはその通りなので、若い兵士は、己の見た光景を信じないことにする。

 

「って、ことは、協力者さんが馬に追いつこうと必死に走っているのも、一緒に落ちた犯罪野郎がその後を必死に追っていっているのも、俺の見間違いだな、うん」

 

 逃げ出すならともかく、犯罪者が国兵を追うなどありえない光景だ。

 頭を掻きながら若い兵士は同僚の後を追い、門の中に戻る。

 事件の後の街はまた静まり返っていた。

 

 

一向に止まる気配のないリオネルの馬。

その背を追いかけながら、黒い外套の男は今までの出来事を振り返っていた。

なぜ自分はこのようなことをしているのか、そのそもそもの原因を。

それはきっと、あの夢から始まったのだ。

 

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